エレンと二人、とぼとぼと道を歩く。
 人は皆、祭りのほうに多く集まっているからか、すれ違う人の数は少ない。遠くからがやがやと祭りの騒がしい音が風にのって聞こえてくるが、足を進めれば進めるほどに音は小さくなっていった。そういえば、いつの間にか終わってしまったのか、花火のあがる音ももう聞こえない。

「おい、いい加減、放せ……」
 手を引かれるがまましばらく歩いたのちに、力なくリヴァイは言った。
「べつに、逃げやしねぇよ……」
「…………」
 だが、相変わらずエレンからの返事はない。それどころか、手首を握る手の平がぎゅっとさらに力を込めてきて、リヴァイはため息をついた。もう振り払う気力など、今のリヴァイには残されていないと言うのに。
「なぁ、……お前、エルヴィンと知り合いだったのか?」
「…………」
「なんなんだよ……お前も、エルヴィンも……」
「…………」
「エルヴィンは、覚えている、……とか、俺は納得できない、なんとか……」
「…………」
「おい、エレン……っ」
 どれだけ問うても、エレンはことごとく無言でもって返してきた。まったくもってエレンらしくない態度だ。彼はいつだって遊び盛りの子犬のようにリヴァイにまとわりついては、あーだこーだとうるさく喋りつづける。普段はあまりのうるささに鬱陶しさすら感じていたはずなのに、今ばかりは、その鬱陶しさが少し恋しくなってくるほどだった。
「ほんとうに、なんなんだよ……」
 どうしようもなくなって、はぁ、と小さくため息をつくと、反応してかエレンは急にその場に立ちどまった。釣られて一緒に立ち止まると、背中を向けたまま、エレンはぽつりと言う。
「……――だよ」
「あ……?」
「……いいんだよ、リヴァイはなにも知らなくて」
 ようやく口を開いたかと思えば、こちらの質問をばっさり切り捨てるような答えだ。リヴァイは少しむっとして顔をしかめた。
「なんだ、その言い草は……」
「いいんだ……あんな、世界の記憶なんて……」
「……エレン?」
「忘れたままで、いいんです……」
「……おい、なにを言っているんだ?」
 あんな世界の記憶?忘れたまま?
 脈絡のない言葉に、リヴァイは苛立ちも忘れて首をかしげる。すると、エレンはすぐにはっとしたように身体を震わせた。ばっ、とこちらに顔を向けたその表情はしかめっ面をしていたが、すぐに取ってつけたような笑顔を浮かべて見せた。
「いや、なんでもない!」
「なんでもないって、そんなわけないだろう……」
「ほんと、なんでもないって! 気にすんな!」
 些細な勘違いを訂正するような気軽さで、エレンはなんでもないとくり返す。
「それにしても、今日も暑いよなー!」
 さらにわざとらしく、エレンが話題を変えた。話の前後を全く無視した強引で不自然すぎる方向転換。止めてた足を再び進めだしながら、エレンはそんな不自然さすらも無視するかのように、次々と口を開きはじめた。
「あっ、そうだ! 明日こそ海行こうぜ、海!」
「やっぱり、夏は海にいかなきゃ夏じゃないだろ!」
「ミカサとアルミンも誘って一緒に行こうぜ!」
「あとコニーとサシャとマルコと、ちょっとうるせぇけどジャンの野郎も誘って」
「実は俺さ、最近ちょっとサーフィンに興味あるんだよな〜」
「バランス感覚には自信あるし、結構いい線いくんじゃないかと思うんだ!」
 リヴァイに口を挟むすきを与えないようにして、エレンは矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。さきほどの沈黙とは打って変わってのマシンガントーク。その声はやけに明るい。ろくに返事を返さずとも、ただリヴァイが話を聞いているだけで楽しそうないつものエレンの声。
