※爆豪女体化注意。
爆豪♀のビジュアルはすまっしゅ1巻のもの。
名前口調一人称もろもろ男のころのまま、身長だけ165cm設定。



 名も知らぬ男の手が、白い手を包み込むように握る。その瞬間、かっ、と全身が熱くなった。なに勝手に触ってんだよふざけんじゃねぇいますぐ離しやがれ。そう叫んでしまいたかったのに叫ばなかったのは、あまりの熱さに歯を食いしばっていたからだと思う。そのかわり、燃料を与えられた身体は即座に動き出していた。男の手から白い手を取りかえす。
「おい、」
 こんなにも低い声が出せるのだと、自分でも初めて知った瞬間だった。


 ふと先頭を歩いていた爆豪が廊下をそれたのは、食道から教室へ戻ろうとする途中のことだった。教室へ向かうには遠回りになるはずの進路変更。
「どうした?」
「ちょっくら用事」
「ほーん、いってら〜」
 上鳴の気の抜けた見送りに、爆豪はひらひらと手を振って行ってしまった。用があって他の場所に行くならせめて廊下をそれるより先に言っておけばいいのに、聞かれてから答えるあたりある意味爆豪らしい。唯我独尊。うん、爆豪によく似合う、なんて思いながら切島は遠ざかる背中を見送る。
「用って、なんだろうな」
「知らねぇ〜」
「便所じゃね」
 瀬呂が言うが、切島は上鳴と一緒に首を横に振った。
「だったらストレートにそう言うだろ。爆豪、そういうの隠さないタイプだろ」
「女子としての恥じらいなさすぎだからな」
「確かに、そんじょそこらの男より男らしいからなあいつ」
 男子三人に女子一人でつるんでいるというのにそこに大した違和感がないのはだからだろう。上鳴や瀬呂なんかはよく爆豪の女子らしかなる言動や行動に「それでも女子か」「もっと女らしくしろよー」とたびたび突っ込みをいれてはうるさいと一蹴されている。だが、女子っぽくないと言われた爆豪も一蹴されている二人も大して気に留めてはおらず、切島含めた四人は性別の違いも気にしないまま気楽につるんでいた。 

 爆豪を欠いた三人だけでふたたび教室へと続く廊下を進む。だが、三人はしばらくもしないうちに立ち止まった。前方で峰田がなにやら窓枠に張り付いていたからだ。気になった切島は上鳴らとともに峰田へと近づいた。
「なにやってんだよ、峰田」
「んん? ……ふっふっふ、あれよあれ」
 声をかけるとにやにやとした表情を浮かべながら峰田は窓の外を指す。なんなんだと指されるがまま見てみると、外にある木の下に一人の男の姿があるのが見えた。背の高い男だ。だが、見覚えはない。ヒーロー科じゃないどこかほかの科の生徒だろう。しかし、あの男がどうしたというのか。三人はそろって首をかしげた。
「あいつがどうかしたのかよ」
「なんだ、見てわからねぇのか?」
「わっかんねぇって。なんだよ」
 もったいぶらずに教えろよと上鳴が峰田の肩を小突く横で切島も瀬呂も頷く。峰田は仕方ねぇなとしたり顔で笑う。
「あの男はずばり、いまから告白する気だぜぃ!」
「「「はぁ……?」」」
 なんだそりゃ。ますます三人は首をかしげる。
「なんでそんなことわかるんだよ」
「おいらの感だ!」
「くっそ役に立たなさそうな感だな」
 しかし、そう言われてあらためて外を見てみれば、遠めからでも男はどこかそわそわとしており落ち着きがないのがわかった。何回も髪を整えたり、胸に手を当てて深呼吸したり、これは確かにもしかするともしかするのかもしれない。
「まぁ、見てろって!」
 なぜか峰田は自信満々に胸を張る。まぁ、特に急いでいるわけでもない。あの男に興味があったわけではなかったが、三人は峰田のよく分からぬ感が当たっているのか外れているのか確かめるべく、峰田と一緒に窓辺に並んだまま男を見下ろし続けた。

