マリアが壁内ではなく壁外と化してから何度目かになる壁外調査だった。 調査兵団は森のなかを進んでいた。多くの馬に駆け抜けられて、身を揺らせる深緑たちはざわざわと涼しげな音を立てる。だが、馬を走らせる兵士の多くははぁはぁと熱い息を漏らしていた。 空の青色がとても深く、日差しが痛いくらいに肌を焼く季節。むしむしと籠るような暑さに、兵士たちの体力はじりじりと削られていっていた。散漫になる意識。だが、がさり、と葉の揺れる大きな音に、すぐさま隊に緊張が走った。馬を走らせながら、誰もが用心深く周囲を警戒していた。 巨人が近くにいる。 誰もがそう思っていた。しかし、次の瞬間一斉に降り注いできた水に皆が目を丸くさせた。雨が降ってきたのだと、すぐにはわからなかった。それほど雨の勢いが強かったからだ。徐々に勢いを増すのではなく、降り始めの直後からざぁざぁと大きな音を立てる強い雨。 「うわっ、雨かよ」 「おいおい、降るなんて聞いてねぇぞ」 「でも巨人じゃなくてよかったな」 「あぁ、それにちょっと涼しくなった」 ふいに降ってきた雨に顔をしかめるもの、安堵するもの。後者は年若いものが多く、隊長各になると前者の反応が圧倒的であった。 豪雨としか呼べない強いその雨は、まるっきり予定外の出来事だ。なんせ、ウォールを出る時点で天候は雲一つないような晴天であったのだ。頭のてっぺんが焦げてしまうのではないかと思うほどに強い日差し。その日差しに、じっとしているだけでも汗がダラダラととめどなく流れる。脱水症状を懸念して、補給物資にはいつもより多くの水を用意したほどだった。 「…………」 フードを被りながら、リヴァイは小さく舌打ちをした。涼しくなったのは確かにいい。暑いのは嫌いだ。だが、雨の中の立体機動はどうしたって平常時に比べると精度が落ちる。些細な違いでも、壁外でそれは致命的であり命取りだ。 嫌な感じだ。リヴァイは眉間に小さくしわを寄せながら、横目でエルヴィンを見た。予定していた進行ポイントまではまだいくらか距離があるが、この豪雨のなか進軍し続けるのはやはり危険が高い。エルヴィンはこの雨をどう判断するつもりだろうか。無言のまま、リヴァイはエルヴィンの決断を待つ。 その時だった。 「っ、散開しろ!!」 大きな雨音に負けない勢いで、急にミケが声を張り上げた。いきなりのことに、若い兵士がびくりと肩を揺らす。それでも兵士たちはしっかりとミケの声に反応して、馬の手綱を退いた。その次の瞬間、正面から大きな腕が伸びてきた。 「巨人だっ!」 誰かが叫んだ。ふたたび走る緊張。いち早く動いたのはリヴァイだった。 すぐさまトリガーにブレードをセットすると馬上から飛び上がり、さっそく一体の巨人に斬りかかった。伸ばしてくる腕を落とし、勢いのまま眼球を狙う。そして巨人が怯んだ隙に、恐ろしいほど正確な一撃でうなじを削ぎ落した。 しかし巨人は一体ではなかった。倒された巨人の向こうから、さらなる巨人が二体、三体と向かってきている。リヴァイはぐっと眉間にしわを寄せた。タイミングが悪すぎる。豪雨が降り始めた直後に、巨人の襲撃を受けるなんて……。 「エルヴィン!」 「総員撤退! 私に続け!」 リヴァイが名を呼ぶと、わかっていると言うようにエルヴィンも叫んだ。すぐに馬が踵を返す。そのほんの一瞬、エルヴィンが視線をよこした。なにを言いたいのか、すぐに分かった。だからリヴァイはすぐにエルヴィンから視線を外すと、ふたたび目の前の巨人を削ぎにかかった。 こちらは一人。相手は複数。だが、それでいい。豪雨のせいでとても視界が悪いこんな状況で何人も飛び回ったのでは、巨人にやられるのではなく同士討ちによる自滅のほうが多くなりかねなかった。それならば、相手が複数だろうと自分一人のほうがよほど動きやすい。エルヴィンもそれをわかっていたから、リヴァイ一人にこの場を任せたのだ。リヴァイなら大丈夫と、そう信頼して。 それならば、すべて削いでみせる。 