簡易冷蔵庫の中を見て、残り一本しかないミネラルウォーターに、あ、思った。そしてすぐに舌打ちを一つ。言おう言おうと思っていてついうっかり後回しにしてしまっていた。とりあえず、残っている最後の一本を手に取って喉を潤す。
「つーか、水しかねぇって舐め腐ってんだろ」
 実はひそかに不満だった。いい機会だ。もう寝ようと思っていたが、これを機に言ってやろうじゃないか。爆豪はさっそく部屋を後にした。

 少しずつ慣れ始めたバーへの扉をどんと開く。ざっと見渡せばカウンター向こうの定位置に黒霧が、そして席にはタイツ男のトゥワイスと仮面男のMr.コンプレスの姿があった。珍しく死柄木の姿が見えない。あいつももう寝たのか。それともあとからまたすぐに姿を現すのか。判断はつかなかったが、とりあえずはよっしゃと心の中で喜んでおいた。
「おや、爆豪勝己。どうかしましたかな」
「冷蔵庫ん中が空っぽになった。ちゃんと補充しとけや」
「あぁ、それはいけませんね。申し訳ありません」
「おまえ、相変わらず偉そうな態度だな! 捕虜のくせに根性なさすぎだぜ!」
「…………」
 さっさと要件を澄ませようとして、いきなり横から挟まれた口に爆豪はぐっと眉間にしわを寄せた。じとり、と横目で声の主であるトゥワイスを睨む。だが、トゥワイスはなぜ睨まれているのかわからない様子で「顔こわっ! そんな見つめるんじゃねぇよ照れる!」などとよく分からないことを言っている。
 爆豪は、はぁ、とため息をつくとすぐに頭を振って視線をそらした。そしてそのまま、トゥワイスを無視して、黒霧に告げる。
「つーか、水だけじゃ飽きる。なんかほかの飲みもんも買ってこいよ」
「そうですね、なにか希望はありますか」
「んー……、とりあえずスポーツドリンク。他なんか色々適当に見繕え」
「わかりました」
「あと、暴君ハバネロ買ってこい」
 認めがたいところではあるが、毎度出される食事は中々に美味く不満はない。だが、そろそろジャンクフードが恋しくなってきて、爆豪はよく好んで食べていた激辛スナック菓子の名を告げた。
「ハバネロを?」
「おぉ」
「そうですか。ハバネロ、ですか……」
「…………」
「わかりました。買っておきます」
「……言っておくが、トウガラシのハバネロじゃねぇぞ? スナック菓子のほうだぞ?」
 そんなものが欲しいのですかと言いたげな黒霧の雰囲気を感じ取って、念のため言っておく。すると黒霧は、あぁお菓子ですか、となにやらふんふんと頷くものだから、不安が募った。ちゃんと買ってこれるのかこいつ……、と気分はまるで子どもの初めてのお使いを見守る親のようだ。

「つーかさぁ……」
「? なんでしょうか」
「お前らもやっぱスーパーやコンビニとかで買い物すんのか?」
 ふと湧いた疑問にその姿を想像してみようとして、あまりの違和感に爆豪は首をかしげた。いやいやねぇだろ。こいつらが買い物かごもってスーパーのレジに並ぶとか、まるで想像できない。まだオールマイトがその身を縮めてレジに並んでいる絵面のほうが想像しやすい。
「正解! んなところで買うわけねェじゃん当たり前だろ!」
「……どっちだよくそが」
「当然、裏ルートに決まっているだろう」
 横からふたたび口をはさんできたトゥワイスに爆豪がさらに顔をしかめると今度はMr.コンプレスが口を挟んできた。まぁ、予想通りの答え。爆豪は自分で聞いておきながら、ふぅん……、とどうでもよさ全開で言葉を返した。あぁ、でもどんな裏ルートなのかは気になる。
「裏ルートってたとえば?」
「あぁん、知りたいのか! 仕方ねぇなせっかくだから教えてやらん!」
「…………」
「まぁまぁ、落ち着きたまえ爆豪くん」
 思わず、ぐ、と拳を握るとMr.コンプレスになだめられた。あぁもうこれだからこの男は外れ枠なのだ。いきなり話に割りこんでくるわ声は無駄にでかいわ、かと思えば言っていることが支離滅裂すぎて会話にならないわで散々だ。よくまぁ敵連合のやつらはこんなやつを仲間にしているものだと思う。まさか、じつは結構な人員不足だったりするのだろうか。誘拐勧誘なんてしてるぐらいだし、ありえない話じゃない。一人で勝手に納得する。

「おい」
 キチガイの相手はしないに限る。爆豪はトゥワイスからさっさと意識を外すと、ふたたび黒霧に声をかけた。なんですか、と返事をする黒霧のなんとまっとうなことか。ほんとなんでこいつ敵連合なんて所属してるのだろう。
「あと、なんか本買ってこい」
「本、ですか」
「暇で仕方ねぇんだよ。べつに、そんぐらいいいだろうが」
 む、と爆豪は黒霧を睨んだ。強気で出てはいるが、結構切実な願いであった。これを断られたら割と本気で暴れだすかもしれない。それほどに退屈しているのだ。ぎりぎりと睨む目に力を込める。その甲斐あってか、黒霧は、ふむ、と頷いてから尋ねたきた。
「どんな本をご所望で?」
「面白い本か、分厚くて頭を使いそうな時間潰せる本」
「注文雑すぎィ! 神経質な男だな!!」
「……それか、長編もの。時間潰せそうな」
「どんだけ時間潰したいんだよ! そんなに忙しいのか!!」
「…………おい」
「爆豪くん。あいつに悪気はないんだ」
 だからなんだという話だ。爆豪はぎりぎりと奥歯を強く噛んだ。だが、すぐに、はぁ、とため息をついた。もういい。目的は果たしたのだからさっさと退散するのが吉だ。雑談なんてする相手じゃない。

「もう、もどる……」
 爆豪は、ふわぁ、とあくびを一つこぼしながら扉に手をかけた。
「おやすみなさい、爆豪勝己」
「おやすみィ! 夜更かししろよ!」
「おやすみ、良い夢を」
 三者三様の言葉が背中にかかる。言葉だけなら、まるで友人に投げかけているかのような親しげな挨拶。爆豪はちらりと一瞬後ろを振り返った。そして、すぐに扉を閉めた。もちろん、あぁおやすみ、なんて言葉は返さなかった。
日常的非日常