「……ん」 目が覚める。たぶん、今日一日散々だった眠りと覚醒の中で一番の目覚めだ。まだやはり身体はだるかったが、眠りに落ちる前と同様に気分は悪くない。自分もけっこう単純だな、と少し思う。これでは切島のことを馬鹿にできない。 そう言えばあいつはどうしたのか。遅れて気がついた爆豪は身を起こそうとして、なにかが右手に触れている感覚に気がついた。視線をやれば、自分の白い色をした手とは違う日に焼けた手のひらががっちりと右手を握っている。その手を伝ってするすると視線を移動させれば、赤い髪が突っ伏しているのが見えた。 寝ているのだろうか。そう思いながらゆるゆると身を起こせば、額に乗せられていたらしいタオルが滑り落ちて軽い音を立てた。その音に反応してか、切島の頭がびくっと揺れ、そして次の瞬間がばっと勢いよく赤い髪が持ち上がる。 「爆豪っ! 起きたのか! 大丈夫か!?」 「ぅ、っせぇ……」 「わ、悪いっ。あぁ、でもまじよかったぁ、……全然起きねぇんだもん」 「いま、何時だ?」 「もうすぐ八時」 答えながら切島はおもむろに立ち上がるとドアに向かい、「おばさーん! 爆豪起きましたー!」と声を上げた。どうやら、母がもう帰ってきているらしい。とんとんとん、と足音が近づき、すぐに母がドアから顔を出す。 「勝己あんたねぇ、早退したんだって? まったく、ちゃんと連絡寄こしなさいよ」 早速の小言に、爆豪は顔をしかめた。 「……わざわざ連絡するほどのもんじゃねェっつーの」 「そんなこと言って、あんた私が帰ってきたとき、顔真っ赤にして唸りまくってたくせに。もうねぇ、びっくりしたわよ。帰ったらそこの切島くん『おばさん爆豪が死んじまう!!』ってわんわん騒いでて何事かと」 「い、いやぁ、すみません、ちょっとパニクっちゃって」 「…………」 想像に容易すぎて、爆豪は閉口した。恥ずかしいような、でも少し嬉しいような微妙な気持ちがぐるぐると胸の奥で渦巻いて、誤魔化すようにさらに顔をしかめる。 母はそんな爆豪を気にも留めず、話を続けた。 「切島くんったらねぇ、もう帰ってもいいよって言っても『爆豪が起きるまで傍にいていいですか』なんて言ってくれちゃって! もう、いまどき珍しいくらいの良い子ね〜。あんた大事にしなさいよ。こんな良い友だち滅多にいないんだから」 「あはは、いや、そんな……むしろ居座っちゃってすんません」 「いいのよ、なんなら泊まっちゃってもいいからね。切島くんなら大歓迎よ」 どうやら母は切島のことを気に入ったらしい。にこにこと上機嫌な母に、切島は暴露された台詞にか、それともストレートすぎる褒め言葉にか、照れくさそうに頭を掻いていた。 なんだか少し面白くない……。爆豪はふん、と鼻を鳴らし、ちいさく呟いた。 「……友だちじゃねぇよ」 「あんたはまたそんなこと言って! ごめんなさいねぇ、切島くん。こいつ天邪鬼なところあるからさぁ」 「いやいや、大丈夫っす。俺、ちゃんとわかってますから!」 「あらやだー、男前ね!」 「あざーっす!!」 「うっせぇ……」 なぜか知らないがテンションの高い二人に爆豪はうんざりため息をついた。もういいから出てけよくそばばぁ鬱陶しい。吐き捨てるように告げる。いつもであったら生意気な口を利くなとここで頭に一発もらうところだが、流石の母も体調不良である息子を気遣っているらしく、ばばぁ言うんじゃない、と小言だけで済んだ。そして、飲み物ここに置いておくからちゃんと水分とるのよ後でお粥も持ってくるからね、とペットボトルをテーブルの上におくと、ようやく母は出ていった。 「へへ、良い友だちだって! 男前だって!」 爆豪のかーちゃんに褒められちまった、と二人きりに戻った空間で切島はでれでれとだらしない表情を浮かべた。やっぱりなんか面白くない表情。爆豪は切島から視線を外すと、はっ、と鼻を鳴らした。 「あんなんで喜んでんじゃねぇ」 「いやいや、だって嬉しいじゃんかよ」 「単細胞」 「ちょ、ひでぇ……!」 「お前なんか、友だちじゃねぇよ」 なにが良い友だちだ。誰が天邪鬼だ。そんなものではない。 爆豪は逸らしていた視線を戻し、切島を見た。切島はすでに爆豪を見ていた。そしてなにやら眩しそうにすっと目を細めると口元に笑みを浮かべた。ぎゅ、と手を取られ、そのまま強く握られる。 「あぁ、そうだな。もう、友だちじゃない」 肯定の言葉とともにするり、と親指で手の甲を撫でられた。友だち同士ではありえないような触れ方。けど、なんらおかしいことではない。だって、そうだ。自分も切島も言っている通り、もう友だちではないのだから。 「……なぁ、爆豪」 「んだよ」 「その……、キスしても、いい、か?」 言葉に詰まらせながらも、切島は言った。それこそ、ただの友だち同士では絶対にしないであろうこと。調子の良いやつだ。さっきのさっきまで、あんなにぐずぐずしていた癖に。けど、まぁいい。爆豪は少しの沈黙を挟んだのちに、好きにしろよと答えてやった。 |
口を揃えてさようなら |