『とりあえず、一人称が“僕”は無理』 ――俺は“俺”だから問題なし、だな。 『そんで俺より背が低いのも無しだな』 ――爆豪は165cm……俺のほうがデカいし、まだまだ伸びる予定だし。 『背ばっかりひょろひょろ高いだけのモヤシは却下』 ――身体は結構鍛えてるし、筋肉だってこれからどんどんつく予定だし。 『馬鹿は論外』 ――勉強、は、そんな得意じゃねぇけど、引かれるほど馬鹿じゃない、はず。 『お勉強だけの頭でっかちな軟弱お坊ちゃんも嫌だ』 ――軟弱お坊ちゃんとは対極だろ俺は。 『不細工は普通に勘弁だな』 ――確かに轟みたいなイケメンじゃねぇけど、不細工ではない! たぶん。 『俺に敵わないまでもそれなりに強くて』 ――爆豪には負けちまったけど、弱くはない、と思いたい……。 『根性すわってるのは絶対条件だな』 ――根性だったら誰にも負けねぇ! 絶対に!! 授業が始まったというのに、切島は教師の声など一切聞かずにつらつらと自答を繰り返していた。爆豪が言っていた付き合う男の条件。それら一つ一つを明確に思いだしながら、条件をクリアしているか確認しては一喜一憂する。 相変わらず、胸はもやもやとしたまま気分はよくなかった。うぅ、と思わずうめき声が漏れる。ぐるぐるぐるぐる、考えても考えても望むような答えは出ない。ぐるぐるしすぎて頭がバターにでもなってしまいそうだ。 そんな馬鹿なことを思っている時だった。 「切島鋭児郎くんッ!!」 「ッは、はいっ!?」 ふいに聞こえた鋭い呼び声に、反射的に立ち上がり切島は背筋を伸ばした。そして、は、とどこかに飛んでいた意識を戻してみると、教壇からミッドナイトが口元に笑みを浮かべながらこちらを見ているではないか。……やってしまった。切島は咄嗟に愛想笑いを浮かべようとしたが、はは、と乾いた笑いしか出てこない。 「切島くん、先生がいまなんの話をしていたか、ちゃんと聞いてたかなぁ?」 「あ、……いや、その……」 「うん?」 「……すみません、聞いてませんでした」 「はい、素直でよろしい」 「うぅ、すみません……」 再度謝ると、なにやってんだよー、と上鳴から野次が飛び、ほかの皆もくすくすと控えめに笑う。あぁ、恥ずかしい。切島は決まり悪く頬を掻きながら、気になって爆豪のほうへと視線をやった。すると、ほかの皆と同様にこちらを見ていた爆豪と目があった。気がついた爆豪がふっ、と赤い目を細める。かと思えば、同じく赤い色をした艶やかな唇がそっと動く。 『ばぁーか』 声自体は聞こえなかった。だが、そう言ったのだと切島にはわかった。そして、わかった瞬間なぜか、ぼっ、と頬が一気に熱くなった。切島は、ばっ、といきおいよく爆豪から視線をそらすと、かろうじて聞こえた「座ってよろしい」の声にがたがたと慌ただしく席につきながら教科書に向き合うふりをした。そうでもしなければ、いつまでも爆豪の赤い唇を見つめ続けてしまう。そんな予感がした。 いつの間にか、胸のもやもやが消えている。その代り、うるさいくらいに心臓が鳴っていた。いまにも喉を通り抜け口から外へと大きく飛び出していってしまうのではないかと思うほど、どくん、どくん、激しく鳴っている。 (まじでどうしちまったんだよ今日の俺ッ!) どうかしてしまった。 そう言う自覚はあるものの、それを解消する方法はわからずどうすることもできないまま、その後の授業も切島はずっとそんな感じであった。しっかり授業を受けなければと頭ではわかっているのに、いつの間にか意識はぼんやりとどこかに飛んで行ってしまう。もやもや、ぐるぐる。ミッドナイトだけじゃなく、ほかの教師にも何度か注意されてしまう始末だった。 「はぁ〜……」 すべての授業を終え、HRも終えたころには、やけにぐったりと疲れてしまった。机にべったりと懐いて、深くため息をこぼす。 