リヴァイはブレードを構えた。 それからどれほどの時間が経っただろうか。 「……っはぁ」 ようやく最後の一匹のうなじを削ぎ落したリヴァイはゆっくりと息を吐いた。 雨で顔に張り付いてくる前髪を払いながら、慎重に辺りを見渡す。豪雨の中、生きている生き物の気配を探すが、その場に生きて立っているのはリヴァイただ一人。地面には最初の不意打ちに対応しきれなかった兵士が二人倒れている。息は、すでにない。わかっていた。 「…………くそが」 思わず吐き捨てるようにつぶやいた。だが、嘆いている暇などなく、リヴァイは近くの木に飛び乗るとふたたび辺りを見渡した。近くに巨人の姿はない。うまく逃げられたのか、ほかの兵士たちの姿も見えはしなかった。 指笛を吹いて、馬を呼ぶ。しかし反応はなかった。近くにいないのか、それとも雨音で聞こえないのか。仕方がなくリヴァイは立体起動で移動を開始した。 恐らく、隊は先ほどまで進んできた道をそのまま戻っているはずだ。ガスを吹かして、リヴァイは雨の中とは思えない速さで森をかける。顔に雨粒が当たって少し痛いが気にしている場合ではなく、スピードを緩めることはなかった。 しかし、その途中で雨音に交じってぱんっとかすかに音が聞こえてきて、リヴァイは太い枝の上に足を止めた。今の音は間違いない。信煙弾の音だ。リヴァイは慌てて木々の間から空を見上げる。だが、雨にかき消されてしまったのか、煙は見えない。それでもリヴァイはなんとか音がしたと思われる方向を見定めると、進路をそちらへと変更させた。 飛び続けながらこめかみを雨とは違うなにかが伝う。あれがリヴァイに居場所を知らせるための信煙弾であったなら、それでいい。しかし、たとえばそれが赤や黒の信煙弾であったなら……。 「くそっ、壁外っつーのは本当にままならねぇもんだなっ」 ふたたび吐き捨てながら、リヴァイはさらにガスを吹かしてスピードを上げた。 しばらくして、リヴァイは多くの木々がなぎ倒されている場所にたどり着いた。おそらく巨人が通ったのだろう。ぬかるんだ地面には踏み荒らされた跡が残っている。ふとその地面の一か所がやけに盛り上がっているのが見えた。 “なにか”が地面に横たわっている。 気がついたリヴァイはぐっと口を引き結んだ。すぐに地面に降りて、足早に横たわる“なにか”に近寄る。泥まみれになって倒れていたそれは調査兵団の馬であった。 (巨人と遭遇したか……) ほっとしたのは一瞬。すぐに馬が倒れている理由を察して、リヴァイは目を細めた。やはり、あの信煙弾の色は緑ではなかったようだ。あらためて周りの木々を見るとところどころにアンカーの刺さった跡があった。きっと、撤退している最中に新たな巨人と遭遇したのだろう。 巨人を倒した残骸はなく、倒れていた馬以外にこれといった被害は見えない。となると、無事に逃げおおせたのか。それとも今もどこかで交戦中なのか。だが、いくら雨で状況把握が困難とはいえ、近くで交戦している気配は感じられなかった。 リヴァイは雨で濡れた顔をマントで拭いながら、どうするか考えた。この雨だ。居場所を知らせようと信煙弾を上げたところで先ほどのリヴァイの二の舞だ。しかしだからと言って、いつ上がるかわからぬ雨を待つわけにもいかない。 少し考えて、結局リヴァイは事前に予定していた撤退ルートをそのまま進むことにした。時折、指笛を吹いて馬を呼ぶ。誰の馬でもいい。とりあえず、足が欲しい。けれど、やはり反応は返ってこない。 その間も、雨がざぁざぁと降り続ける。むしろどんどんと勢いが増していっている気がする。フードをかぶってもなお雨粒が顔面に強く叩きつけてきて、あまりの視界の悪さに、流石のリヴァイも飛行に不便を感じ始めていた。 急いで隊と合流したいのは山々だったが、小まめに枝の上に降りては雨で濡れた顔をぬぐう。はぁ、と思わず息が漏れた。最悪の想定ばかりが脳裏をよぎる。くそが、と吐き捨てる気にもなれない。