『やめないかハンジっ、怯えているじゃないかっ』 目の前に、金色の生きものが立ちふさがる。 騒がしいやつと同じ、大きな身体。 けど、鼻先を向けてくる騒がしいやつと違ってその金色はこっちを向いてはいなかった。 こちらに背を向けて、まるで壁になるように、守るように、騒がしいやつと対峙していた。 『なにさ、エルヴィンまで〜。私はただ子猫ちゃんに挨拶しようとしただけだって!』 『けれど、この子は怖がっているだろう?』 『だから!私はなにもしてないってば!』 『君が酷いことをするなんて思ってなどいないさ。けど、ハンジ。君はちょっと声が大きい』 『えぇ〜、そうかなぁ?』 『あぁ。それに君はとてもテンションが高い。初対面でそれじゃあ驚かれても無理はない』 『ぐぐぐ……、まぁ、たしかにそう言われると言い返せない……!』 騒がしいやつと金色とが、なにか話している。 なんだか騒がしいほうのやつが金色に怒られているようで、会話が進むたびにちょっとだけ騒がしいやつが騒がしくなくなっていく。 『もぉ、わかったよ。しばらくは大人しくしてればいいんでしょー』 『あぁ、そうしてくれると助かる』 『まったく、過保護なんだから〜』 ぶーぶーと文句のようなことを言っていたかと思えば、騒がしいやつはくるりとあっさりこちらに背を向けた。そして、そのまま図体のでかいやつの隣りへと戻っていくではないか。 (……おいはらって、くれた?) あんなに威嚇しても怯みも引きもしなかったのに、どういう手を使ったのだろう。 よくわからなくて、ぽかんと眺めていると、追いはらってくれた金色がこちらへとふり返ってきた。その拍子に、まぶしい色をしたきらきらが、頭の上で光っているぴかぴかに照らされてより一層まぶしい色に輝く。 『大丈夫だったか?』 いきなりあらわれた金色は、どうやらさっきの騒がしいやつと同じ犬のようだった。 けど、こちらにかけてくる声はさっきの犬とはまるで違う落ちつき払った声をしていたし、全身はどこもかしこもまぶしい色をしている。 『すまない、彼はフレンドリーというか……、ちょっと馴れ馴れしいところがあってね』 悪気はないのだが、ずいぶんと怖がらせてしまったようだな。 そう言って金色はなんだか困ったような表情を浮かべると、顔をそっとよせてきた。 近づいてくる鼻先。けれど、騒がしいやつのときとは違い、このときは目のまえのまぶしい色にばっかり気をとられて、こわがることも警戒することもわすれてしまっていた。 『私が傍を離れてしまったばかりに、本当にすまない』 『……っ!?』 やすやすと頬を撫でるように舐められて、そこでようやく近すぎるそいつの存在にぴゃっと飛びあがる。いまさらのように、ふしゃぁー!と威嚇したのだが、ほんとうにそれはいまさらだったようで、今度は額をぺろりと撫でられてしまった。 『でも、もう怖がらなくても大丈夫だ。ここにいるものは誰もきみを傷つけたりなんてしないから…』 寄せられた鼻先のせいで耳のすぐそばから聞こえてくる金色の声は、さっきまで騒がしいやつを相手にしていたときの声に比べて、なんだかやけに優しい音をしていた。 金色はそのやさしい声で、怖くないよ、大丈夫だ、なにも心配はいらない、と頬やら額やらを何度も舐めながら、こちらを気遣うような言葉をいっぱいなげかけてくる。あまりにもいっぱい言ってくるから、どれに耳を傾ければいいのかわからないほどだ。 そして、ひとしきり舐めつくされたころ、金色はじっ、とこちらを見つめながら言った。 『そうだ、お腹が空いているだろう?』 『…………?』 そういえば、と思う。 ふかふかだったりぴかぴかだったり、いろいろなものに気を取られていて気が付かなかったが、言われたとたん急速に腹がへってきたような気がした。けど、素直にそれを応えていいものか迷っていると、ぱくっと襟首に噛みつかれてまたしてもぴゃっと全身が飛びあがった。 