はじめは、ただ触れるだけ。いつだってこいつはそうだ。はじめはただ触れるだけの拙く緩やかな口づけ。でも、それは本当にはじめのほうだけだ。触れるだけだったそれは、すぐについばむような口づけへと変わる。ちゅ、ちゅ、とそれこそ小鳥の鳴き声のような音が静かな部屋にやけに響いた。
 やがて反射的に口を開けば、当然のようにして熱い舌が差し込まれる。拒むことなく受け入れれば、その舌先はまるで爆豪のすべてに触れたいと言わんばかりの熱心さで余すところなく撫で上げてくる。
「ん、ぅ……っ」
 上顎を撫で上げられる感触に、思わず声が漏れた。くすぐったい。でも、それだけじゃあ、ない。続けて頬の内側を撫でられて、その熱い舌先に温められるようにして頬が熱くなるのを感じた。じわりじわりと熱はどんどんと上がっていく。
「はっ、……ん、ぁ」
 あまりの熱さに、熱を逃がすために息を吐こうとするが、その息はすべて切島の口へ飲みこまれてしまう。口づけはいつしか、すべてを貪るような激しいものへと変化し、呼吸がままならなくなる。唾液が混じり合い溢れそうになるそれを、こくり、と飲みこめばようやく重ね続けた唇が解放された。
「っ、はぁ……しつ、けぇ」
「わりぃ……、でも、もっとしてぇ」
「ちょ、っと、まて……、ふっ」
 爆豪は制止したが、切島は構わず顔を寄せてきた。唇にまた熱が触れる。一度触れてしまえば止めることは困難で、くそがと思いつつも爆豪はされるがまま切島の舌に自身の舌を絡ませた。ぬるりとした感触が心地いい。他人の舌なんて気持ち悪いはずなのに、その舌の主が切島と言うだけで嫌悪はたやすく快感に姿を変える。
 夢中になって舌を絡ませ続ける。そうしているといつの間にか裾から侵入していた固い手のひらが爆豪の腹をするりと撫でた。びく、と反射的に腹筋を固くすれば、そこをさらにするすると撫でながら切島は尋ねてくる。
「なぁ、もっと触れてぇ……、もうずっと爆豪不足で死んじまいそうなんだよ」
「大げさな……、毎日顔は合わせてただろうが」
「そんなんで満足できるわけないだろ。どんだけ触れても、足りねぇくらいなのに」
 そう言って爆豪をじっと見おろしてくるその目には、隠しきれぬほどの欲が浮かんでいた。ぎらぎらとした、獣のような目。いますぐにでも噛みついてしまいたい本能をぎりぎりの理性で保ったその眼差しに、あぁ、と爆豪は息を吐いた。
 いつもは優しさばかりを押しつけてくる切島が、自分の欲を求め爆豪を求めるその眼差しが爆豪は好きだった。ぞくぞくとしたなにかが背筋を這う。この自分が誰かに食らわれるなど、そんなことあってはならないはずなのに、切島にならば食われてもいいと馬鹿みたいに思ってしまう。
「好きに、しろよ……」
 こんなの、こいつだけだ。
 プレゼントを贈ろうと思うのも、喜ばせてやりたいと思うのも、キスが気持ちいいと思うのも、この身を好きにさせていいと思うのも、全部全部、切島だけだ。


