ぽたり、と天井から垂れた水滴が顔に落ちて、リヴァイははっと目を開いた。どきっと一度大きく心臓が跳ね上がったのは、一瞬自分が今どこにいるのかわからなかったから。しかし、見慣れた真っ白な空間と自分の身を包むあたたかな湯にすぐに冷静さを取り戻した。そうだ。今自分は風呂に入っているところだった。
「……はぁ」
 安堵に、リヴァイはゆっくりと息を吐いた。湯に肩まで身を沈ませ、そのまま緩んだ身体をぐっと伸ばす。すると、ふふっ、と聞こえてきた笑い声にまたしてもぎくりと小さく心臓がはねた。
「……いたのか」
 ぱっ、と声のほうに顔を向ければ、エルヴィンの姿がそこにはあった。
「あぁ、いつまで入っているつもりなんだと気になってね」
「だったら起こせよ」
「いや、あまりに気持ちよさそうに寝ているから、つい、な」
 ふはっ、とエルヴィンは笑う。気の緩んだ表情。その表情に、あぁ無事帰ってきたんだとリヴァイは改めて実感した。


 緑の信煙弾を元へ馬を走らせたあの後、そこで二人は無事にミケやハンジたちと合流することができた。ミケたちはあの屋敷より少し離れた場所にあった小さな村の跡地で豪雨をしのいでいたらしい。雨が弱まってきたころ、ふと上がった信煙弾とは違った黒煙に「もしかしたら」と緑の信煙弾をあげたとのことだった。
 さっそく被害状況の確認をしたところ、幸いなことに巨人の不意打ちによって出た被害は最初の二人を除いて怪我と呼べる程度のもので留まっていた。しかし、それ以前にいくらかの損傷を受けていたこともあり、エルヴィンの判断のもとその合流を機に調査兵団はそのまま壁内へと帰還することになった。その帰路でまた巨人と一戦交わすことになったが、まぁそれはある意味いつものことである。

「さすがに、今日はお前も疲れただろう」
「……そうだな。戦闘回数や兵士の被害自体はむしろ少ないほうだが、あんなことがあったからな……。疲れないわけがねぇ」
 壁内にたどり着いたころには、もうすっかり疲労はピークへと達していた。だが、帰ってきたからと言ってすぐ休めるわけではなく、調査によって得た情報や被害の把握、兵士たちのフォローと最低限のやるべきことをやり終えたころにはすっかり日は沈みきってしまい、リヴァイがこの浴室に入った頃にはもう時刻は真夜中になろうとしていた。
「そういうお前も疲れてんだろ」
「そうだな。今回ばかりは流石に、な」
「なのに浴室に椅子まで持ち込んで、なに居座ってるんだお前は」
 にこにことこちらを見るエルヴィンは椅子に座っている。だが、その椅子は本来この浴室には置いてないものだ。彼も事後処理でたいそう疲れているだろうに、まさかわざわざそんなものを持ち込んでまで人の寝顔を観察していたのか。だとしたら趣味が悪いにもほどがあるではないだろうか。
 寝顔を見られていた気恥ずかしさもあってリヴァイはつっけんどうに言いながら、じとりとエルヴィンを見た。するとエルヴィンは穏やかだった笑みを引っ込めると、弱ったように眉を八の字にして、実はな……、と言葉を紡ぐ。
「心配、だったんだよ」
「なにが」
「お前が、だ」
「……いくら疲れているからと言って、風呂で溺死するような間抜けはしないぞ」
「いや、まぁ確かにその心配も少しはしたが、違う」
「じゃあ、なんだ」
 リヴァイが問うとエルヴィンはなにも言葉を返さず、代わりにその大きな手を伸ばしてきた。いったいなんだろうか。リヴァイはじっとしたまま避けることなくその手を受け止めると、手はすっとリヴァイの首筋を撫でた。ゆっくりと優しい手つきだ。
「あの男」
「あ?」
「屋敷を脱出してから、あの男の姿はなかった」
「あぁ」
「しかし、だからと言って男がここまでついてきていないとは言えないだろ?」
