ふと思う。たとえばもし、生まれるのがあと半年でも遅かったら、もし個性が硬化でなかったら、もしヒーローを夢見なかったら、もし雄英を選ばなかったら、もしクラスが違っていたら、もし爆豪と出会えていなかったら。考えれば考えるほどに、奇跡みたいな確率のもとに自分たちはいるのだなと思わずにはいられない。
 どれか一つでも欠けていたら、いまこうして二人で一緒にいる瞬間はおろか、知り合うことすらなかったのかもしれないと思うと身が震えるほどだった。けれど、実際に自分たち二人は出会ったのだ。低い低い確率を自分のものにして、たった一人の唯一の人に出会えた。これってつまり。

「俺たち奇跡通り越して運命じゃね? こうなる定めだったんじゃね?」
「なに言ってんだあほか」
 一刀両断。爆豪の返答はいつだってばっさりざっくり小気味いいほどだ。でも、もう少し耳を傾けてくれてもいいじゃないかと思わざるを得ない。それほどに、ぱらぱらと雑誌をめくる横顔はこちらを一瞬だって見向きもしなかった。
 ちぇ、と切島は爆豪の横顔を恨めしそうに見つめた。その横顔が見飽きることなどないような、とてもきれいな横顔をしていると思うのはきっと贔屓目だけではないと思うのだが、じゃあそこに贔屓目は一切存在していないかと聞かれたら自信はない。
「かまえよ爆豪」
「うっさい。雑誌でも読んでろ」
「もう読み終わったんだっつーの」
 ぺいっ、と雑誌を放って切島はいそいそとベッドに寄りかかるように座っている爆豪に近寄った。横にぴたりと並んで、爆豪の手もとを覗き込む。綺麗な山の写真に、爆豪が読んでいるのは登山関係の雑誌かと当たりをつける。面白い? 尋ねれば、ん、と短い返事。
「なぁ、雑誌もいいけどよぉ、少しは俺のこともかまえって」
「ん〜、あとでな」
「今かまえよ〜、おめぇはいまこの瞬間に俺をかまわなきゃいけねぇって運命で決まってんだよ!」
「なんだそのやっすい運命。そんじゃあ俺はこの雑誌を読まなきゃいけない運命なんだよ」
「そんな運命認めねェ!!」
「台詞だけ聞くとかっけぇなおい」
 適当な返事をかえしながら爆豪はぺらりと雑誌の頁をめくる。恋人よりも登山雑誌のほうが大事か。そうか。しょんぼりと肩を落としてみるが、やはり爆豪の目は雑誌にくぎ付けだった。残念は残念だが、もうここまでくるとそこまで雑誌に夢中な爆豪が可愛く見えるほどだ。まったくどんだけ登山大好きなんだよこいつぅ、みたいな?
 仕方がない。切島はそれ以上爆豪の気を引くことをあきらめた。そのかわりに、そっと手を伸ばしてその身体に触れる。爆豪はなにも言わない。抵抗も示さない。それをいいことに、そのままよっこいしょと爆豪の身体を抱えると、ベッドの間に身体を滑りこませた。そうして自分の胸に爆豪の頭をよりかかせるようにして抱き込み、ふぅ、と一息。これでよし。
 もふりと白金に鼻先を埋める。すん、と匂いをかげば甘い香りが鼻腔をくすぐった。たまらないなぁ。邪険にされて下がったテンションはすぐに元に戻った。自分でもお手軽だなこいつと思う。でも、これは爆豪限定の現象だからまぁいいかとも思う。

「なんだ、諦めたのかよ」
「ん、とりあえずこれで満足しとく」
「はっ、やっぱやっすい運命だったな」
 大方さっきの雑誌に下らない記事でも載ってたんだろ。
 そう言われて、ぎくりとする。お見通しかよちくしょー。
 さっきまで読んでいた雑誌は芦戸から借りた情報誌だった。爆豪と出かけるのにいい場所はないかなと読んでいたその雑誌は二頁ほど使って運命がどうたら確率がどうたらと書いてあった。たとえば、一等の宝くじが当たる確率は0.008%、乗った飛行機が墜落する確率は0.0009%、雷に打たれる確率は0.00001%、運命の人に出会える確率は0.0049%、そして意中の相手と両想いになる確率は0.0025。
 なかなか面白い記事だった。飛行機が落ちるよりも宝くじ当たる方が確立は上なのか! とちょっとテンションが上がり、そして最後の二つの確率にテンションはさらに上がる。こんなちいさなちいさな数字をものにして自分と爆豪は巡り合い、手と手を取ることができたのだ。これを運命と言わずになにを運命と言うのか!
 まぁ、けっきょく爆豪に一刀両断されてしまったわけだが、別にそれはどうでもよかった。運命であったならロマンチックだなと思ったりするが、爆豪との出会いが運命であってもただの偶然であっても、こうして無事に出会えた以上なんでもいい。切島は思う。この腕に抱えたあたたかな体温が本物ならば、もうそれだけで満足だった。やっぱりお手軽かな? でもこれ以上ないくらい胸は満たされているから、やはりどうでもいい。
運命、偶然、取るに足らない
(切爆版深夜のワンライ一本勝負、お題:運命)