顔を寄せると彼はすぐに目をつぶった。したいな、って思って顔を寄せると、印象的なその真っ赤な瞳をすぐに白い瞼で覆うのだ。伏せられた睫毛が目元に影を作って、それはそれで印象的だった。目を閉じると、彼は、ぐっと、綺麗になる、と、思う。少なくとも、緑谷はそう思っている。目を伏せた爆豪の顔を見て、最近になって気がついた。自分の幼馴染はこんなに綺麗な顔をしていたのだと。近くにいすぎて、逆に今まで気がつかなかった。緑谷には、そういうことがよくあった。これも、最近になって気がついたことだ。 今なら気づかれないかなと思って顔を寄せたが、彼はしっかりと目をつぶってみせた。ちゅ、と音を立てて、唇が触れる。開いたままの緑谷の目にはやはり白い瞼が映っていた。じ、としばらく見つめてもその瞳は閉じられたまま。 唇を離し、顔を離す。そうして片手で数えられるほどの秒数が経ってから、ようやく彼はゆるゆると瞼を持ちあげた。赤い瞳。伏し目がちに俯いていた視線は、下から上へとゆっくりとすべって緑谷の顎のあたりで止まった。爆豪は緑谷を見ている。緑谷も爆豪を見ていた。けれど、その視線は微妙に合わない。 「かっちゃん……」 呼びかけると彼はやっと緑谷と視線を合わせた。そしてわかりやすく舌打ちした。 「さっさ、と……動けや」 それとももう満足かよ。 は、と爆豪は息を吐きながら言う。口元は馬鹿にするように端が上がっている。そのくせ、その目尻はうっすらと紅色に染まっているのだから、たまらないと思う。わかっててやっているのだろうか。これも計算のうちだったりするのか。……たぶん、違うのだろうけど。 「ん、ぁ……!」 言われた通りに動けば、爆豪は先ほどとは違った様子できゅうと目をつぶった。そして、すぐに、ぎっ、とにらんでくる。忌々しそうな表情。なんだよ、動けって言ったのは君のほうじゃないか。そう思ったけど、口にはしない。こんな時に口喧嘩なんてしたくはなかった。じゃあもうやめるなんて言われたら、この熱をどうすればいいのかわからなくなってしまうだろうから。 じりじりと、この身体に宿り続ける熱を解放できるのは、唯一彼に触れた時だけである。一人でも吐きだせるといえば吐きだせるが、そうするとけっきょくはほかの欲が溜まってしまって、身体は熱いままだ。だから、彼だけなのだ。彼の白い肌に触れて、赤い目に睨まれて、すべらかな皮膚を撫でて、きつく柔らかな肉に包まれて、そうやってはじめてすべてを解放できる。 異常だ。自覚はある。けれど、それはお互い様であると思う。むしろ、彼のほうこそ頭が狂っていると言ってもいい。自尊心の塊のような彼が、蛇蝎の如く嫌っている自分に大人しくその身を預けて、ましてや好きにさせているのだ。いったいなにを考えているのだろうか。緑谷にはわからない。 本当に、いったい、なにを。緑谷は今まで幾度となく頭を揮わせてきた。だが、答えにたどりつけた試しはない。いつもそうだ。緑谷は爆豪のことをよく知っている。誕生日にはじまって、身長、体重、靴の大きさ、服のサイズ、好きな食べ物、愛用のメーカー、嫌いなお菓子、日差しへの弱さ。身体を重ねるようになってからは、その肌の心地よさだとか体温だとか、どこを触ったら身体を跳ねさせるかだとか、堪えきれずに声を出してしまう箇所だとか、放つ瞬間の色っぽさだとか。色々と知った。けれど、いくらなにを知っても、その瞬間、爆豪がなにを考えているのか、緑谷は理解できたことはなかった。 きゅ、と引き締まった腰を撫でる。そうすれば彼は眉をひそめて身体をよじるのだ。くすぐったい。でも、気持ち良くもあるのだろう。その快感を爆豪がどういう気持ちで受け止めているのか。わからないまま、ただ深く身を沈める。爆豪は身体を震わせた。行き場もなくさまよっていた手がシーツをぎゅっとつかんで、筋肉が美しく並んだ腹が痙攣する。 