リヴァイは無言のまま顔を上げるとフードを深くかぶり直し、ふたたび飛び立った。 しかし――。 「――――!!」 どこからか、かすかになにかが聞こえたような気がして、すぐにまた木の枝へと降り立った。信煙弾の音よりもよほど小さく、聞き逃してしまいそうなかすかな音。それでも確かに聞こえた気がして、リヴァイは耳を澄ました。 「―――イッ!!」 やっぱり聞こえた。強い雨音に混じって、確かに、誰かの声が聞こえた。リヴァイは辺りをまんべんなく見渡した。すると、声がまたしても聞こえ、そしてついにリヴァイの目は雨のなかの“それ”を捕らえた。木々を駆け抜ける四足の大きな生きものとその背に乗った大柄なシルエット。 「リヴァイッ!!」 「――エルヴィン!」 今度こそ明確に聞こえてきた声と共に、エルヴィンが愛馬と共にリヴァイがいる木のもとに駆けてきた。リヴァイはすぐにその場から飛ぶと、エルヴィンの元へと急いだ。 「無事だったか、リヴァイ」 「あぁ、お前こそ……」 きわめて短いやり取りで互いの無事を確認するとすぐに状況確認へと移行する。 「あの巨人どもは始末した。だが、最初の襲撃で二人やられていた」 「そうか……ご苦労だったな」 「そっちの状況はどうなっている? さっき信煙弾が上がる音が聞こえたが」 「あぁ……」 エルヴィンは顔を険しくさせた。話によれば、やはりリヴァイの予想していた通り、新たな巨人と遭遇したとのことだった。それも通常種と奇行種の入り混じった複数体。隊は乱戦を余技されなくなった。ただでさえ行動の読みづらい奇行種の相手は厄介だというのに、間近でなければ互いの声さえ聞こえなくなってしまう豪雨という最悪な環境。隊は劣勢を強いられることになり、連携などあってないようなものになり下がった。 そして、エルヴィンがようやく一体の奇行種を倒したころには、周りに兵たちの姿はなかったという。その戦闘で一体どれだけの巨人を倒せたのか、負傷し犠牲となった兵士はいるのか、無事であろう兵士は今どこにいるのか。エルヴィンですら、まったく把握できてはいなかった。 「ったく、よりにもよって団長であるお前を単独にするなんざ、ミケもハンジもなにしてやがる」 「この豪雨だからな。俺も目の前の巨人を相手にするだけでもなかなか厳しいものだった」 「ちっ、いろいろと最悪だな」 「同感だ。だが、こうしてお前と合流できたのは幸運だ」 そう言って、そこではじめてエルヴィンは表情を緩めた。無事でよかった。しみじみと噛みしめるように言われて、リヴァイもわずかに口元を緩めた。安堵していられる状況ではない。それでも最低最悪のさらに最悪な結果にだけはならなかったことに、心の底からほっと息をつかずにはいられなかった。 「早いこと、ほかのやつらとも合流しねぇと……」 「あぁ、急ごう」 頷いてエルヴィンは馬上から手を差し伸べてきた。 「乗れ、リヴァイ。ここまででも随分とガスを使っただろう」 「そうたいしたもんじゃない」 とは言え、これ以上ガスの無駄遣いをしたくないのも確かだったので、リヴァイはエルヴィンの手を無視しながらも馬の背に軽々と飛び乗った。するとやれやれと言わんばかりにエルヴィンは息を吐くが、それも無視した。 「まったくお前は……、まぁ、いい。落ちるなよ」 「誰に言っている……?」 「はは、そうだったな。よし、いくぞ」 声とともにエルヴィンは馬を走らせた。 雨の中、馬は駆ける。しかし、いつもは森の中だろうと木々の合間を華麗に駆け抜けるエルヴィンの愛馬も、この雨でぬかるんだ地面に足を取られあまりスピードを出せないでいた。 雨脚はさらにその強さを増していく。しまいには、雷までもがごろごろと鳴りはじめた。大地すらも揺るがすようなひときわ大きな轟雷。その音に驚いた馬が荒い嘶きと共に前足を振りあげた。巨人を前にしても果敢な軍馬も、大自然が起こす災害にはやはり恐ろしさを覚えるのだろう。どうどう、とエルヴィンが手綱を引きながら声をかけるが、馬は落ち着ききらない。 