◇ ◇ ◇


 つぷり、と指先が中へと入ってくる。ローションでよく濡らしたその指は大した抵抗もなく中へ中へと滑りこむ。
「んっ、……ふッ」
 意識してしっかりと息を整えようとするが、どうしても息は乱れてしまう。苦しいわけじゃない。もう何度目かになる行為に、指先だけで痛みを感じることもない。でも、それでも不思議と息は乱れるのだ。くちくち、と優しく解されてようやく慣れてきたと思えば、二本に増やされるだけでまたも息が早くなってしまう。
「爆豪、痛くないか?」
「へ、いきだ……っん」
「そうか……、じゃ、もう一本増やすぞ」
「ん……、」
 さらにもう一本増やされて、爆豪は喉を鳴らしながら反らした。その首筋に切島ががぶりと噛みついてくる。絶妙な力加減で、切島の鋭い牙のような歯が皮膚に刺さる。あ、と思わず身体をはねると、その拍子に切島の指先がある一点をかすめた。
「あッ、んあっ」
 自然と大きく声が上がってしまう。身体が再度はねて、中のほうでぐちゅりとひときわ大きく音がなる。ひどく羞恥心を煽られる音。同時にほかのなにかも煽られる。早くしてほしいと思う。早く、早く。この先をもうすでに知ってしまっている身体は浅ましくも求めてしまう。
「き、りしまッ……も、いいから」
「煽るな爆豪、もー少しちゃんと解さねぇと……」
「ん、ん……っ」
「じっとしろって、ほら爆豪」
「っせぇ、もうへーき、だッ」
 てめぇだってもう限界だろうが。足を滑らせて切島の中央に触れれば、そこはもうすでに固くそそり立っていた。爆豪はいまはじめて切島のものに触れたというのに、完全に準備が整っているそれにふるりと震える。
「おいこらっ、爆豪ッ!」
「なぁ、早く……ッ、きりしまぁ」
 早く欲しい。もう待てない。初めてでもあるまいし、もう大丈夫だ。だから早く、早く。爆豪はぎゅっとシーツを握っていた手を切島に伸ばすと、そのまま首筋に手を絡めた。身を引き寄せて肌を合わせる。そうすれば、わかりやすく切島はぐぅと喉を鳴らし、あぁもうっ、と声を荒げた。
 いつもに比べていささか乱暴に指を抜かれ、そのまま切島の身体が離れる。切島がゴムを取ろうと腕を伸ばしているのを見て、爆豪はより一層身を寄せた。そして再度、早くしろよと切島を急かす。
「わかってるっ、だからゴムを……っ」
「そんなんいいから、いいから早くっ、しろ!」
「ッッッだぁぁあ! くそ! 後で文句言うなよ!!」
 振りきるように吠えて、切島はいきり立った雄を取りだし、そして爆豪をベッドに押しつけた。ぎしり、とスプリングがなるほどの勢い。反射的に目をつぶる。そして開いたときには熱く濡れた切島のものが後孔に触れた。
「あ……っ」
「入れるぞ」
 口では尋ねていたが、爆豪がなにかを言うより早く切島はその身を中へと進めた。
「あ、ん、んっ、んくぅ……ん、ぅッ」
 ずずず、と指よりもよほど太くて硬いそれはゆっくりと中に入ってくる。爆豪は息をつめる。何度体験してもこの一瞬だけはどうしても苦しくて、喉で唸ってしまう。だが、爆豪は決して静止の声を上げはしなかった。
 ただ身を震わせながら、より深く切島がこの身を犯すのをじっと耐える。切島もわかっているのだろう。中へと進めるその速度はゆっくりと慎重であったが、止まることは、ない。
「ん、く……」
「はッ、爆豪っ」
「ひっ、うぁ……ッ!」
 徐々に徐々に中を犯されていく。まだか。まだ全部入らないのか。思っているうちに、ぐ、とひと際強く押し込まれて声が引きつった。
「っ、全部入ったぞ」
 切島は、は、は、ときつい締め付けを耐えるように荒く息をくり返している。爆豪はなにか言葉を返そうとしたが、ぐ、と下から持ちあげられるような感覚に息を乱すだけだった。
「はっ、く、……ひ、ぅ」
「爆豪っ、ちゃんと、息しろ」
 引きつる呼吸音に、切島は爆豪の耳元に顔を寄せた。その拍子にさらに深くなった繋がりに息が止まる。しかし、すぐそばで聞かせるようにゆっくりとくり返される切島の呼吸に自身の呼吸を重ねることで、息の仕方を思いだす。