「お前どうしたんだよ〜、めっちゃ注意されまくってたな」 「お悩み事か、切島くん」 上鳴がぺしりと頭を叩き、瀬呂がからかい交じりに尋ねる。言い返す気力もなく、うぐあぁ、と切島は唸った。今はこいつらとわいわい話をする気にはなれない。かと言って、一人になりたいわけでもない。自分が今なにをしたいのか。まったくわからない。この悩みをうまく言葉にして二人に相談することができれば最良なのだろうが、その悩みがなんなのかすらよくわからないのだから八方ふさがりであった。 「こりゃ重症ですな」 「ですな」 「ただ腑抜けすぎてるだけだろばーか」 上鳴たちの声に交じってさらっと流れるような罵倒に、はっとして顔を上げると爆豪がちょうど席の前を横切るところであった。そのまま歩みを緩めずに扉に向かう姿に切島は急いで立ち上がる。 「ば、爆豪っ、待てよ俺も帰る!」 「知るか勝手に帰れよ」 呼びかけにも足を止めようとしない爆豪に、切島は鞄を乱暴につかみ取ると上鳴たちへの挨拶もそこそこに慌ててその後を追った。すでに廊下を歩く背中に駆け足で追いついて、隣に並ぶ。爆豪はちらりとこちらを一瞥して、またすぐに前を向く。 「もぉ、少しぐらい待ってくれてもいいだろ」 「なんで俺が」 「いいじゃねぇかよ〜、俺と――」 俺とお前の仲だろ。 切島は快活にそう言おうとして、しかし、言葉を詰まらせた。 ふと思う。自分と爆豪の仲とは一体。答えはすぐに出た。自分たちの仲を言葉に表すとしたら、それはやはりダチ以外のなにものでもないだろう。仲のいい友達。親友。とても、いい関係だ。でも、なぜだろうか。 (なんか、いや、だな……) 切島は思った。なんだか物足りない。ただの友達。仲のいい、だが、ただの友達。こんなことを思うのは初めてだ。仲のいい友達は中学でも男女拘らず何人もいた。けれど、いままでの友達に対してこんな物足りない感覚を覚えたことは、ない。一度たりとて。 「んん〜、なんなんだろうなぁ……」 「なにがだよ」 思わず声に出して首をかしげると、爆豪が反応を返してくれた。視線を落とせば、赤い目が訝しげにこちらを見上げている。上目遣い。ぐ、と一瞬息が詰まる。 「うぅ〜ん……いやぁ、よくわかんねぇんだけど、なんなんだろうなぁ」 「はぁ? 意味わかんね。お前のほうこそなんなんだ?」 授業中も上の空だったみてぇだし。 ぼそり、と爆豪は言う。小さな声。しかし、切島はその声を聞き逃さなかった。 「なに、もしかして心配してくれてんのっ?」 思わず、声が弾んだ。だって爆豪が俺のことを心配してくれているのだ。弾むなと言うほうが無理な話だった。んなわけねぇだろクソ髪野郎が、と爆豪は相変わらず口が悪かったが、そんなことは気にしない。他人に対する興味が著しく低い爆豪が自分のことを気にかけていてくれた。それだけで、さっきまで抱いていたはずのもやもやが吹き飛んでいく。 「よし! 帰りにマックでも寄るか! ポテト奢るぜ!」 「なに急にテンション上がってんだよ。つーか奢るなら全部奢れ」 「いやいやいや、流石に全部は無理だって!」 勘弁しろよー、なんて口では言いながら気分はすごく良かった。 前は帰りにどこかへ寄ろうといってもすげなく断られていた。むしろ、一緒に帰ることすら鬱陶しそうにされていた。でも今は、もうそんな反応は返ってこない。歩みを止めて待っていてくれることはなくても、当たり前のようにその横に並んでもなにも言わない。それだけ許される仲になったのだ。 あらためて実感すると、爆豪が心配してくれたこととも合わさってとても良い気分になった。我ながら単純だと思う。でも仕方がない。嬉しいものは嬉しいのだから。 しかし、その気分の良さは長くは続かなかった。 「爆豪さんっ!」 その声が背後から聞こえてきたのは、階段を下りてちょうど踊り場に足をつけた時のことだった。大きな声。一体なんだとふり返ると、一人の男が慌てた様子で駆け降りてくるところだった。