「まさか、んなこと……」
 ありえねぇだろ……。
 リヴァイはエルヴィンの言葉を否定しながらも、はっきりと断言できるものではなかった。結局のところあの男について知っていることなど、なにひとつないと言ってもいい。
 リヴァイはそれ以上の否定の言葉を飲みこんで、辺りをそっと警戒した。ぴんと空気が張り詰める。しかし、エルヴィンの手が今度はそっと頬を撫でてきてすぐにその空気は飛散した。
「確かに、俺もそれは“まさか”だと思っている」
「……じゃあ、なんで」
「それでも心配、いや……、不安なんだよ」
「不安? なにがだ」
「あの時、俺がもう少し戻るのが遅かったら、お前はあの男に絞め殺されていたかもしれない」
「…………」
「もしまた、俺がお前のそばを離れている隙になにかあったらと思うとな……」
 離れがたくて仕方がないんだ。
 ちいさくぽつりとエルヴィンはほとんど呟くようにして言った。多くの兵士たちのトップに立つ男の声とは思えない、珍しくどこか弱弱しい声だ。
 リヴァイは、じっ、とエルヴィンを見た。エルヴィンは眉を八の字にしたまま、情けない表情でリヴァイを見ていた。まるで飼い主に置いてけぼりにされた犬のような表情。立場で言えば、エルヴィンのほうが飼い主であるはずなのに少し不思議な気分だ。
 だがその心情はしっかりと理解することができた。だからリヴァイはふむと頷くと、全身を沈めていた湯からざばりと立ち上がった。
「もう出る」
 そして一言簡素に告げて、浴室からあがった。そのまま浴室からもさっさと出ようとして、リヴァイはエルヴィンを振り返った。エルヴィンはまだ椅子に座ったままだ。
「なにしてる?」
「えっ……」
「離れがたいんじゃなかったのか」
 リヴァイは首をかしげ、エルヴィンの反応を待つ。エルヴィンはしばらくぽかんとした表情をしていた。だが、リヴァイの意図に気がつくと、ふたたびふっと笑みをその顔に浮かべた。
「はいはい、仰せのままに兵士長様」
 わざとらしくおどけた口調で言って、持ち込んだ椅子もそのままに、リヴァイへと続く。背後に立ったエルヴィンを見上げリヴァイはよしと頷き今度こそ浴室を後にした。


 ばふ、と背中から勢いのままベッドに転がった。綺麗に整えられているシーツはひんやりとすべらかな感触で気持ちがよく、するすると手のひらを滑らせてその感触を楽しんでいるとすぐ隣にエルヴィンも横になった。
 すぐに手のひらが伸びてきて、身体を引き寄せられる。抵抗せずに身をゆだねれば、全身が温かな腕で包まれた。ぎゅうぎゅうと少し苦しくなるほどの強さで抱きしめられる。それでもなお抵抗せずにいれば、リヴァイの髪に鼻先をうずめたエルヴィンがすんと鼻を鳴らす音が聞こえた。真似して同じようにすんと鼻を鳴らせば、ゆっくり入りたいからと先を譲ってやったエルヴィンの身体からはリヴァイと同じ石鹸のにおいがした。
 なんだかくすぐったくて、思わずリヴァイはふっと小さく笑った。するとエルヴィンの腕がむぎゅぅぅとますます強く抱きしめてきた。鼻先が厚い胸元に埋まる。ここまで強く抱きしめられては息苦しくて仕方なく、リヴァイはエルヴィンの腕から逃れるように身じろぎをした。離れがたいと言っても、いくらなんでも限度がある。
「っおい、さすがに苦しいぞ」
「これぐらい我慢しろ」
「お前が少し力を緩めればいい話だろ」
 むっ、として文句を言うが、エルヴィンは腕の力を緩めようとはしない。それどころかさらに強く抱き込み、あまつさえ足まで絡めてくる始末だ。こうなってしまってはもう少しの身じろぎもかなわない。
 なんなんだまったく……。むすっと不満に口をへの字にしているとリヴァイの髪に鼻先を埋めたまま、エルヴィンは低い声で言った。
