エレンの姿が完全に見えなくなったのを確認してから、リヴァイは何日かぶりの我が家へ、ペトラと一緒に足を踏み入れた。 「兄さーん、リヴァイが帰ってきたわよー!!」 ペトラが靴を脱ぎながら、リビングのほうにむかって声をかけた。その横でリヴァイものろのろと緩慢な動作で靴を脱ぐ。片方、そしてもう片方。無駄に時間をかけて脱いだその靴を隅っこにやってから、スリッパへ片足を突っ込んだその時、ぱたぱたと軽い足音が聞こえた。そっと顔をあげれば、長兄のグンタがすぐそこに立っていた。 「ようやく帰ってきたか……」 「…………」 はぁ、と息をつきながら言ったグンタのその言葉にリヴァイは強く実感した。 (あぁ、帰ってきたんだ、な……) 並んだ靴の数、足にしっくり馴染むスリッパの感触、見慣れた玄関先の置物、廊下の景色、慣れた家のにおい。何気ない一つ一つが、とうとう帰ってきてしまったのだと強く突きつけてくる。 「まったく、いきなり四日も外泊なんぞするなんて……」 威圧的に腕を組みながら、グンタが言う。その声は、いつもの物静かな声色ではなく、どことなく重たさを含んでいた。 これは説教パターンだろうか、と思いながらも、リヴァイはグンタの言葉に素直に耳を傾けた。事前に家族の許可を得ないまま外泊を決定し、ほとんど押し通すようにしてそれを決行したのだ。説教の一つや二つ、されても当然のことだろう。 ふぅ、と兄のため息がふたたび聞こえた。心配をかけた、と言う罪悪感も相まって、思わずリヴァイは視線を下に落とした。 「……言いたいことはいろいろあるが、リヴァイ」 「ん……」 「まぁ、とりあえず……おかえり」 「…………っ」 しかし、続けて告げられたそれは叱咤の言葉なんかではなく、いつものようにリヴァイを迎えてくれる優しいものであった。先ほどとはうって変わって穏やかな声に、リヴァイはぱっと顔をあげる。しかめているとばかり思っていた兄の顔は、声と同じで優しい表情をしていた。 「お前はわいわい騒ぐことはしないが、家に帰ってもずっとお前がいないとなると妙に家が静かでな、やっぱり寂しいものだな」 「そうそう、いつもはうるさいばっかりのオルオ兄さんもやけに静かでねぇ」 「エルドなんて帰宅するたびに、リヴァイは帰ったかリヴァイは帰ったか!ってうるさいくせに、まだ帰ってないとわかると途端に無口になってな」 「あれはまさに抜け殻状態だったわ」 「まぁ、そう言うお前だって似たようなもんだったろ」 「ちょ、な、なによっ、それならグンタ兄さんだって」 「いや、俺はあそこまでは腑抜けてはいなかったぞ!」 「えぇ〜、そうだったかな〜?」 ペトラとグンタがやいのやいのと言い合う。いつもの騒がしいやり取り。 その騒がしさに、リヴァイは懐かしさを覚えた。あぁ、帰ってきたんだな、と先ほどとはまた違った感覚で、実感する。 (帰ってきたんだ……) (そうだ、帰ってきたんだ……) (だって、俺の家はここなんだ……) (俺の帰る場所、俺のいるべき場所) (エルヴィンのところじゃ……ない) そもそも、はじめからわかっていたことじゃないか。 エルヴィンとの日々は不安定ではあったが、同時に不思議と穏やかで心地が良くもあった。絶対的な安心感。けれど、あくまでエルヴィンとの日々はリヴァイにとって非日常でしかない。一時に見る夢のようなもの。 (はじめから、終わりは見えていた……) ただ、終わりかたが少しリヴァイの予想とは違っていただけで、終わり自体にはなにもおかしいことなどない。永遠に続く夢などない。夢とは、いつか覚めるもの。 リヴァイは、ふぅ、と息をゆっくり吐いた。 そして、兄姉たちの顔を真っ直ぐに見つめて、はっきりと告げる。 「――ただいま」 なんてことはない。いつもの日常に帰ってきた。それだけだ。 ただ、それだけだ……。 |
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