ゆるりと意識が戻ると部屋は明かりが消されていて暗かった。 辺りは静かだ。いったい、いまは何時なのだろうか……。もぞもぞと爆豪は身を起こす。 「ばくごう? 起きたのか……?」 するとすぐに横から声がかかった。 声のほうへと顔を向けると、切島が身を起こしているところだった。ぐぐーっ、と腕を上げて伸びをする。その姿は、先ほどまでの大きな身体ではなく、見慣れたいつもの切島の姿をしていた。 「戻ったんか」 「おう、12時間経ったみてぇだ」 ばっちり元通りだぜ! 切島は自分の身体をアピールするように、ばっ、と両手を広げた。 爆豪は寝起きでぼんやりする頭のまま、なんとなく、むにむにと切島の手を握ってみた。固いままの感触。けれど、明確に違う形。 「手、ちいせぇな」 「いや、ちいさくはないだろ! お前と同じだっつーの! むしろ結構デカいほうだぜ俺!?」 「さっきよりちいせぇ」 「そっ……、りゃあ、まぁ、大人の時と比べりゃあな」 切島はむっとした表情を浮かべた。 「なんだよ……、いまの俺の手じゃ不満なのかよ……」 「んなこたぁ言ってねぇだろ」 「……じゃあ、いまの俺の手と大人の俺の手、どっちのほうがいい?」 「はぁ? 」 どっちがいいなんて、そんなの……。 爆豪は、ふわぁ、とあくびを零してから答えた。 「どっちでもいーわ……、くだらねぇ」 「っんだよそれぇ! そこはよぉ、“もちろんいまのお前に決まってるだろ”……って言うところだろぉ!」 「誰が言うかよあほか」 「うぅ……、まさか爆豪、 大人の俺のほうがいいのかよぉ……!」 「だから、んなこと言ってねぇだろうが」 「でもおめぇ大人になった俺のこと気にいってたじゃん!」 「べつに、気にいってなんか……、ねぇよ」 「でもでも! やってる時のおめぇいつもと比べてちょっと大人しかったじゃん!!」 なんかめっちゃ可愛かった! いつも可愛いけどいつにも増してえろ可愛かった! と思いっきり言われて爆豪は微かに頬を赤くさせた。 「そ、そんなん知らねぇわ!! てめぇの勘違いだろっ!!」 「じゃあ、やっぱいまの俺のほうがいいかっ?」 「だから! どっちでもいいって言ってんだろ!!」 「爆豪!!!」 うわぁんそりゃないぜ! 切島は憐れな声を出す。 外見だけではなく中身までどこか大人っぽかったさきほどの切島はどこへやら。爆豪の肩を揺さぶって、爆豪は大人の男が好きなのか!? 子どもの俺じゃ不満か!? と切島はうるさく騒ぐ。 その声が寝起きの頭に響いて、爆豪は顔をしかめた。ほかでもないてめぇに抱きつぶされて身体が重いって言うのに無遠慮に揺さぶんな馬鹿野郎。 爆豪は早々にキレた。 「うっぜぇなァ!! どっちでもいいもんはどっちでもいいんだっつーの!!!」 思いっきり怒鳴れば切島は、へにゃり、と眉尻を下げた。非常に情けない表情だ。 まったくなにを気にしているのか。理解できないまま、爆豪は苛立ち交じりにさらに怒鳴ってやった。 「手が小さかろうが大きがろうが、大人だろうが子どもだろうがなぁ、こっちはてめぇがてめぇならどっちでもいいんだよッ!!」 正直言うと、大人になった切島は確かに格好よかった。 はじめこそは大人になった切島に慣れずに身体が強張ったりしたが、一度受け入れてしまえば、男らしい顔立ちにたくましい体格、余裕のある態度や低くかすれた声など、どれをとっても格好が良くて、切島の言う通りなんだかいつもと素直に切島の言葉を受け入れてしまったような、そんな自覚はある。 けれど、それはあくまで切島が相手であるからだ。どれだけ男前で、どれだけ恰幅がよくて、どれだけ余裕があって、どれだけ頼りがいのある大人であっても、それが切島でないのなら爆豪の身体は最初から最後まで強張ったままであっただろう。 爆豪が大人しく身体を預ける相手は、たった一人のまま、変わることなどない。当たり前だ。 「……………………へッ」 爆豪の言葉に、切島はぽかんと呆けた。間抜け面だな。そう思った次の瞬間、ぼんっ、と音がしそうなほどにその顔が真っ赤に染まった。髪の色そっくりな赤色だ。 「ば、ばばば、ばく、爆豪っ!! それって、それってェ!!」 切島はなにか口にしようとしているが、しどろもどろになりすぎてまともな言葉にはなっちゃいなかった。しかし、なにを言いたいかはわかる。 爆豪は、ふん、と鼻を鳴らした。そしてそのまま切島を無視するとふたたびその身をベッドへと横たわらせた。 「疲れた、寝る」 「お、おう、そうかっ」 会話をぶった切る形になったが、切島の返事は弾んでいた。 まったくお手軽な奴だ。とは言っても、人のことはあまり言えないかもしれないが……。 いそいそと切島が隣に潜りこんでくる。猫でも引き寄せるようにぐっと身体を引っ張られ、あっという間にその腕の中に閉じ込められた。さっきまでの腕と比べると、ちょっと未熟な腕。でも構わない。さっきも言ってやった通り、切島が切島ならば、それで構わないのだ。 爆豪は切島の胸元に頬を寄せた。そして、聞こえてくる心音に耳を傾けながらふたたび深い眠りについた。 |
君の手のひら |