『にっ!?!?』 そのまま身体が持ちあがって、足が宙に浮く。 ぐっ、と視界が高くなって、それで金色に身体を持ちあげられたのだとわかった。 いったいどこに連れていかれるのか。全身を固まらせたが、すぐにふかふかとした場所におろされた。伝わる感触。すぐにわかった。これはさっきまで身を置いていたあの空色のふかふかだ。 『ちょっとここで待っていてくれ。大丈夫、すぐに戻ってくる』 あいかわらずやさしい声で言うと金色はこちらの返事も待たずにどこかへいってしまった。 遠ざかっていくきらきらの金色。その後ろ姿になぜかちょっと不安をおぼえる。まるで、太陽が高い空からずっと向こうの低い空に沈んでいってしまうときの心もとなさ。 でも金色は、すぐ戻ってくると言ったその言葉通り、本当にすぐに戻ってきた。 かちゃかちゃ、と足音が聞こえてきて、顔をあげるときらきらの金色が見えてやけにほっとした気持ちになる。 『すぐご飯がくるからな』 そばにきて、またすぐに頬を撫でられた。 『…………、』 犬は、嫌いだ。 犬にいい思い出なんか、なにひとつだってない。 だから、さっきの騒がしい犬にも、やたら圧迫感のある図体のでかい犬にも、背筋がざわざわびくびくとして仕方がなかった。 けれど、この金色は、なんだかそんなに、わるくない。 (きんいろ、だから、か……?) きらきらまぶしい金色は、まるで空でかがやく太陽の色に似ていると思った。 太陽はぽかぽかとあたたかい温度がするから好きだ。 太陽のしたでうとうとするのは、とても気持ちがいい。 こいつの金色は、そんな太陽の色に、少し似ている。 うっかり目を細めて、ちょっとだけ、本当にちょっとだけうとうとする。 最近はずっと寒くてこごえそうな日々が続いていたから、こんなふうにあたたかな場所でうとうとするのは久しぶりだ。 『眠いのか?』 (ねむく、なんて……な、い) 『あぁ、寝かせてやりたいのは山々だが、もう少しだけ我慢してくれないか』 (だ、から…ねむ、く……な…ぃ) 『もうすぐモーゼスが……あぁ、ほら、きた』 「ちびすけ〜、飯持ってきたぞ〜」 誰かの声が聞こえて、金色がぱっと顔をあげた。 ……はっ、とワンテンポ遅れてから、一緒になって顔をあげる。 するとそこには大きな大きな、それはそれは大きなやつがそこにいた。さっきの騒がしい犬よりさらに図体のでかい犬よりまたさらに大きい。大きすぎて目いっぱい顔を上に向けなければ見えないほどだ。 『おっと、危ないよ』 上を向きすぎたあまり、あやうくひっくり返りそうになって金色に支えられる。 金色の声はちょっと笑いが混じった、可笑しそうな声だった。でもその声に対して、むっ、としたりだとか、いらっ、としたりとかはしない。 正確に言うなら、できなかった。 なぜなら、目の前に立つ大きな大きなそれの正体に気がついてしまったからだ。 犬よりも大きくて、背がとても高くて、二足歩行で立っている、その正体。 それはこの世で一番近寄りがたい生きもの。 (にんげんっ!?) 認識した途端、ぶわわわわっ、と尻尾が倍の大きさどころか3倍4倍の大きさに膨らんだ。 にんげん。 それは犬よりも大きくて、犬よりもよっぽど厄介で恐ろしい生きものである。 犬よりも遭遇率の高いにんげんにはいつも苦労させられた。いきなりぐわっと手を伸ばされたり、追いかけまわされたり、酷いときには石を投げられたり。 犬以上にいやな思い出が、膨らんだ尻尾のようにぶわっと脳裏によみがえる。 (なんで、にんげんがここに……っ!?) 身体が、さっきの比ではないくらいに固まった。 耳が勝手に伏せって、威嚇をすることすら忘れる。 「よぉ、ちびすけ、大丈夫かぁ?」 『…………っ!』 目をまん丸に見開いてにんげんを凝視していると、その大きなにんげんはその場にしゃがみこんで、なんと手を伸ばしてきた。