「くそっ、酷くなる一方だな……」 よりにもよって壁外調査の日に雷まで落ちる豪雨に見舞われるとは……。本当に運が悪いとあまりの雨にリヴァイは不機嫌に呟いた。その呟きに重なるようにしてふたたび轟音が鳴り響く。馬がさらに大きく身を震わせ、流石のリヴァイもエルヴィンのマントにぎゅっと強く掴まざるを得なかった。 「これは、いったん足を止めるほかないようだな……」 「ここでか……?」 リヴァイは思わずあたりを見渡した。大きな木々には囲まれているが、巨大樹でもない周囲の木々は身を寄せて休むには少々心もとない大きさだ。 「致し方あるまい、平原でないだけよほどいい」 「まぁ、確かにな……」 「では決まりだ」 二人は馬から降りると、この辺りでは一番大きいであろう木のもとに身を寄せた。雨脚が強すぎて木々の葉は屋根としては不十分だが、ないよりはましだろう。 ふるふると頭を振って髪にしみ込んだ水気を飛ばすと猫みたいだなとエルヴィンが笑った。こんな状況でなにを言ってんだこいつは。リヴァイは内心あきれつつも、周囲の様子を確かめようとそれこそ猫のような身軽さで一番高い枝の上へと飛び乗った。 変わらず見づらい視界で、巨人の姿がないか注意深く探る。できれば仲間の姿を捉えたかったが、幸か不幸かどちらの姿も見えはしなかった。 「……ん?」 しかし、遠くの方に建物のようなものが見えた気がして、リヴァイは目を細めた。 「リヴァイ? どうした!」 そんなリヴァイに気がついたエルヴィンが、雨音に負けないよう大きな声で問いかける。リヴァイも声を張り上げ返事をかえした。 「建物が見える……!!」 「なに? どっちだ!」 すぐにエルヴィンがリヴァイの横に飛んできた。エルヴィンの体重を受けて、枝が揺れる。リヴァイは少しバランスを崩すが、落ちるようなへまなどはしない。それなのに、隣に降り立ったエルヴィンは支えるようにしてリヴァイの腰に手を当て引き寄せた。リヴァイは少しむっとする。だが、今はその場合ではない。 「どこだ、リヴァイ」 「あそこだ、あの細いが背の高い木のさらに向こうのほう……」 「細くて背の高い木の向こう……?」 更に身を寄せて、エルヴィンはリヴァイの指さす方をじっと見つめる。しかしエルヴィンには見えてないようで、どこだ?ともう一度訪ねながら首をかしげた。 「見えないのか?」 「雨のせいでどうもな。だが、リヴァイには見えているんだろう?」 「あぁ……」 「ならば、行ってみるか」 「あ、おい……」 言うや否や、エルヴィンはさっさと地上に飛び降りた。リヴァイもすぐにその背を追う。エルヴィンはあともう少しだけ頼むぞと愛馬の首を叩いてその背に飛び乗ると、懲りずに手を差し出してきた。先ほどはさらっと流しておきながら頑固な奴だ。そう思いつつ、今回もリヴァイはひらりと一人で馬の背に飛び乗った。 「天邪鬼だな」 「……ふん」 それからまた馬を少し走ったところに、リヴァイの目に映った通りにその建物は存在していた。小さな城のような大きな二階建ての屋敷。それだけが木々に囲まれて、ぽつんと一軒だけ建っている。 「こんな森の中に、屋敷?」 「恐らく中流貴族の別荘と言ったところだろう」 「ふぅん……まぁ、なんでもいい。さっさと入るぞ」 これで雨宿りができると、リヴァイは馬から降りた。検分するように建物を見上げるエルヴィンを置いて、門を開けて敷地に入ると真っ直ぐ扉に向かい、そのまま大きな扉に手をかけた。ぐっ、っと力を込めて押す。しかし、扉は鍵がかかっているのか、それとも錆びついてでもいるのか、異様に重い。リヴァイが体重をかけると、同じく馬を降りたエルヴィンが一緒に扉を押す。ぎぎぎ、と嫌な音を立てて、ようやく扉は開いた。 入ってすぐの玄関広間は大きな外観に違うことなく広々とした作りをしていた。下手な安宿一室分よりもよほど広いのではないだろうか。天井は吹き抜け構造で、右手のほうには二階へと続く階段、向かいにはリビングにつながるであろう幅の広い廊下が伸びている。 