 それなのに、どうしてだろうか。明るいはずのエレンの声と言葉はそのすべてが空回っているようで、聞いていて苦しかった。さっきからずっとそうだ。なにもかもがちぐはぐで、なにもかもがばらばらで、とても、とても息苦しい。
「それでさ―――」
「いい加減しろ、エレン!」
 聞いていられなくて、リヴァイは声を荒げた。手首を握られたほうの腕を引っ張って、無理やりエレンをこちらへとふり返らせる。ぎっ、ときつく睨みつけて、もうこれ以上誤魔化すのはやめろ!とリヴァイはそう怒鳴ろうとした。
 だが結局のところ、リヴァイの怒りの声は音になることはなかった。

「エ、レン……?」
 かわりに出てきたのは困惑を隠せない途切れ途切れの言葉。
「なんで……どう、して……お前も、そんな目をしている?」
 エレンの目は金色だ。暗くて鈍いリヴァイの目とはまるで違った明るく眩しい色。その色は、同じ明るい色でもエルヴィンの空色ともまったく違っている、エレンだけの色だ。
 そのはず、なのに、どういうことだろうか。ふり返らせて合わせたエレンの金色の目は、あの時のエルヴィンととてもよく似た目をしていた。苦しそうな悲しそうな、そんな、胸の奥が締めつけられるように痛くなる、あの目の色。
「俺の、せい、なのか……? エレン……」
 お前が、エルヴィンがそんな目をするのはやはりすべて自分のせいなのか。他の誰でもない、リヴァイこそがエレンもエルヴィンも傷つけてしまっているのだろうか。
「お、れが……」
 嫌な想像が蘇ってきて、リヴァイはぐぐっと目元に力を入れた。ただでさえ悪い目つきが、もっと悪くなる。そうでもしなければ、らしくないものが奥のほうからこぼれ落ちてきそうな感覚がして仕方がなかった。
「違うっ!!」
 しかし、エレンは声をあげてそれを否定した。今までで一番大きな声で、違う違う違う!と何度もくり返した。
「リヴァイは悪くなんてない……!」
「だが――」
「なにも! ……なにも悪くないに、決まってるだろ……」
「…………」
「ほんと、リヴァイが気にするようなことは、なんでもないんですって……」
「……なら」
 なぜお前はそんな目をしている。
 リヴァイは、そう尋ねたかった。彼らにそんな目させてしまっている理由を知りたいと、強く思う。理由を知って、できることならその原因を綺麗さっぱり取り除いてやりたいと思う。けれどそれと同時に、理由を知ってしまうことに大きな恐怖を抱きもしていた。
 エレンは違うと、リヴァイのせいではないと言うが、きっとそれは嘘だ。気がつかないはずがない。おそらくは、エレンが隠す“なにか”のなかに、知りたくて知りたくない理由が一緒になって隠されているのだろう。エレンにとって、そしてリヴァイにとっても、大きくて重たい意味を持つ“なにか”。だってあのエレンが、取り繕ったような笑顔を浮かべ、必死に避けてそらして誤魔化して、そこまでして隠そうとしているのだ。
 しかし、だからこそ、恐怖を覚えざるを得なかった。知りたいのに、知りたくない。それを知ってしまってすべてを受け止めるだけの“覚悟”が、今のリヴァイにはまだ、ない。恐怖と不安に、踏み込むための一歩が固まる。だから、なぜおまえはそんな目をしていると尋ねたいのに、言葉が真っ直ぐに出てこない。

「…………」
「…………」
 リヴァイが口を閉ざすと、一緒になってエレンも口を閉ざした。どんどんと重さばかりが増していく沈黙が二人の間に落ちる。いつもならエレンとの間に、こんな沈黙が落ちることはないのに。どうして、こんなことになったのだろう。
「帰ろう……リヴァイ。もう、いいから、帰ろう」
 不自然すぎる空気の中、先に口を開いたのはエレンだった。離さず握ったままの手をゆるゆると引き、帰ろうとくり返す。その手には、先ほどのような力強さはなかった。それでも、リヴァイはエレンに引かれるがまま歩きだした。
 歩いている間、やっぱり二人の間に会話はない。夜になっても汗がじわりと湧いてくるほどに暑いはずなのに、空気はしんと冷たく最悪な心地だった。