迫ってくる、大きな身体に見合った大きな手のひらに足の痛みなんてぜんぶ忘れて後ずさる。そのまま、気にいった空色のふかふかすらも押しのけて、箱のふちを乗りあげ外に逃げようとした。 『あぁ、ほらだめだって、落ちたら危ないじゃないか』 けど、金色の鼻先に阻止されて箱からの脱出はしっぱいした。 なにすんだこのやろう。そんな思いをこめてその鼻っ先をぽかりと叩き抵抗するが、金色はぜんぜん痛くなさそうなようすで、ふっ、と軽く笑う。 『大丈夫だ。言っただろう?ここにはきみを傷つけるものなどいないよ』 だからどこにも逃げなくてもいいんだよ、とふかふかの中に戻された。 ほんとうになにするんだこのやろう、と思いながら、慌ててにんげんをふり返る。すると、いつの間にか大きな手のひらは引っこめられていて、とりあえずはほっとすることができた。 けど油断はできない。にんげんは、まだすぐそこにいる。 耳を伏せたまま、じっ、と人間を見つめた。 けれど、うしろの金色がまた、ふっ、と笑った気配を感じとって、思わず耳がそっちのほうへと動いた。なんだ?と内心で首をかしげると、金色にむけた耳に、大丈夫だ、とくり返す声が聞こえてきた。 『仮に、きみを傷つけようとするものがいたとしても、そのときは私が守ってあげるよ』 そう言って金色はぺろりぺろりと頬を額を何度も舐めて撫でてくる。 優しく、穏やかに、何度も何度も。 それは、目のまえの危険な存在とはうらはらに、うっとりするくらい気持ちがいい。 でもやっぱり、目の前のにんげんからは目が離せなくて、にんげんがなにかしらの動きを見せると、そのたびにびくびくと身体が飛びあがってしまうのはおさめることはできなかった。 「あー……、思いっきりビビられちまってんなぁ」 『はは〜、モーゼスも私と一緒だね!』 にんげんの隣には、さっきの騒がしい犬が並んでいた。 その犬の頭に、にんげんはさっきこちらに伸ばしてきた手の平をぽんとのせる。そのままわしゃわしゃと乱暴に撫でまわしても、犬のほうはとくに文句を言うわけでもなくその手のひらを受けいれていた。しんじられない。 「まっ、しゃぁねぇか。エルヴィン、俺はあっちに行ってっからちびすけの面倒頼んだぞ」 『あぁ、任せてくれ』 わおんっ、と金色が大きく吠える。 「おっ、いい返事だ。それじゃあな、ちびすけ。たんと食えよ」 そしてにんげんは目の前になにかを置くと、あの騒がしい犬と図体のでかい犬を連れてそのままどこかへ去っていった。 『…………、』 にんげんはいなくなった。 けど、また戻ってくるんじゃないかと思うと、まだまだ心休まることはない。 じっ、と息をひそめて、にんげんが去っていたほうを凝視する。 『さぁ、お待ちかねのごはんだ』 『にぎゃっ!?』 それなのに、いきなりふわっと全身が浮いたから、大きな声がでてしまった。 どうやらまた金色に身体を持ちあげられたらしい。 今度はどこに連れていかれるのだろうかとどきどきしたのだが、しかし、すぐにぴかぴかの地面へとおろされた。目の前には、にんげんが置いていったなにかがある。 『……?』 いったいそのなにかはなんなのか。 興味を引かれ、そろそろと首を伸ばして近づいてみると、そのなにかは入れ物のようだった。中には白い色をした液体が入っている。おそるおそるにおいを嗅いでみると、甘いとてもいい匂いがした。ごくり、と自然と喉がなる。 『これはミルクだ。美味しいよ』 (おい、しい……) にんげんが置いていったものだから、これは安全なものなのか不安だ。 けど、甘い匂いと金色の言葉に誘われ、意を決して、ちろっ、と一口舐めてみる。 『!!』 じわり、と白い液体が舌に馴染んだ瞬間、ぴんっ、といきおいよく耳が立った。 (なんだこれ…!なんだこれ!) 口にした白い液体はすごくおいしかった。 あまりのおいしさに、頭は軽いパニックになってしまう。