くぅくぅ、と眠る子猫を見おろす。
 穏やかな表情で眠るちいさな子猫はまるで愛らしさのかたまりで、その愛らしさにたまらず顔が自然とやに下がったものになってしまう。
 でも仕方がない。ちいさな身体をさらにちいさく丸める姿も、うにゃうにゃと何ごとかを呟く口元も、すりすりと身をよせてくる仕草も、全部が全部本当に愛らしい。
 さらに言うなら、さっきまではハンジやモーゼスを前にがちがちに固まっていたのに、自分の傍では無防備に眠っていることも、庇護欲を強く刺激した。
 だから、うっかり表情がだらしがなくなってしまうのも仕方がないのだ。

 しばらくして、気配を感じて顔をあげると、戻ってきたらしいハンジとミケがこっそりとこちらをうかがっていることに気がついて思わず笑った。
 そっちに行ってもいいかと無言のまま目で問いかけてきたので、少し考えたのちに、同じように無言のまま承諾の返事を目で返してやった。すると、ぱっ、とハンジの顔がかがやく。うきうきと軽い足取りで近寄ってきて、そのうしろをミケが一緒についてくる。
『大きな声は出すなよ、ハンジ』
『わかってるって、大丈夫大丈夫』
 寄ってきたハンジは早速エルヴィンが抱える子猫を覗きこんできた。
 そして、くぅくぅ眠っている子猫に、しょんぼりと肩をおとす。
『なぁんだ、子猫ちゃん、寝ちゃったの?』
『あぁ』
『ちぇ〜、お話ししたかったのにな〜』
『まだまだ疲れているんだよ』
『それに子猫だしな……』
 仕方ないことだ、とミケはハンジと入れ替わるようにして子猫を覗きこむと、すんすん、と子猫の匂いをかいで、乳臭いな、と鼻で笑った。
『まぁ、しばらくすればすぐ元気になるだろう。だからそれまでは、あまり余計なちょっかいはかけてくれるなよ、ハンジ』
『なぁにその言い方!なんか失礼しちゃうなぁ』
『だが、言われる心当たりはあるんじゃないか?』
『ぐぐぐ……、やっぱり言い返せない!』
 ちくしょー、といつもの軽い調子でハンジが叫ぶ。
 するとその声に反応してか、眠っている子猫がうにぃと鳴きながらもぞもぞと寝返りをうった。3匹は慌てて口を噤んだ。
『…………』
『…………』
『…………』
 もぞもぞ、もぞもぞ、……くぅくぅ。
 しぃん、と不自然に静まりかえった空間に、ふたたび子猫の安らかな寝息が聞こえてきて3匹はほっと息をついた。
『いやぁ、危なかったねぇ〜』
『…………』
『…………』
 おそらく一番の原因であろうハンジは明るく笑った。
 そんなハンジをエルヴィンとミケはそろって見たが、すぐにそらした。
『……結局子猫は寝てるようだし、俺たちはさっさと退散したほうがよさそうだな……』
『……そうだな。もう夜も遅い、お前たちもそろそろ寝るといい』
『ちょっと、なんで一瞬そろって私のほう見たのさ』
『それじゃあ、おやすみ……』
『あぁ、おやすみ』
『ちょっとちょっと、無視しないでほしいな〜、なんて……』
『…………』
『…………』
『……は〜い、ハンジさんはちゃんと引き際のわかる賢い子ですよー』
 もう、今日はこんな扱いばっかりなんだからぁ、とこぼしながらも、ハンジは大人しくその場から腰をあげた。
『じゃあ、おやすみ〜。子猫ちゃんが起きたら少しくらい話させてよね』
『まだ言うか……』
『あまいなぁ、ミケ。私の好奇心は底なしなのさ〜』
 変わらぬ明るいマイペースな声で言いながら、ハンジは軽い足取りで去っていき、そのあとをミケは来たとき同様に一緒についていった。

 2匹を見送ってからエルヴィンは、よっこらしょ、と体勢を整えて、あらためて子猫を見おろす。子猫は相変わらず愛らしい寝顔を無防備にさらしており、またしても顔がやに下がってしまった。
『ハンジがまた騒がしくしてすまない。けど、ハンジもミケもとても良いやつだから、仲良くしてやってほしい』
 そして私とも、ぜひ仲良くしてくれると嬉しいな。
 眠る子猫にこっそりささやいて、最後にもう一度だけ、ちいさな額をぺろりと撫でる。
 そして、今度は絶対に傍を離れたりなんてしないと固く誓うと、子猫の安らかな寝息を聞きながら一緒に眠りについた。
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