「言っておくがなリヴァイ。俺はお前に怒ってもいるのだからな」
「……なにを」
「言わなきゃわからないか?」
「…………」
 リヴァイは黙り込んだ。言われなければわからない。そういうわけではなかった。なんとなく、恐らくあれだろうなと予感はある。
「リヴァイ、頼むからあんな真似だけはもう二度とやめてくれ」
 案の定、予感は当たった。詳しく言われなくてもわかる。あんな真似とは、きっとエルヴィンを狙う火掻き棒の前に飛び出した時のことを言っているのだろう。
「…………」
「リヴァイ」
 リヴァイが沈黙をかえすと、エルヴィンは静かに名を呼んできた。首を縦に振りなさいと促すような響きをしたそれに、しかしリヴァイは首を横へと振った。
「……それは、約束できない」
「リヴァイ」
 ふたたびエルヴィンが名を呼ぶ。二度目のそれは今度は咎めるような声色をしていた。今の言葉を撤回しろ、そして自分の言うことを聞け。そんな風にリヴァイを責め立てている。
 しかし、やはりリヴァイは己の言葉を撤回することも訂正することもしなかった。それどころかエルヴィンの目を強く見つめ返しながら、俺だって言っておくがなと反論を口にしてみせた。
「別に素直に殺されてやるつもりなんてさらさらなかったからな」
 あの時、確かにリヴァイはエルヴィンの前に盾として飛び出たが、槍と化した火掻き棒をなにも胸や額で受け止める気などなかった。リヴァイはあの火掻き棒を、腕にでも刺さらせて食い止めようとそう思っていたのだ。
「お前の命と腕の一本、どちらが大切かは明白だろ」
「馬鹿を言うなよリヴァイ。それだけでも十分無茶な行為だっ!」
 リヴァイの反論にエルヴィンは語尾を荒げいっそう低く強い声で言った。
「いくらお前でも、あの状況で腕だけで済むはずがないだろッ」
「…………」
 リヴァイは沈黙した。
 わかっている。無茶な行動だったと、それくらいの自覚はある。殺されてやるつもりなどなかったことは本当だが、死を覚悟したのも本当だ。でも仕方ないだろう。気がつけば身体が動いてしまっていた。すぐ目の前で、みすみすエルヴィンを死なせるなど、そんなことあってはならないことだったんだ。
 けれど、エルヴィンの言い分も理解できてしまうだけに、それ以上の反論は憚られた。もしも、互いの立場がまったくの逆だったなら、もしもエルヴィンが自分のために命を投げ出すような真似をしたなら、きっと同じように憤怒したことだろう。馬鹿な真似はするなと、強く責め立てるに違いない。
「リヴァイ……」
「……無理だ、エルヴィン。約束はできない」
 だが、いくらエルヴィンの気持ちがわかっても、「もうそんな真似はしない」などと易々と約束することなどできはしなかった。
「お前の言い分はわかる」
「なら――」
「でも、お前にだって、俺の言い分がわかるだろ?」
「…………」
 リヴァイのさらなる反論に、今度はエルヴィンが黙り込む番だった。
 リヴァイにエルヴィンの気持ちが理解できるように、エルヴィンもまたリヴァイの気持ちがわかるはずだ。互いに一歩も引くことのできない主張。きっとどれだけの時間をかけ、どれだけの言葉を交わしてもこの言い争いに決着がつくことはない。

 しばらく沈黙が続いた。
 せっかく無事帰ってきたというのに、心地のよくない嫌な沈黙。どうしようかとリヴァイは悩んだ。エルヴィンの要望通りに首を縦に振れば、きっとエルヴィンの機嫌は直るだろう。けれど、どれだけエルヴィンの機嫌が悪くなろうと、やはりそれだけはできぬ約束であった。