それくらい、この白い液体はとてもおいしかったのだ。 (うまい!うまい、白いこれ……うまい) たしか金色はこの液体のことをミルクと言っていた。 少しあたためられているらしいミルクは甘い匂い通りにとても甘く、舌触りのいいまろやかな味がして、思わずさらに一口二口と舌を伸ばしてしまった。口にすればするほど空腹の身体にミルクのおいしさとあたたかさがしみじみと染みわたって、そのあまりのおいしさに、そのままぺろぺろと夢中になってミルクを舐める。 『おいしいか?』 『っ!?』 急に声をかけられて、はっ、と隣にいる存在を思い出す。甘いミルクに夢中になりすぎるあまり、ちょっとのあいだとはいえ金色の存在をすっかり忘れてしまっていた。 慌てて隣を見あげると、金色がにこにことした表情でじっとこちらを見ていた。 『…………、』 『あぁ、すまない。邪魔をしてしまったね』 ミルクを舐めるのをやめて、じっ、と金色の目を見返していると、金色はにっこりと笑みを深め、さぁもっとお食べ、と言った。その眼は相変わらず、こっちをじっと見ている。 もしかしたら、この金色もこのミルクが飲みたいのかもしれない。けど、金色はにこにことこちらを見てくるだけで、ミルクに手を出そうとはしなかった。 『…………、』 少し悩んでから、金色を横目で見つめながらも、ちろちろとゆっくり舌を進めた。 すると、金色はふふっと穏やかな笑い声をこぼした。 『大丈夫、取ったりしないよ。それはすべて君のものだからね』 にこにこ、にこにこ。 なにが楽しいのか、金色はずっと笑ってばかりいる。 わからない。わからないけど、優しくて穏やかなばかりの金色に、もしかしたらこいつは悪いやつじゃないのかもしれない、とこの時になってそう思った。 警戒心を解くことは、とてもむずかしいことだ。 だって警戒を解くということは油断することが増えるということだ。 油断はあぶない。すごくあぶない。油断すれば怪我をしたり怖い目にあったり、最悪死につながる。だから、警戒することはとても大事だ。警戒することは、自分の身を守ることだ。 けれど、この金色は痛いことも怖いこともしたりはしなかった。いきなり持ちあげられたりしてびっくりはさせられたが、騒がしい犬を追いはらってくれたし、頬や額を舐めてくる舌は優しいし、むやみやたらに吠えたりせず、極めつけにはこんなにおいしいミルクを全部飲んでもいいよと言う。 (わるい、やつじゃ、ねぇのかも、しれない……) (……いや、ちがう。かもしれない、じゃない……) (こいつは、わるいやつじゃ……ないっ) “悪いやつじゃないのかもしれない”ではなく“悪いやつじゃない”。 油断してはいけないとわかっていたけど、それでも、すこし信じてみようと、そう思った。 いままで自分のなかで曖昧だった金色への判断を確定させると、そのあとはもう目の前のミルクに一直線だった。 金色への注視を完全にやめて、ほとんど顔を突っ込むようにしてミルクを舐める。 口元がミルクでびちゃびちゃになってしまったが、気にしない。 こんなに心置きなく食事したことはなかった。こんなにおいしいものを口にしたこともなかった。こんなにいっぱいの食べものを口にしたこともなかった。 舐めても舐めてもなかなか減ろうとしないミルクに胸がおどる。 (まだまだ、こんなにいっぱいある) 金色はこのミルクは全部自分のだと言っていた。 だから全部飲み干してしまうつもりでうみゃうみゃと一心不乱に舌を進め続ける。夢中になるあまり途中で、けほっ、とちょっとむせてしまったりもしたが、それでもやっぱりミルクはとてもおいしかった。 (みるく、うまい……うまい、けど、) しかし、3分の2ほどを飲み干したところで、一気にそのスピードは落ちてきてしまった。 (なんか、すげぇねみぃ……) 頭のなかがやけにほやほやとする。 どうやら、警戒心が解かれたことと腹がいっぱいになってきたことで、眠気がぐっと押し寄せてきたらしい。