 しばらく二人そろって呼吸だけを続けた。
 どくり、どくり、と心臓の音がうるさい。あまりにもうるさくて大きく息を吐いてみるが、あまり意味はなかった。しかし、そうしているうちに息苦しさよりも、心臓の音なんかよりも、だんだんともどかしさが強くなってきた。じくじくとした火照り。思わず身をよじれば、切島が顔を上げた。
「ん、そろそろ動くぞ」
 言うやいなや、切島は最奥まで穿った腰を引いた。ずるずると中のものが這い出るような感触に背筋にぞくぞくとした感覚が走る。かと思えば、すぐにまた最奥まで突かれて、あッ、と爆豪は声を上げた。
「あっ、あっ、っんぅ、あ、んあっ」
 ずっ、ずっ、ずっ、と馴染めせるように切島は緩やかなピストンをくり返す。そのたびにぐちゅりぐちゅりとローションが卑猥な音を立て、爆豪の口からは殺しきれない喘ぎ声が漏れた。腹の底のほうから快感がぐわっと全身を襲ってくる。求めていたはずなのに、逃げ出してしまいたくなるような強いその快感に腰を引けば、切島の両手が腰を掴んできた。
「っは、逃げちゃだめだろ、爆豪っ」
「あぅ、あ、逃げっ、て……ッ、ねぇっ」
「そ、うか……ッ?」
 それなら、とぺろりと舌なめずりするように唇を舐めた。獣が獲物を前にしたようなその仕草に、あ、と思った時には遅かった。
「――あぁあ、んあッ!」
 中の一番いいところを熱く固いそれが激しく抉る。じわじわと追い上げるような快感ではなく、ぱちっ、と目の前で火花が散るような快感に爆豪は大きく声を上げた。ぎゅう、と全身に力が入る。切島も、くっ、と声を上げたが、動きが止まることはなかった。
「爆豪、っはぁ、爆豪……ッ!」
「あッ、……あぁッ! んっ、きり、っしま、――んあぁあっ!」
 馴染ませるような動きが明確に快楽を刺激する動きへと変化していく。絶え間のない強すぎる快感。爆豪は切島の首に回していた腕を離すと、逆に遠ざけるように胸を押した。
「ッ待、て……、も、少しッ、ゆっくりっ、あッ、んあぁっ!」
「わりぃ、ちょっと……っは、それ無理」
 しかし、やはり切島は止まらない。
「言っただろ、ばくごーがっ、足りねぇんだよ……!」
 もっともっと、こんなんじゃ足りない。深いところまで全部欲しい。全部満たしたい。
 ぐるぐると喉奥で唸り声を上げながら、切島はここ数日分の接触を取り戻すように激しく責め立てはじめた。

「や、ッあ、あっ、……ッ、はあ、あぁあんッ」
 ひっきりなしに喘ぎ声が止まらない。
 こんな声を出すなど本当は嫌で嫌で仕方がない。女みたいな甲高い喘ぎ声。好きになれるはずがない。けれど、こんな声が出てしまうほどに責め立ててくる切島の激しさを、爆豪は嫌ってはいなかった。
 人に優しくしたりだとか、元気に笑うことが上手なこの男が、己の欲を前面に出した熱い眼差しで、額に大粒の汗を浮かべ、荒々しく息を乱しながら獣のようにこの身体を貪ってくる。他の誰かには決してみせることはない、爆豪にだけ向けてくるその凶悪な情熱に晒されるたびに、腹の奥底のほうがきゅうとたまらなく切なくなる。
「きりしまッ、んく、あッ、き、りっ、しまッ」
「ん、爆豪ッ、爆豪!」
 意味もなく名を呼べば、同じように名を呼び返しながら切島はふいに顔を寄せる。すぐにその意図に気がついた爆豪は柔順な仕草で口を開いた。そうすれば寸分違わずに唇が重なる。息もできないほどの口づけ。苦しいはずなのに、熱に浮かされた頭はそれすらも快感に変えた。
「あっ、あっ、あぁッ……! あッ、あぁんっ……!」
 ローションに切島の先走りが混ざり、ピストンが激しくなるのと同時に卑猥な水音も大きくなる。ぱんぱんと肌と肌がぶつかる音とどちらがうるさいだろうか。情欲を煽る音たちに、中だけではなく外からも犯されているような気になった。
 全身くまなく、熱が灯る。頬も指先も腹も、足の裏でさえ熱くて仕方がない。少しでも熱を逃がそうとシーツに頬をこすりあてるがなんの意味はなかった。限界が近い。爆豪はふたたび切島に手を伸ばすと背中に腕を回し、強く抱きついた。
「きりッ、し、まぁ……ッ、はぁ、あ、っん!」
「爆豪っ、ばくごー……!」
「あぁッ、あ、あ……っ、も、だめ、だッ、あっ、イく……っ!」
「はっ、はぁッ……、ん、俺も。な、一緒にイこう、ぜッ、ばくごおッ」
「んッ、ん……!!」
 こくこくと爆豪は必死に頷いた。
 そうすればピストンの感覚が早く小刻みになる。何度も何度も外すことなくピンポイントに良いところを穿たれて、眼前にいくつもの火花が散った。もうなにがどうなっているのか、わからないほどに、ただただ切島から与えられる快楽に溺れるように身を任せた。
 すると、ふいに切島が二人の間で無防備に揺れていた爆豪のものに手を伸ばしてきた。散々後孔を責められ、しとどに濡れきったそれを切島は片手で包むと激しく上下に扱きはじめる。
「あぁああッ、んあ、あッ――!!」
 前と後ろ、両方を同時に責められ爆豪はのけ反った。強すぎる快感に、もう切島の名を呼ぶこともかなわずただひっきりなしに喘ぐことしかできなかった。もうなにも考えられない。なにもわからない。ひたすらに熱い。熱い熱い熱い!
 そしてついに、ごりっ、と抉るように強く最奥をつかれた爆豪はびくっと今までで一番大きく身体をはねさせた。
「んくっ! あ……ッ、ンあッ、あぁあぁああっ!!」
 ほとんど絶叫のような喜悦の声とともに爆豪は切島の手の中で吐精した。ちかちかと激しく視界が明滅する。ぎゅうと全身が強張り後孔を犯す切島を強く絞め上げ、その感触にまた身体がはね上がるが、切島の両手がそれを押さえた。
「っう、くぅ……は、あァっ……!!」
 唸り声を上げながら切島は狭まる肉壁をこれ以上ないほど大きく膨らんだ雄で、ずんっ、と強く穿った。最奥に熱が届く。そして次の瞬間、切島は爆豪の最奥に叩きつけるようにして勢いよく射精した。