 糸口が見つけられぬまま時間が過ぎていく。こんな状況が続くなら、いっそ今日はもう一緒にいないほうがいいのではないか。そんな考えすら浮かんできたころになって、ふいにエルヴィンがはぁ、とため息をついた。
 くすぐったい感触が頭部に伝わると同時に、強く絞めつけていた腕の力が緩む。ぎゅうぎゅうと抱きしめ続けられていることに変わりはないが、苦しいばかりの先ほどまでとは違い心地のいい優しい抱擁であった。

「……目の前が真っ白になるほどの絶望だったんだぞ」
 ちいさな声でエルヴィンは言う。怒気が含まれていたさっきまでとは一転して、弱気でどこか拗ねた感じのする声。
「心配かけたのは……悪かった」
「心配なんてものじゃないっ。それこそ心臓が止まるかと思った……」
「…………」
「……あの時、ブレードが男の攻撃を受け止めていなければ、本当にどうなっていたことか」
「…………」
「無事で、本当によかった……」
「あぁ……、お前も、無事でよかった」
 しみじみとリヴァイは言葉を返した。
 あの時、なにも目の前が真っ白になったのはエルヴィンだけじゃない。火掻き棒がエルヴィンへを向けられた時、リヴァイもまた一瞬なにもかもが真っ白になった。エルヴィンが死ぬかもしれない。その事実に、胸の奥のほうがぎゅうと痛んだ。そして気がつけば、身体は動いていた。エルヴィンにはああは言ったもの、あのブレードが火掻き棒を受け止めてくれていなければ、本当にどうなっていたことだろうか。
「……そういや、ブレードが動いたのはなんだったんだ?」
 いろいろと必死で気にかけている暇がなかったが、あらためて思いだしてみると不思議なことであった。物が浮遊する力はゴーストである男の力であるだろうに、男の思惑とは全く逆の動きをしていたブレード。
「それは俺もよく分からん。だが、確かあの時、声がしたな……」
「声? ゴースト野郎の声じゃなくてか?」
「あぁ、あの男とは違う。あれは、あの声は……」
 そこでエルヴィンは口を噤んでしまった。なにかを思案している雰囲気が頭上から伝わってくるが、エルヴィンの言う「あの男のものではない声」を聞いていないリヴァイは一体なにを思案しているのかはわからず、むぎゅっと眉をひそめた。
「おい、なんなんだよ」
「たぶん、恐らく……」
「恐らく……?」
「……いや、これが答えだと言うほどに私も確信しているわけではない」
「ちっ、んだよ、中途半端だな」
「けど、そうだな……、恐らくあれはお前の守護霊のおかげだったのだろうと俺は思っている」
「俺のしゅごれい?」
 なんだそれは。リヴァイは聞き慣れぬ単語に首をかしげた。
「守護霊は、お前のことを見守ってくれているゴーストのことだ」
「俺を見守る、ゴースト……」
「あのブレードは、お前を助けるために彼らが力を貸してくれたのだろう」
 確信しているわけではないと言いつつ、エルヴィンの言葉はやけに断定的なものであった。きっと、あの時の声を聞いたエルヴィンにだけわかるなにかがあったのだろう。声も聞いていない、禁書の内容も知らないリヴァイは、俺にはやっぱりよくわからねぇな、とさらに首をかしげた。しかしまぁエルヴィンがそう思うならそれでいいかとそれ以上の追及はしないでおいた。そしてエルヴィンもまた、それ以上リヴァイの行動を責めようとはしてこなかった。


 張りつめていた空気が、ようやくふたたび緩みはじめる。リヴァイは今度こそすべての緊張が解けたようにふわぁとあくびを一つこぼした。
「……あの男も、けっきょくなんだったんだろうな」
 じわじわと訪れはじめた眠気に瞬きを繰り返しながら、リヴァイはふたたびぽつりとつぶやいた。脳裏には、マリアンとひたすらに妻の名前を呼んでいた男の姿が浮かんでいた。
「さぁな……なんだったら、調べてみるか?」