 そんな気まずい空気のまま、やがて川辺近くのバス停へたどり着いた。今までの道筋と同じでそこに人の姿はなく、エレンに促されてリヴァイは備えつけられた無人のベンチに腰をおろした。エレンも隣に座り、ようやくリヴァイの手首からエレンの手が離れていく。長く握られたせいか、手首にはすっかりエレンの手形が残ってしまっていた。
「…………」
「……、……」
 やけに時間が長く感じたが、実際はそう経たぬうちにバスは来た。先に、エレンが立ちあがる。だが足を踏み出すことはせずに、無言のままリヴァイを見て先に乗るようにと促してきた。手こそ取られていないが、リヴァイの一挙手一投足を逃さぬように金色はじっと見つめてくる。まるで、今にもリヴァイが逃げ出してしまわないか、警戒しているような真剣さに、少し笑う。
(今さら、戻れるはずがないのに……)
 リヴァイはなにを言うこともなく、そのままバスに乗り込んだ。

 バスに乗っている間、リヴァイはずっと外を眺めていた。しかし、その視界になにを映すわけでもなく、意識はぼんやりとしたまま。目の前の反射した窓ガラス越しに、隣のエレンがちらちらと何か言いたげにこちらを見てくるのが見えた。口を開きかけては、詰まったように息をとめて、眉をさげながら俯き肩を落とす。
 エレンはリヴァイに見られているとも気がつかず、それをくり返していた。何度も何度も、何度も。そんなエレンに、リヴァイは気がつかれぬよう、はぁ、と息を漏らした。
(仕方がない……)
(エレンは、なにも悪くない……)
(ただ、なにもかもが……仕方がない)
 仕方がない。それはなにもかもを受け止める、リヴァイにとっての魔法の言葉。
 仕方がない。慣れた諦観の念が胸を占める。
(そう、仕方がない……)
 リヴァイは言い聞かせるように、胸の中でくり返した。仕方がない。なにが悪いとかあれが間違っていたとかではなく、ただただ仕方がない。仕方がないんだ。小さく呟いて、そして、その名を呼んだ。
「エレン」
「っ!」
 たったそれだけで、エレンは椅子から飛びあがらんばかりに全身を揺らした。リヴァイはあくまでふり返らずに、窓越しにエレンの顔を見たまま、続ける。
「……もう、いい」
「なっ、に……?」
「もういい、と言ったんだ」
「……でも、」
「話したくないなら、無理に話す必要は、ない……」
 話したくないことを、無理やり聞かれることの不愉快さは、リヴァイもよく知っている。答えたくない煩わしさと、答えられぬ罪悪感。きっと、エレンの胸はいまそんな気持ちでいっぱいなのだろう。
「リヴァイ……ごめん、俺……」
「謝るな……」
 謝らせたいわけではない。かと言って、気にするな、と言ってやれるだけの余裕はなく、もう一度だけ謝るなとくり返してリヴァイは口と一緒に目を閉ざした。仕方がない。仕方がない。胸の中で何度も言い聞かせる。仕方がない。

 何回かの停車をくり返すバスに乗り続けて、窓の外の景色はすっかりと見慣れたものへと変わっていた。運転手が棒読み気味に地名を告げ、すぐにエレンが降車ボタンを押す。客の希望通りにバスが停車すると、乗る時とは逆に先にバスを降りたエレンは再びリヴァイの手首に手を伸ばしてきた。だが、リヴァイはその手を交わすと、代わりに自ら手を差し出した。エレンが一瞬、また泣きそうな目をする。それでも、エレンはリヴァイの手を取った。その手はエルヴィンよりは小さいが、リヴァイよりは大きな手をしていた。
「…………」
「…………」
 手を繋いで歩きだす。どうやらリヴァイを家まで送っていくつもりらしく、エレンの足取りは自身の家ではなく、真っ直ぐリヴァイの家へと向かっていた。当然のことながら会話はない。機械になったような感覚で、ただ規則的に足を動かす。