 はっ、はっ、とどちらのものともわからぬ荒い息が部屋に響く。
 爆豪はしばらく全身を強張らせていたが、やがてベッドに全身を投げだすように脱力した。その身体を切島は自身を突き刺したまま、ゆるゆると揺さぶる。まるで最奥で吐きだした自身の精液を塗りこむように。
「あっ、ん……、んぅ……ッ」
 最後の激しさに比べれば戯れのような揺さぶりだったが、吐きだして敏感になった爆豪の身体はその些細な揺さぶりにもびくびくと跳ね上がった。
「ッ、あ、も、やめ……、んっ、……ろッ!」
「んん〜……、おめぇがやめろって言うならやめてやりたいんだけどよぉ」
 切島は言い淀む。だが、その間も揺さぶるのをやめようとはせず、爆豪は何度か声を漏らした。そしてすぐに気がついた。中に納まったままの切島のものがふたたび熱を取り戻してきている、と。
「っ、きりしま」
「なぁ、まだ足りない、全然足りねぇよ爆豪」
「ま、て……っ、きりしまッ」
「無理。我慢なんてできねぇ。だから、なぁ、もう一回していいか……? 爆豪、なぁ」
 ねだるような口調。だが、口調に反して爆豪を見つめるその目はぎらぎらと燃えていた。爆豪の好きなあの眼差し。くそがッ。爆豪は唇を噛んだ。一度その目に捕らわれたら、拒むことはできない。だって、好きなんだ。この眼差しも、切島自身も。
 爆豪は答える代わりに腕を伸ばした。するりと撫でるように首筋に絡めれば瞳のぎらつきが増す。きっと、今夜は長い夜になることだろう。上等じゃないか。待てと咄嗟に口にはしたが、ここ数日切島が足りていないのは爆豪も同じだった。



◇ ◇ ◇







 目が覚めたのはそれからずっとずっとあとのことだ。
 浮上した意識にゆっくりと目を開けるとすぐ近くに間抜け面した寝顔があった。はて、と首をかしげたのは一瞬。爆豪はすぐにあのまま切島に抱きつぶされ、気絶するように眠ったのだと気がついた。頭の下には切島の腕がある。筋肉でがちがちの固い腕。
「……てめぇの腕は枕にゃ固いんだよ」
 枕として不十分なそれに文句を言う。だが、爆豪は頭を抱えてくる腕も、腰に回された腕も振り払うことはなかった。それどころが自身からも切島のほうへと身を寄せた。その際に、ぎし、と痛む箇所があったが、気にしない。あまりの激しさに後半の意識はほとんど飛んでいて、そのことに言いたいことがないわけじゃないのだが、行為自体はまぁ悪くはなかったから安らかに眠っている切島は起こさないでおいてやることにする。
 寄せた頬に切島の胸が当たる。耳を澄ませばその胸の向こうから鼓動の音がかすかに聞こえた。穏やかなその音に耳を傾け続けると、次第に眠気が強くなる。ふわぁあ。大きくあくびを一つ落とし、目を閉じる。そして意識が落ちる間際、爆豪はぽそりと呟いた。もう0時を超えたかどうかはわからないが、いま言ってしまいたかった。
「誕生日おめでとう、えーじろう」
 聞こえたかどうかは知らない。いま言いたかったから言っただけだ。寝ていて聞こえないと言うのなら、またちゃんと目覚めている時に言ってやればいいだけのこと。ちょっと面倒だが、切島が望むのならば言ってやろう。
 ただ、眠りながらも声に反応してか、切島の腕はまるで返事をするかのようにぎゅうと爆豪の身を強く抱きしめてきた。固いが、温かい腕だ。ふ、と思わず笑う。
 あぁ、今日も爆豪は満たされている。
おめでとう愛しい人
Happy birthday dear 切島鋭児郎