背の高い優男。誰だろうと思ったのは一瞬だ。追いついた男が胸に手を当て深呼吸を繰り返すその仕草に、昼間のあの男だとすぐに気がつき、切島はぐっと眉間にしわを寄せた。 「なんか用かよ」 爆豪が素っ気なく声をかけると、男ははっと息を飲む。きょろきょろと落ち着きなく視線をさまよわせ、手のひらを意味もなくぐ、ぐ、と握り直すその姿は全身で「緊張してます!」と主張していた。嫌な予感がする。 切島はすぐにでも爆豪の腕を引いてこの場を立ち去ってしまいたい衝動に駆られた。だが、流石にそれはまずいだろうといくらかの理性が働いて、実際はただ黙って成り行きを見守るに徹していた。大丈夫だ。昼間爆豪が言ってたじゃないか。 誰が付き合うかよあんな優男。そう言っていた。だから、別になにも心配する必要は、ない。自分に強く言い聞かせる。 「あの、俺っ、やっぱり……、」 「あぁ? んだよ」 「その……君のことっ……その」 「ちっ、言いたいことがあんならはっきり言えや」 「っ……爆豪さん!」 男はぐだぐだと歯切れ悪く言葉を紡いでいたかと思うと、なんとその男はふいに、ばっ、と爆豪の両手を自身の両手で包み込むようにつかんだ。男の大きな手のひらに、爆豪の白い手はがすっぽりと覆われる。それを見た瞬間、切島は自身の目元が、びき、と引きつるのを感じ取った。かっ、と全身が熱くなる。なに勝手に触ってんだよふざけんじゃねぇいますぐ離しやがれ。そう叫んでしまいたかったのに叫ばなかったのは、あまりの熱さに歯を食いしばっていたからだと思う。 「爆豪さん、お、俺やっぱり諦めきれないんだ」 「てめぇの都合なんざ知るかよ」 「俺っ、もっと頑張るから! 君の隣に立っても遜色ないくらい強くなってみせるから!」 だからっ……、だから。 男の声がしりすぼみに小さくなる。そのくせ、爆豪の手を握る手のひらはがっちりとそのまま。爆豪がめんどくさそうにため息をこぼした。 「答えは昼に返したはずだが?」 爆豪は相変わらず素っ気なく返す。だが、男の手を振り払うそぶりはなかった。思いのほか男の力が強いのか、それともまさか、男の言葉に耳を傾ける気持ちがあるからなのか。……苛立つ。 「わ、わかってる。それでも、俺にもう一度チャンスをくれないか」 「チャンスだァ? んで俺がんなもんくれてやらなきゃならないんだ」 「図々しいお願いだとは理解している。それでもッ!」 男が声を大きくする。それと同時に、ぎゅ、と爆豪の手を握る手に一層の力が込められたのがはたから見ていてもわかり、切島はびきびきとさらに目元が引きつる感覚がした。あぁもう我慢できないふざけてんじゃねぇぞ。 男がさらになにか言葉にしようとする。だがそれが音になるよりも早く、切島は爆豪の横に並んでいたその場所から一歩前に踏み出た。そして、ばっ、と手を伸ばして男の手から爆豪の手を引きはがす。 「おい、爆豪は嫌がってるだろうが」 ぎ、と目つきを鋭くして睨む。そうすれば男は怯んだ様子で一歩後ずさった。その顔には僅かにだが恐怖の色が滲んでいる。切島は、はっ、と内心鼻で笑った。この程度でビビるなんざ、なんて根性のない男だろうか。全然、男らしくない。 「もう行こうぜ、爆豪」 「あ、おい……っ」 ふんっ、と男から乱暴に視線を外すと切島は爆豪の手を握ったまま、階段を下った。一歩一歩大きく足を踏み出しながら背後に神経をやってみたが、男が追ってくる気配はない。切島はふたたび内心で笑った。 好きだと言っていた爆豪との会話を邪魔された挙句、そのままその手を引いて立ち去ろうとしているのに、呼びとめようともしなければ後も追ってこないとは。やはり根性がない。全然、微塵も、まったくもって、男らしくない。その程度で爆豪の恋人になりたがるなど、分不相応にもほどがある。 手を引かれるがままの爆豪をいいことに、切島はそのままずんずんと足を進め続けた。