互いの呼吸だけが耳につくような、そんな静かな夜。意識がなく表情をそぎ落としたそれは、酷く出来の良い人形のようだった。隅々まで愛されて作られたのだろうと想像させるような、美しい人形。全てのパーツが、まるで奇跡の上で集められたような、そんな錯覚さえ覚えてしまうような構造に眼がくらむ。ただ一つ惜しむ部分があるとすれば、それは、己を真っ直ぐ見とおすルビーのように紅い眼が瞼に覆われてしまって見えないこと。しかし、それでも彼という人間がどうしようもなく尤物な存在である事実に変わりはないだろうと、眠る折原の顔を見つめ平和島は思った。 触れてはいけない。決して、触れてはいけない……。そう強く自分に言い聞かせながら、平和島は折原に向かい腕を伸ばし、ギリギリ肌に触れないだけの空間を残して折原の白く整った頬に手を這わせた。輪郭をなぞるようにして、慎重に手を動かす。僅かに手の平をくすぐる感覚とほのかな暖かさを感じ、平和島はその感触を噛みしめるように一度ゆっくり瞬きをした。眼を開き、ギリギリの間隔はそのままに、手の平を首筋へと移動させる。微かな隙間を通して脈打つ鼓動が伝わり、平和島は知らぬうちに潜めていた息をそっと吐いた。生きている。そんな当たり前のことにえらく安堵した。その拍子に手の平が肌に触れそうになって慌てて腕を引いた。 触れてはいけない。これは自分のように頑丈にできていない。化け物じみた力を持つ手で触れたら、それは哀しいほど容易に壊れてしまうだろう。柔い手の平も、細い腕も、長い脚も、心もとない首も、美しい顔も、しなやかな身体も、全て、この手一つで簡単に。そうしたら、きっと自分は耐えられない。だから、決して触れてはいけない。何度も何度も繰り返しながら平和島は眼を伏せた。 真っ暗な世界に昏々と眠り続ける折原の呼吸音だけが聞こえる。それだけで、ざわざわと胸の奥深くに巣食う獣が吠えたてたが、平和島はその声を無視した。触れてはいけない。獣に言い聞かせ、手の平を強く握った。触れてはいけない。壊してしまうから。何があっても、触れてはいけない。そう、ましてや、抱きしめてしまいたいなんてそんなこと、許されるはずがないと理解していた。(けれど、あぁ、それでもやはり)。 |
臆病なライオンは夢を見る (決して叶うことはないと思いこんだ夢を) |