「お、誰か来たぞ」
 そうこうしているうちに、男から少し離れた場所に瀬呂が人影を発見した。どこだよ。あそこだって。だからどこだよ。よくみろあそこだってば。何度か繰り返して、切島も瀬呂の言う人影を発見した。そしてすぐさま叫んだ。
「っておい! あれ爆豪じゃねぇか!!」
「はぁッ!?」
「えぇ!? まじ!?」
 続けて上鳴と瀬呂も叫んだ。三人で一斉に窓に張りつき、よくよく目を凝らす。金髪よりもさらに薄い珍しい色をした髪は短くつんつんと尖っている。ポケットに手を突っ込んで歩くさまは女子にしてはやけに男らしく、そしてそれは切島たちにとっては見覚えのある歩き方であった。つい先ほど別れたばかりの後ろ姿。見間違えるはずがない。
「爆豪……」
「まじだ、あれ爆豪だ」
「たしかに、ありゃ爆豪だ」
 呆然と見つめる先、爆豪は一直線に男のもとへと向かう。男は爆豪の姿に気がつくと、とたんにぴんと背筋を伸ばした。両手をきれいに身体の横にくっつけた見事なまでの直立不動。そして爆豪がすぐ近くまでくると、二度三度ほど軽く頭を下げた。来てくれたことに対してお礼を言っているようにしか見えないその姿に、え、まさかまじで、と微妙な空気が流れる。
「…………はッ?」
「えっ、え? まじ? まじで?」
「あ、あの様子、やっぱあれか? 峰田の言う通りあれなのか!?」
「だから言っただろおぃ。しかも爆豪のやつ、おいらが知る限りでもあれが二人目だ」
「「「二人目っ!?」」」
 思わず声をそろえて驚いた。
 二人なんて、数で見たら多いとは言わないだろう。だが、産まれてからこのかた一度として異性から告白されたことなどない三人からしてみれば、入学して半年も経っていないというのに二人の人間から告白されるなんて、驚愕以外のなにものでもなかった。
「ふへ〜……、まじかー……」
 上鳴がもうさっきから何度も口にしている言葉をさらに口にする。その声に力はない。それほど衝撃だったのだろう。切島も同じ気持ちだった。爆豪が告白されているなんてまじでか。まじなのか。あまりの衝撃に思考がぐるぐるして、なにを言えばいいかわからないほどだった。

「でもまぁ、爆豪だしなぁ」
 三人そろってよく分からぬダメージを受けている中で、一番にその衝撃から立ち直ったのは瀬呂であった。
「んー、あー、まぁ確かに爆豪だしなぁ」
 そして、上鳴がそれに続いた。
「あのまるで女らしさを感じさせない男顔負けのクソみたいな言動のせいで忘れがちになるけど、爆豪のやつ、あれで結構顔は整ってるもんなぁ」
「なぁ。普段は全然気にしねぇけどよ、ふいに近くで顔見てみたら意外と睫毛とか長かったりするからな」
「八百万ほどじゃないけど、スタイルもわるくねぇし」
「肌は女子ん中でも白いよな」
 二人の会話を聞いて、あぁ確かになぁ、と切島も思った。
 顔良しスタイル良し。ついでに言うなら運動神経良しの頭良し。多少、気の強すぎる性格に難があるがそこはあまり気にしない切島にとってすれば、爆豪がモテるという事実はよく考えてみたらなんら不思議なことではなかった。むしろ、なぜ今までその事実に気がつかなかったのだろうか。本当に不思議だった。だって爆豪はとても魅力的な人間だ。切島はそう思う。
「でも、やっぱ爆豪を彼女にしたいかって言ったらそれはやっぱナシだな!」
 だから、すぐに続けられた上鳴の台詞には、えッ、と驚かずにはいられなかった。
「女として見れねぇってわけじゃねぇんだけど、なんつーか、男だ女だとかじゃねぇんだよな爆豪は」
「わかる。女って以前にもう爆豪は爆豪!って性別な感じするわ」
「そうそう! あいつが足組み返る時とかうっかり見ちゃうけどさぁ、それでも彼女としてはナシなんだよなぁ」
「コスチュームとかちょっと、おっ、ってなるけど、でもそう言うんじゃないんだよな」
「なんつうか、ある意味兄弟みたいなもん? 身内には興奮しきれねぇみたいな」
「おいらは爆豪でも十分いけるぜ!」
「お前は女だったら誰でもいいんだろうが」
「俺たちはそこまで無節操じゃねぇっつーの」
 驚いている切島に気がつかないまま、やいのやいのと三人は言い合う。褒めてるんだか貶してるんだかよく分からぬが、爆豪本人に聞かれたら確実に爆破されるだろうなというほど好き勝手な物言い。切島はそんな三人の横で密かにぎゅっと眉間にしわを寄せながら首をかしげた。どうも、納得いかない。