 意識はぼんやりとしていた。少し、疲れたのかも知らない。今日は、いろいろなことが、本当にいろいろなことがありすぎた。もうなにも考えたくないほどで、この沈黙を気まずいと思う気力すらなくなってきたくらいだった。

 結局、帰り道のあいだずっと言葉が交わされることはないまま。気がつけば、自宅がもうすぐそこに見えてきた。既にだれか帰ってきているらしく、カーテンの隙間から明かりが漏れている。それを認識した途端、リヴァイの歩みは遅くなる。
 べつに、帰りたくないわけではない。ここまで来て、そんなのいまさらだ。ただ少し帰りづらくはあった。なんと言って、玄関の扉を開ければいいのだろうか。いつものように、ただいま、と言う一言ではきっと駄目だろう。
(なにか、言いわけを考えておかないと……)
 そう思うのだが、思うだけで良い言い訳はなにひとつ思い浮かばなかった。どうしようどうしよう、と焦っている内に、自宅は近づく。いっそのこと、一度足を止めとしまおうか。そんなことを思いかけて、しかし、それよりも早くエレンのほうがふいに足を止めたのだった。
「あっ……」
 エレンが小さな声をあげる。思わず漏れてしまったと言わんばかりのその声に、なんだ、と思って顔をあげれば、向かいから姉のペトラが歩いてくるのが目にうつった。ペトラも、少し遅れつつもリヴァイたちにすぐ気がついたようで、大きな目をさらにぱっと大きくさせたかと思えば、こちらに小走りに駆け寄ってくる。
「リヴァイ! もうっ、ようやく帰ってきたのね!」
「あ、あぁ」
 掴みかからんばかりの勢いにリヴァイは思わず怯むが、ペトラは構わずに言葉を続けた。
「いきなりだったからすごく心配したのよ? オルオ兄さんったら、リヴァイも中学生だ外泊くらい別にいいだろう、って私たちになんの相談もなく許可しちゃうんだから。しかも、リヴァイは誰の家にお泊りしてるの? って聞いても、詮索する女は嫌われるぜ、なぁんて言っちゃって、鬱陶しいったらありゃしないわ!」
「そ、そうか……」
「そうよ! でも、なんだ、エレン君のところにお邪魔してたのね。もしかしてもしかしたら女の子の家にお邪魔してるんじゃないかって、お姉ちゃんちょっとだけ心配しちゃった。でもそんなの駄目よ、まだ早い早すぎるわ、お姉ちゃん絶対許可しないんだら!」
 最後になにやらよくわからないことを力強く宣言しながらも、ペトラはほっとしたように息をついた。そして、そこまで捲し立てたからようやくエレンの存在に意識が向いたらしく、ぱっと少し恥ずかしそうに口元を押えた。
「やだ、私ったらこんなべらべらと。ごめんねエレン君、変なところ見せちゃって」
「あ、や、だ、大丈夫です!」
「そう? ふふ、ありがとうエレン君。リヴァイがお世話になったわね」
 穏やかに微笑むペトラは、どうやらすっかりリヴァイの外泊先がエレンのところだと勘違いしてしまっているようだった。よかったら今度はエレン君がうちに泊まりに来てね、とペトラがエレンに告げるその横で、リヴァイは一人密かに焦った。
(まずい……)
 このままではエレンの口からエルヴィンの存在がペトラに知らされてしまう。いくつも歳の離れた、それもペトラたちがまったく認知していない大人の家に泊まりこんでいたなどと知れたら、ペトラはきっと激怒するに違いない。兄たちにも事実を告げて、知らされた兄たちともあわせてそんなことをしたリヴァイを叱り、そしてそれを許し受けいれてくれたエルヴィンに非難の声をあげるだろう。
(そんなのは、いやだ……)
 エルヴィンを不当に責める言葉など、リヴァイは聞きたくなどない。
 しかし、だからと言ってエレンに黙れなにも言うなと強制することなどできるわけもなく、言い訳の一つも思い浮かばなかったリヴァイには、なにをどう取り繕うこともできなかった。