「わかるのか……?」
「屋敷の大まかな位置に、夫婦の外見、妻の名前。手がかりは少ないが、絶対に無理というわけでもないな」
 ふむ、とリヴァイは考えた。エルヴィンのことだから、この些細な手がかりだけでもきっとあの男の正体にまでたどり着くことができることだろう。この男にならできる。欲目でも買い被りでもなく、確信できた。
「…………」
「どうする? 調べてみるか?」
「……いや、別にいい」
 しかし、リヴァイはエルヴィンの問いにふるふると首を振った。
「どうせ調べたところで、なにがどうなるわけでもないしな」
「そうか。お前がそれでいいのなら、俺は構わないが」
 エルヴィンはリヴァイほどあの男に興味はないのか、それとも同じく知ったところで意味はないと思っているのか、リヴァイが断るとそれ以上を求めてくることはなかった。
「…………」
「どうしたリヴァイ?」
「? なにがだ」
 急に尋ねられ、リヴァイは首をかしげた。なにもしてないし、なにも言っていないが、なんだと言うのか。
「まだ、なにか気にかかることがあるんじゃないか?」
「……なぜ、そう思う?」
「なんとなく、な」
 エルヴィンは再度、どうしたんだ?と尋ねてきた。大きな手のひらが優しく促すように髪をそっと撫ぜる。
「たいしたことじゃあない、が……」
「うん?」
「あの男は今も、まだマリアンってやつのことを探してんだろうか……」
 男がずっとマリアンを待っていたであろう屋敷は燃えてしまった。最後まで見届けたわけではないが、あの勢いでは全焼は免れなかったであろうことは容易に察することができた。あの屋敷に誰かが帰ってくることは、もう、ない。
「…………」
「そうだな……きっと」
「あ……?」
「きっと今も探し続けているだろうな」
 それはやけにはっきりと断定した物言いだった。リヴァイはエルヴィンの顔を見ようとしたが、今だ抱きしめ続けてくる腕に阻まれそれは叶わない。
「なんでそう思うんだ?」
「俺だったら、諦めないからだ」
「……お前、だったら?」
「あぁ、俺だったら」
「…………」
 もしも自分だったら……。
 そう言われて想像してみると、エルヴィンの断定にも納得がいった。死してもなお自身の意思は残り、身体はなくとも目が見え声が聞こえ動くこともできるというのなら、自分もきっと――。
「なぁ、だからリヴァイ」
「…………なんだよ」
「もしもお前が、俺をあの男のようにしたくないと少しでも思ってくれるなら、」
「…………」
「俺がいいと言うまで決して、……死ぬなよ」
 話を蒸し返す気かと警戒したのは一瞬。リヴァイの耳に届いたエルヴィンの声は、先ほどまでのどの声ともまるで違うとても静かな声音をしていた。そよ風に揺れる木々のざわめきよりもずっとずっと静かで、怒気も叱責も微塵も込められてはいない。だがそれだけに、最後のたった四文字にどれだけの想いが込められていたのかを、リヴァイは正確に感じることができた。

 結局のところ、互いにそれがすべてだった。どれだけ長い言い争いをしても最後は同じだ。どんな馬鹿をしてもいい。どんな無茶をしてもいい。ただ、生きてさえいてくれればいい。それだけで、なにもかもを許してしまう。生きてさえいてくれれば。
 あまりにも単純なこと。はっ、とリヴァイは思わず笑った。そしてすぐに広い背中に腕をまわして、ぎゅうと抱きつき返した。そうすればエルヴィンの心臓の鼓動がとてもよくわかる。その深い音に耳を澄ませ、一言だけ返した。
「お前こそ勝手に死ぬなよ」
 ただ、それだけ。それだけで、いい。
驟雨の隙間
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