(そんなに、爆豪って“ナシ”なのか……?)
 二人の言い分はわかるっちゃあわかる。切島にとっても爆豪は爆豪という存在で、女だ男だ関係なくトップを目指すライバルの一人であり、大切なダチの一人だ。爆豪との間に性別の違いなど大きく感じたことはなく、ゆえに爆豪を彼女にだとかそんなことは考えたことない。だって爆豪はダチなのだから。そういう意味では、自分も上鳴らが言う“ナシ”と同じであるのだろう。
 だが、どうしてだろうか。ナシだナシだと繰り返す彼らに、どうももやもやとした気持ちを抱く。納得いかない。理解はできているはずなのに、彼らの言葉に素直に同意できない。
 かと言って、だ。自分はいける、などといっている峰田の発言にも若干もやっとする。上鳴らと違い、峰田流とはいえ爆豪を肯定しているはずの言葉なのに、いい気分がしない。しかしそれがなぜなのかはわからず切島は唸った。

「おい、切島。なにぼーっとしてんだ?」
「へ?」
 かけられた声にはっとする。いつの間にか言い合いは終わっていたのだろう。三人が少し離れたところから切島を振り返り待っていた。外にいたはずの爆豪の姿も、いつの間にか見えなくなっている。
「さっさと教室もどろーぜ。んで、爆豪にまじで告白されてたのか聞こうぜ!」
「お、おう。そうだなっ」
 切島は慌てて三人のあとを追った。


 教室に戻ると、爆豪はまだ戻ってきてはいなかった。峰田と別れて、三人は会話を交わしながら待ち人の登場を今か今かと構える。話の内容は相変わらず爆豪のことだ。
「実はあれから引き留められていたりして」
「いやぁ、そこまで根性あるやつには見えなかったけどな」
「でも、爆豪に告白する時点で根性すごくね?」
「それは確かに言えてる。勇者だ勇者」
「…………」
 爆豪ラスボスかよわははは、と上鳴と瀬呂が笑いあう。その横で切島は黙ったまま、先ほどの光景が脳裏から離れずにいた。見知らぬ男と爆豪。爆豪はあの男に一体どんな対応をしたのだろうか。胸がもやもやとしたまま気になって気になって、仕方がない。
「爆豪、付き合うのかな……」
 思わずぽつりと呟く。それは、ほとんど独り言のような呟きだった。
「付き合うわけねェーだろ」
 だから、ふいに返ってきた返事に、切島は大きく肩を跳ねさせた。慌てて振り返ると、いつもの不機嫌面で爆豪が立っている。
「ば、爆豪!」
「うおっ、いつのまに」
「びびったぁ……。つーか、付き合わないってことはまじで告白されてたのか」
 ずかずかと切島たちの横を過ぎて自分の席に座る爆豪を追って三人は彼女の机を取り囲んだ。爆豪は鬱陶しそうな視線を投げてきたが、今の三人にそんな眼差しは通用しなかった。

「でもさ、結構イケメンじゃなかった? 遠目であんま分かんなかったけど」
「背も高かったよなぁ〜。なんで振ったんだ?」
「はぁ? 誰が付き合うかよあんな優男と」
「ふひゃー、聞きました切島さん瀬呂さん今の言葉!」
「聞きました聞きました! なんと言う余裕発言! モテる人間にだけ許されるセリフですよこれは!」
「くそうぜぇノリやめろや」
 爆豪は顔をしかめるが、テンションの高くなっている二人は気にしない。
「つーか、なんでお前らが知ってんだ」
「たまたま廊下から見えたんだよ。発見したのは峰田だけど」
「見てんじゃねぇよ」
「いいじゃんいいじゃん。むしろそういうことは事前に教えておけよー」
「そうだそうだ、水臭いぞ」
「てめぇらに教える必要性をまるで感じねぇ」
「酷い! なんて友達甲斐のない奴!」
 うぜぇ、と爆豪は顔をさらにしかめる。告白されたすぐ後だというのに、その様子は普段とまるで変わりがなかった。それは爆豪にとって異性からの告白は上鳴たちが騒ぐほどに特別なものじゃないことを表しており、そのことに気がついた切島はぎゅっと強く拳を握った。