「 っ!」 爆豪の唇が動く。声はなかった。けれど、その唇の動きが、デク、と言っているように見えて、緑谷は全身の熱がぐわっと一気に上がるのを感じた。認識したら、あとはあっという間だ。息を詰めて、無意識のまま爆豪を強く抱きしめ、熱を放つ。 「かっちゃん……っ」 名前を呼べば、赤い瞳は緑谷を見た。その色に引かれるようにして緑谷は爆豪に顔をよせた。すぐに唇が触れる。柔らかく温かな感触。緑谷はずっと目を開いて前を見ていた。爆豪の閉じられた瞼は、どこまで近くで見ても白くぷくりとしていた。 そもそも、どうしてこんな風になってしまったんだろう。 熱が引きはじめた頭で思わず口にすると、爆豪は緑谷が取ってきてやったミネラルウォーターを傾けながら、はっ、と笑った。馬鹿にするような笑い方。いや、実際に馬鹿にしているのだろう。緑谷を見てくる彼の目は、さっきまではうるうると水の膜が分厚くできていたが、いまは痛いほどの侮蔑にまみれている。 「てめぇが言ったんだろ」 抱きたい、って。 ふんっ、と吐き捨てて、爆豪は空になったペットボトルも一緒に放り捨てた。狙ったのか、偶然なのか、放られたペットボトルは緑谷の胸に当たった。ぽこり、と痛みにもならないちいさな衝撃。だが、その衝撃に緑谷はうぐぅと唸った。 そうだ。確かに緑谷は言った。爆豪に、君を抱きたい、と言った。どストレートに直球に言った。言った、けど、でも、そんな、そんな一言で本当に抱かれるなんて、違う、と思う。というか、そういう表面的なことが言いたいんじゃなくて、もっとこう、深いところっていうか。えっ、てか待って。え、え、その言い方だと、あれじゃない? 緑谷ははくはくと唇を震わせながら、たくさんある言いたいことの中からなんとか一つを選別して尋ねた。 「抱きたいって、言われ、たら……、かっちゃん、は、誰にでも、それを許す、の?」 「はっ。誰にでも、って、誰だよ」 そんなもの好き早々いねぇわ。馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに、爆豪は言った。だが、緑谷はそうでもないと思った。たぶん、と言うか、わりとって言うか……、絶対に探せば何人か簡単に出てくると思う。みんな、世間の常識だとか、性別の壁だとか、爆豪の気の強さだとかに気後れしているだけで、もしも、なにをしてもいいよ、って軽く許されるのなら、多くの人がこぞって彼に手を伸ばすことだろう。緑谷はそう思っている。 だから、そんなことありえないとでも言うような爆豪の態度に、ちょっとむっとした。なんなのその危機感のなさ。と言うか質問の答えにもなっていないし。いいと言われたから実際に手を出している身としては、なにも言う資格はないのだろうけど、でも、やっぱり、むっとせずにはいられない。しないでいられるはずがない。 手を伸ばして、爆豪の腕をつかんだ。そのつもりはなかったが、少し力が入りすぎてしまったかもしれない。爆豪の指先がぴくりと揺れて、細められた目が不機嫌そうに緑谷を見た。 「んだよ……、もう一回すんのかよ」 嫌そうな口調だった。だが、実際に抵抗はなかった。押し倒されるがまま、彼はベッドへと背中を預ける。それだけで、冷えかけていた身体はあっという間に再燃する。 たとえば、この勢いのまま、僕だけにしてよ、と言えば、彼は承諾してくれるだろうか。緑谷は想像してみた。甘美な妄想だ。けれど、どんな答えが返ってくるか、上手く想像しきることはできなかった。 「ゴムつけろよ」 「…………わかってるよ」 むすっ、と答えながら顔を寄せれば、爆豪は当然のように目を閉じた。白い瞼の下。今この瞬間、彼の瞳にはなにが映っているのだろうか。それも想像してみたが、やはり、緑谷にはわからない。なにひとつ、わからないのだ。 |
君の瞼の裏側が知りたい |