階段をすべて下りきってさらに廊下を進む。ようやくその足を止めたのは昇降口まで来たところだった。 いきなり止まったせいか背中に、ぶ、と爆豪が衝突する。固い頭突きの感触。そしてもう一つなにやら柔らかい感触が背中をくすぐって、切島はうわっ、と思わず全身を跳ねさせながら後ろを振り返った。 「っ急に止まんなくそが」 「あ、わ、わりぃ」 咄嗟に謝りながら、顔が熱くなる。もしかしてあの感触はもしかしてもしかして。ぐわぁあ、とよく分からないままテンションが上がりかけて、しかし、背後をちらりと振り返った爆豪の姿にそれは一気に下降する。まるで、先ほどの男を気にかけているようなその仕草。切島は顔の熱も引っ込めて眉をひそめた。 「気になる、のか? あいつ」 「あぁ? 別にどうでもいい」 「だ、だよなっ!」 「けど、まぁ、思ってたよりは根性ある奴だったわ」 「っはぁ!? どこがだッ! 全ッ然根性なしだろうが! 俺のほうが断然根性ありまくってるっつーの!!」 「? なに張り合ってんだお前」 つーか、手ぇ離せよ。 爆豪が掴まれたままの手をひらひらと振るう。だが、切島は反射的に手に力を入れてそれを阻止した。そんな自分たちのすぐそばをほかの生徒たちがなにをやっているんだろうと言いたげな視線をよこしながら通り過ぎていくが、今の切島には人目を気にしていられるだけの余裕はなかった。 言いたいことがたくさんあった。なんだよあいつの手は振り払わなかったくせに。つーかあんな男の言葉になんか耳を傾けるなよ。ましてや、あんなに容易く手を取らせるなよ。あの男はお前に相応しくない。全然、相応しくない。だって、そうじゃないか。背ばっかり高い優男で、まるで強そうじゃなくて、根性すらまるでない、あんな男なんて、とてもじゃないが爆豪の隣に立たせてやることなどできない。 爆豪の隣にふさわしい男。それは……。 切島は考える。 「なぁ、俺じゃ、だめか……?」 そして気がつけば、そう言葉にしていた。 「…………は、ぁ?」 いきなりのことで意味がわからなかったのだろう。爆豪は首をかしげていた。その目ははっきりと、なに言ってんだこいつ、と言ってる。それは同時に、まるで眼中にないのだと告げられているようでへこんだ。だが、めげることなく切島はもう一度言った。 「爆豪、俺じゃだめか?」 「な、にがだよ……」 「俺は“俺”だし、背だってお前より高いし身体も鍛えてる……勉強は、これから本気で頑張るし、軟弱お坊ちゃんじゃないし、顔だって引かれるほど悪くは、ない! つもりだっ。……試合では負けちまったけど、いつかお前を超えるくらい強くだってなってやる! なにより根性だけだったら誰にも負けねぇ! 絶対にだ!! ……だから、なぁ」 「お、おいっ、なんだよいきなりにベラベラとっ」 「いきなりじゃねぇ! 昼からずっとぐるぐる考えてた!」 「十分いきなりだっつーの!!」 声を荒げながら爆豪はさらにぶんと腕を振って切島の手を振り払おうとした。だがやはり切島は手を離そうとはしなかった。むしろ、ぎゅっと強く握りこむ。そうすれば、む、と爆豪が不機嫌そうに顔をしかめ、その表情に胸が、ぎし、と嫌な感じに軋んだ。嫌だ。そんな表情向けてほしくない。あの男に向けていたのと同じような表情。 「なぁ、爆豪、俺じゃだめなのかッ?」 「だ、か、ら、お前じゃだめって、いきなりなんの話だっ!!」 「そんなの決まってんだろ!! お前の恋人の話だよッ!!!」 「は、あ……ッ?」 なにも考えずに勢いのままに叫べば、爆豪はさらにぽかんとした表情を浮かべた。意外と長い睫毛で縁取られた瞳が、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。いつも不機嫌に眉間にしわを寄せているか、クールに鋭い眼差しをしてばかりいる爆豪の珍しく無防備な表情。可愛い。