例えば、容易に掴めてしまう細い腕だとか、一回りは小さい手の平だとか、猫背気味な薄い背中だとか、幼さの残る丸く白い頬だとか、恐る恐る伺うように見上げてくるアメシストの瞳だとか。それら一つ一つを何気なく目にするたびに守ってあげたいと思うことは、はたしておかしなことなのだろうか。ふとした瞬間、胸の奥底からじんわりと生れる欲求にキースは思う。

『……初めまして、折紙サイクロン、です。……その、よろしく、お願いします』
 視線を下に落として、たどたどしく頭を下げたその姿をキースは今も鮮明に記憶している。出来上がっていない小さな身体をさらに小さく縮こまらせて、紡ぐ声は細く揺れていた。男、と言うにはまるで年齢も体格も足りていない華奢な男の子。新たなヒーローを歓迎する気持ちは十二分に存在していたが、その姿にこんな小さな少年がヒーローをやっていくなんて大丈夫なのだろうかと思ったのもまた事実だ。ヒーローとは華やかで魅力的な響きを秘めている反面、時として酷い怪我を負うだけではなく命を失うような危険を秘めている。そんな世界にこんな少年を放り込んでよいものなのだろうか。

 思えば、初めて出会ったその瞬間から意識していたのかもしれない。潜在的に、無意識に。キースからしてみればまだまだ守られるべき位置に存在する幼い、そして俯いてばかりいるヒーローらしくないそのヒーローを。


 ちょうど曲がり角だった。死角から不意に飛び込んできたプラチナブロンドに、あ、と思う。避けなければいけない。瞬時に理解するが、けれど身体がそれについてこなかった。瞬き一つする暇もなく軽い衝撃が胸元にぶつかる。
 文字通り、軽く、そして小さな衝撃だった。反動で上体が少し揺れたが、それだけだ。しかしその分、反動はプラチナブロンドの彼にいってしまったらしく、目の前で痩身が一歩二歩と後ろに足踏みを繰り返したのち、上半身がぐらりと後ろへ大きく揺れた。見開かれたアメシストの瞳。再び、あ、と思う。転んでしまう。今度は、何を考えるよりも早く反射的に手が伸びた。
 うわっ、と上がる悲鳴は小さくか細い。それと同じように、掴んだ手首も小さくか細かった。思いっきり力を込めれば容易く折れてしまいそうなその感触に少しぎょっとする。引き寄せた身体のなんと軽いことか。転ばないようにと腕を広げたその中にすっぽりとおさまってしまうような痩身だった。
「……大丈夫かい?」
 折紙くん。名前を呼ぶと腕の中の身体がびくりとはねる。見下ろすと、めったに合うことのない瞳と真っ直ぐ目が合った。呆然と瞬きを繰り返すその瞳は、いまいち状況を把握しきれていなかったのだろう。折紙くん?ともう一度名前を呼ぶと、ぱっと大きく目を見開いて、そのままさっと視線を逸らされてしまった。
「ぁ、あ……す、すみません、」
「いや、私の方こそすまない」
 怪我はないだろうか。改めて尋ねると目をそらしたままプラチナブロンドが上下に揺れた。見事な白金色。その色に思わず見入る。綺麗だった。きっと、さんさんと世界を照らす太陽の下で見たならば、もっと美しい色に輝くに違いないのだろう。何の根拠もなくそう思った。
「あの……スカイハイ、さん」
 控えめに名を呼ばれ、うん?と首をかしげる。じっと見つめる先で丸い瞳が何度も瞼に覆われ、そのたびに長い睫毛が上下に揺れていた。視線が合うことは、ない。それがなぜだか残念で仕方がない。
「ぇ、と……離して、もらっていい、ですか、」
「え?……あ、あぁ!」
 言われて、もう意味などないのに抱いたままである己が腕に気がつき慌てて離す。その途端に、大きく一歩後ずさり距離をあけられた。白い指先が、同じくらい白い手首をぎゅっと押さえる。視線を逸らしたまま俯く姿に、もしや強く掴みすぎていたのかと焦った。折紙くん、と名前を呼ぼうとして、しかし、それよりも早く彼は小さく口を開く。
「ぁ、の、ほんとうに、すみませんでした……、」
 大きく頭を下げる。そうしてそのまま返事も待たずに、そそくさとキースの横を通り過ぎていった。まるで逃げるようなその姿に思わず腕を掴んで引き留めようとして手が伸びる。けれど、つい先ほど触れたばかりの細い手首の感触とそれを押さえる指先の白さを思い出し、伸ばした手は空中で不自然に停止した。その間に、軽やかな足音を立てて、プラチナブロンドの光は早足に遠ざかっていく。少し追いかければ、あっという間に追いつける距離。けれど、不思議とキースには彼との距離がとてつもなく遠いものに思えて仕方がなかった。

「…、……」
 かける言葉も思いつかず、ぼんやりと小さくなっていく背中を見送る。なんだか急激に胸が冷たく感じるのは今まであった温もりがなくなったからなのか、それとももっと違う何かなのか、よくわからない。ただ、一度も振り返ることのないその背中を見て、キースは少し淋しく、思う。
なぞる愛の輪郭