「や、いや、そんな、いつも世話になってるのは俺のほうですから、礼を言うのは俺のほう、って言うか、むしろ何日もリヴァイのこと引き止めちゃってすみませんでしたっ」
 ところが、エレンはペトラの勘違いを訂正しようとはしなかった。エルヴィンの存在を少しも匂わせることもなく、むしろペトラの勘違いに乗っかるようにして、リヴァイが四日も家を留守にしたのは自分のせいなのだとさり気なくリヴァイを庇う。
「あ、あの、それじゃあ、俺、帰りますね」
「あら、そう? わざわざ送ってまでくれて、本当にありがとう、エレン君。気をつけて帰ってね」
「はいっ!」
 びしっ、とペトラに返事をしてから、エレンはリヴァイのほうへと顔を向けた。
「その、じゃあ、リヴァイ、……おやすみ」
 そう言って、リヴァイの言葉も待たずにエレンは手を放してさっさと背を向けた。そのままだっと駆け出そうとするのを、リヴァイは慌てて引きとめる。
「まてっ、エレン」
「な、なんだ?」
 びくっ、と肩を震わせながら、エレンは粗相をしでかして叱られることを恐れる飼い犬のような顔でふり返った。耳があったらきっと後ろに倒れていて、尻尾があったら力なく垂れ下がっているだろう表情だ。
 リヴァイは、すぐにはっとした。次いで、どういうつもりだと追及する気でいた己に首を振った。もういい、とつい先ほどそう言ったばかりじゃないか。
(それに……)
 ふとふいに、リヴァイは思い出す。この四日間、毎日エレンが電話を寄こしたことを。
 なんてことはない、他愛ない話をした。下らない、と言ってもいいくらいに、他愛ない話。だが、そんな他愛ない話の合間合間にエレンはよくリヴァイを気にかける言葉をかけてくれていた。早々に、リヴァイの様子がいつもと違うことに気がつき、なにかあったのか、大丈夫なのか、当のリヴァイがしつこいと邪険に扱ってもなお心配し続けていてくれた。
 エレンがリヴァイになにか隠しているのは確かだ。大きくて大切な隠し事。けれど、エレンがリヴァイのことを心配し気にかけていてくれたことも、確かなことだ。リヴァイは思う。ならば、もうそれでいいじゃないか。エレンがなにを隠し、なにを心に思っているのかはわからない。だが、あの四日間、電話を寄こし気にかけてくれた、その優しさだけでも、十分すぎるほどじゃないか。

 リヴァイは、音にするはずだった言葉の代わりに、いったん顔を伏せながらふぅとゆっくり静かに息を吐き出した。そして、すぐにまた顔をあげ、エレンを見つめ返した。
「……あした」
「えっ?」
「……あした、海に行くなら、お前が送れよ」
「リ、ヴァイ……?」
 リヴァイの言葉はエレンにとって予想外のものであったのだろう。エレンはぽかんとした表情を浮かべた。先ほどの怯えた表情とはうって変わった間抜け面。リヴァイは口元をほんのりと緩めた。
「……なんだ?」
「あ、その……」
「海、行かないのか?」
「っ……いや! 行く! 絶対行く!」
 エレンはさらに表情を一転させ、ぱっと明るい笑顔を浮かべる。今度は褒められた飼い犬がぶんぶんと勢いよく尻尾を振っているくらいの喜びっぷりに、リヴァイは少しため息を下げた。いつも騒がしいくらいのエレンが打ちひしがれているかのように俯いているのは、やはりあまり見たくはない姿だ。ちょっとうるさくて鬱陶しいぐらいが、ちょうどいい。
「俺っ、昼ごろに迎えに来るよ」
「ん、わかった」
「皆にも、連絡しておくっ」
「あぁ、頼んだ」
「絶対! 絶対迎えに来るからな!」
「だから、わかった」
「うん……、じゃ、じゃあ、また明日っ」
「ん、じゃあな……」
 エレンは、昼ごろかんなー! と近所迷惑も考えずに大声で叫びながら駆けて行く。慌ただしいやつだ。そう思いながら、リヴァイは見えなくなるまでその背中をじっと見送った。
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