徐々に徐々にミルクを飲む舌がゆっくりとなって、最終的にはミルクに舌先をひたしたまま動きをとめてしまった。 ミルクにひたした舌先からはその暖かさと甘さが伝わってくるのに、そのミルクを舐めることすら億劫なほど眠くて眠くて仕方がない。 せっかくのミルクなのにもったいない。もったいないのに、すごく眠い。 『どうした?、もう、いいのか?』 (よくは、ない……けど、ねみぃ) まぶたが重く、頭が重い。 重すぎて、かくりかくりと頭が揺れて、鼻先がミルクにたびたび触れる。 しかし、自分の意思ではどうすることもできなかった。かくり、かくり、と何度も何度も頭が揺れて、あっ、と思ったときにはがくり、と頭がおちた。 『あっ、ぶなかった……。あぁ、どうやら、おねむのようだな』 あやうく、ミルクに顔面からダイブしそうになったが、すんぜんで金色に襟首を噛まれ無事だった。そして次の瞬間には、何度目かになる浮遊感。けど、もう驚いたりはしない。 (こいつは、だいじょうぶ……) 持ちあげられた身体は 伏せた金色の前足のあいだに抱え込むようにして下ろされた。背中にはあたたかい金色の体温を感じて、てっきり、あのふかふかのところに戻されるのだと思っていたので、眠い頭をことりと傾ける。 『今度は起きるまでちゃんと傍にいるよ。だから安心して眠るといい』 金色はそう言いながら、ミルクでびちゃびちゃになった口元を舐めて拭ってきたかと思うと、そのまま頬やら額やらをまたやさしく撫でるようにして舐めてきた。 またしてもうっとりしてしまうくらい気持ちが良くて、金色のぽわぽわとした体温と相まって、ただでさえ眠くてぼんやりとした意識がさらにぼんやりとおぼろげになっていく。 (まだ、ぜんぶ、のんでねぇのに……) あんなにおいしいものにはもう二度とありつけないかもしれないのに、もったいない。 それなのに意識はどうしたってはっきりしてくれなくってむずがるように身じろぎをした。 『ん…?どうした?』 (みるく、のこってる……) 『眠いんだろう?ご飯も食べたし、もう眠ってもいいんだぞ?』 (でも……) 『?……あぁ、もしかしてまだミルクが飲みたいのか?だったら大丈夫だ。ミルクならまた明日、たくさん飲めるからな』 さぁ、だから今日はもうおやすみ。 声をひそめ、ひっそりささやくように言うと、金色は身体をぎゅっと寄せてきた。あたたかな体温と一緒にふわふわとした感触が全身を包む。すりすりと頬ずりをされて、思わずすりすりと頬ずりをし返してしまった。 (そうか……だいじょうぶなのか……) ならいいか。 ほっ、として全身の力を抜いた。 今度は居心地のいい場所をさがして身じろぎをする。動くたびに金色のふわふわとした感触があたたかさとともにつよく伝わってきて、ほんとうに気持ちがいい。 いままでは、ごわごわとした草だとか、日が沈んでひんやりとしたコンクリートだとか、そんなものの上でしか寝たことがなかった。 そのそばに、誰かがいた記憶は、ない。 いつだって寒くて、いつだって独りだった。 けど、いまはもう寒くない。いまはもう独りじゃない。 うとうと、すりすり、ふわふわ、うとうと、すりすり、ふわふわ。 夢見心地で、何度も何度もくり返す。 そして、眠気になにもかも完全にひたされて、意識が沈みきるその間際、あ、と気がつく。 柔らかいふわふわとあたたかいぽわぽわ。 この感触には、覚えがある。 (あぁ、あの気持ちのいいふわふわはこいつだったのか……) あのとき覚えた違和感はかんちがいではなかったのだ。 そんなとてもちいさなことが妙にうれしくて仕方がなく、胸の奥のほうが充実感と幸福感ですごく、とてもすごくいっぱいになったような、そんな気がした。 |
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