切島はすぐにそう思った。そして、そう思ってからすとんと気がついた。あぁ、そうか。そうだったんだ。 「俺、お前が好きなんだ」 なんでいまのいままで気がつかなかったのだろうか。自分でも不思議なくらいだった。だが、一度自覚してしまえはその気持ちはすんなりと胸に浸透して、そのまま全身に巡り一体と化した。昼間のもやもやも、授業中のどきどきも、先ほどのいらいらも、すべての原因はそれが理由だったのだ。すべて理解する。 (そうだ、俺は好きなんだ。爆豪のことが) ダチとしてではなく、一人の人間、一人の女性として好きなんだ。だから、爆豪のことを“ナシ”だと評する上鳴らにもやっとしたし、自分はいけると言った峰田にももやっとした。爆豪の好みをあんなにも耳を澄まして聞いていたのだって、その好みに自分が当てはまるかぐるぐると考えていたことだって、今思えばあからさますぎるほどであった。 爆豪が好きだ。だから、あんな根性のすわってない男に爆豪の恋人になってほしくないのはもちろん、ほかの一切の男にだってその隣に立ってほしくない。その手に触れてほしくない。その瞳にうつしてほしくない。どれだけスペックの高い男でも駄目だ。自分以外の男は全部全部、嫌だ。 「なぁ、爆豪、俺お前が好きだ」 「え、あ……」 「俺のことお前の彼氏にしてくれ。ほかの奴のものになんか、ならないでくれ。ずっとずっと、俺だけを隣において、俺だけを見てくれ」 すらすらと言葉が出てくる。それは飾らぬ本音だった。ありったけの想い。 遠くのほうで、きゃあっ、と声があがるのが聞こえた。そう言えばここはまだ昇降口で、辺りには下校しようとするほかの生徒たちの姿もあったのだったと思いだす。しかし、やはり気にしていられるだけの余裕は今の切島にはこれっぽっちも残っちゃいない。意識はひたすら、目の前にいる爆豪のみに。 「なっ、おま、ちょ、そ……え? はぁ!?」 爆豪はひどく動揺しているようだった。言葉にならない言葉を口にしながら、忙しなく瞬きを繰り返す。白く柔らかそうな頬にじわじわと紅がさしていく。ふわふわの甘いお菓子のような美しい色合いに思わず目が奪われた。 あの男の時とは全く違った反応に、期待が募る。どきどきと心臓の鼓動が早まり、爆豪の赤さに釣られるようにして頬が熱くなるのを感じた。 「そ、の反応は、さ……脈ありって、思ってもいいのか?」 「ッ……」 ひゅっ、と息を飲む音が聞こえた。わなわなと爆豪の唇が震える。かと思えばふいに、ぼんッ、と手のひらで小さな爆発が起きた。ふいうちのそれに思わず、あちっ、と力が緩む。その隙に白い手はするりと切島の手のひらから逃げていってしまった。そして、あっ、と思った時には爆豪は素早く身をひるがえしていた。 「ば、ばぁーか! 急に変なこと言ってんじゃねぇよ意味わかんねっつーのこのクソ髪野郎がっ! ばぁーかばぁーか!」 「あ、ちょッ、待てよ!」 ばっ、と爆豪が勢いよく走りだす。なんと逃げ出したのだ。あの爆豪が! 驚いて一瞬固まりかけるが、そんな場合じゃないと切島はすぐさまその背中を追った。待てよ爆豪、と何度も声をかけるが爆豪は「ついてくんなばーかクソ髪野郎ばーか」とどこか幼い罵倒を返しながらますますそのスピードを上げる。 悔しいが足の速さでは、爆豪にはかなわない。しかし、だからと言って追うのを諦めるわけにはいかない。そうだ。諦められるはずがない。 「俺っ、諦めないから! なにがあっても絶対に!」 「知るか! 勝手に言ってろ!」 「あぁ、いくらでも勝手に言う!! 俺は爆豪が好きだッ!!!」 「っ、くそがぁああ!!」 叫ぶ爆豪の髪から覗く耳は赤い。頬と同じ、美しい色。こんなにも美しいものを他人の手に渡らせるなど、冗談じゃない。切島はぐっと力強く床を蹴り上げた。なにがあっても追いついてやる。爆豪の隣は誰にも譲らない。絶対にだ。 |
君には赤色がよく似合う |