「マリアが突破されて放棄された家の一つだな……」 言いながらエルヴィンは階段の手すりに一緒に屋敷内に避難させた馬の手綱を結び、その横でリヴァイはミケのように鼻をすんと鳴らして顔をしかめた。 「……埃っぽい」 「仕方ないだろう。これくらいは我慢しろ、リヴァイ」 「わかってる……」 言ってみただけだ。リヴァイはエルヴィンからぷいっと顔を逸らすとあらためて屋敷の中を見渡した。人の気配は感じられない。人が住まなくなって、それなりの時間が経っているのだろう。埃っぽいような砂っぽいような、それでいてどんよりと湿っぽくかび臭い空気がした。灯りもなにもない屋敷内は全体的に薄暗く、湿っぽい空気と合わせてなんとも言えない雰囲気を醸し出している。 「これはまた、出てきそうな雰囲気ばっちりだな」 「出てくる……?」 リヴァイは首をかしげた。出るって言ったら、やっぱりねずみだろうか。それとも、まさかあれか。あれなのか。名前を口にするのすら忌まわしい黒光りしたあの虫。ざぁっ、と顔から血の気を引かせながら足元に注意を払うとそんなリヴァイにエルヴィンが笑う。 「違う違う、それじゃない」 「じゃあ、なんだよ」 「ゴーストだよ」 「ごー、すと?」 予想とは全く違ったものを言われて、リヴァイは足元から顔をあげると更に首をかしげた。 「知ってるか、リヴァイ。とある国ではこの季節に死者の霊が帰ってくるのだそうだ」 「死者の霊が、帰ってくる……」 「あぁ、昔、禁書でそう読んだことがある」 「…………」 禁書で読んだ。その言葉にリヴァイは、なんだ情報源は禁書かと抱きかけた少しの興味を一気に失った。裏で出回っているだけあって禁書の中には眉唾物が少なくはない。そんなものの内容を、ましてやゴーストなどという存在をいちいち真に受けて真剣に話し合う気などなれずリヴァイはふいっ、とまたしても顔を逸らすと、ごしごしと顔の水を拭った。 「なんだ、素っ気ないな」 「そういう話はハンジとでもしてくれ。俺は興味ない」 「ふむ、もしかしてお前でもゴーストの話は苦手だったりするのか?」 「それこそなに言ってんだ。出るってんなら、むしろ会いたいくらいだ……」 「……そうだな、確かに、そうかもしれないな」 話を上げたわりにはエルヴィンもたいしてゴーストの存在を信じていたわけではないのか、あっさりとゴーストの話を終わらせると乱暴に顔を拭うリヴァイの腕を掴んできた。そしてその大きな手のひらでリヴァイの頬を優しく撫でて水滴を拭ってくれた。 それが終われば、今度は額に貼りついた髪を指先で払われる。されるがまま好きにさせているとエルヴィンの手のひらはリヴァイの前髪を後ろへと撫でつけ、オールバックのような髪型にされてしまった。リヴァイは首を振ってエルヴィンの手のひらから逃げた。 「人の髪で遊ぶな」 「ははっ、すまない」 「ったく……。俺はもういいから、お前も少しでも水を拭えよ」 リヴァイはふぅとため息をつきながらもエルヴィンがやったように自身の手のひらでエルヴィンの濡れた頬を拭ってやった。 「あぁ、ありがとう」 手のひらの下で、エルヴィンの頬が笑みの形に動く。そのくすぐったい感触を耐えてあらかた水を拭うと、ついでにばさばさになった髪も適当に整えてやった。仕返しに同じことをしてやろうかと一瞬思ったが、それは思うだけに留めた。どうせ無駄に様になるだけでなんの嫌がらせにもなりはしないだろう。 「よし、まぁ――」 こんなものだろう。 一通り整え終えて、少しの満足感を得ながらそう続けようとした言葉は、しかし実際に音にはならなかった。ぴたり、と口を噤んでリヴァイは耳を澄ませる。 なぜなら――。 『――て、くれた――ね、―――、』 ふいにどこからか声が聞こえたような気がしたからだった。 |
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