「で、マジで振ったの?」
「だからそう言ってんだろうが」
「うわぁ、お前に告白するなんて相当な勇気振り絞っただろうに」
「ご愁傷さまとしか言いようがないな」
 上鳴と瀬呂はずかずかと遠慮なく踏み込んでいく。一方で、切島だけが一歩引いたところで三人の会話を聞いていた。どうも、いつものように話に入っていけない。どうしてだかは、わからない。話に乗ろうにも言葉が一向に出てこなかった。喉になにか詰まったような気持ち悪い感覚。
「そもそもさ、お前ってどんな奴が好みなんだよ」
「どんな、って?」
「優しい人がいいー、とか、乱暴な人はいやー、とかそういうのだよ」
 そんな切島の不和をよそに三人は会話を続けていき、上鳴に尋ねられた爆豪はそうだなぁ、と考え込みながら答える姿勢を見せる。その姿に切島は無意識のうちに耳を澄ませた。どくり、と心臓が一回、大きな音を立てる。はたして、爆豪の言う「付き合う男」の条件とは。
「あんま考えたこたぁねぇが、とりあえず一人称が“僕”は無理。そんで俺より背が低いのも無しだな。けど、背ばっかりひょろひょろ高いだけのモヤシは却下。馬鹿は論外としてお勉強だけの頭でっかちな軟弱お坊ちゃんも嫌だ。面はそうだな……イケメンかどうとかはともかく、まともに身なりも整えないような不細工は普通に勘弁だな。あとは……まぁ俺に敵わないまでもそれなりに強くて、根性すわってるのは絶対条件だな。ちんこ付いてんだかわかんねぇような腑抜け野郎に興味はねぇ」
「お前、ちんこって……」
 つくづく女らしくない女だ。
 しかしそこはいまさらだったので、上鳴はさらっと流した。
「予想できてはいたけど、理想高いのな」
「はぁ? これぐらい当たり前だろ?」
 この俺の恋人になるんだから。
 まさにモテる人間の台詞だが、その台詞はどんな時もトップを目指す強気な爆豪にはとてもよく似合っていた。

「でも、まぁ確かにお前が彼氏作るってんだったらハイスペックな奴にしてほしいよな〜」
「う〜ん、そうだな。それはわかる」
「なんでだよ。てめぇらには関係ないだろうが」
 上鳴と瀬呂は頷きあい、そんな二人に爆豪は首をかしげていた。
「いやいやいやいや、関係ないってことはないですよ爆豪さん」
「まったくですよ、爆豪さん」
「だからそのくそうぜぇノリやめろ」
 やけにテンション高いなお前ら、と爆豪は鬱陶しそうな表情を浮かべるが、やはりまるで気にしていない様子で上鳴は、あのなぁ、と説明してみせた。
「お前が見た目だけの優男と付き合ってると俺たちの沽券にかかわるって言うか」
「はぁ? だからなんでだよ」
「う〜ん……なんつーか、漫画に出てくるすっげぇ強い主人公のライバルが、ぱっと出のそう強くもない三下キャラに倒されちゃうようながっかり感って言うの? そんな感じ?」
「いや、どんな感じだよ」
「だからさぁ! おまえは一応このクラスのトップみたいなもんだろ。強いし頭いいし、なにより体育祭では1位取ったしさ、A組の代表っての? その代表であるお前がさぁ、俺たちより実力もない弱い奴を彼氏にするってなるとな、なんか俺たちの立つ瀬がなくなるんだよ!」
「そうだ! その通り!」
 二人は強く主張する。
 それでもぴんとこないのか爆豪は意味わかんねぇと頭を掻いていた。

「なっ、切島! お前もそう思うだろ!」
「え? あっ、お、おう、そうだなっ」
 切島は急に話をふられ咄嗟に頷く。だが、実は内心で爆豪同様に首をかしげた。
 確かに、廊下で話していた時同様に今回も上鳴や瀬呂の言いたいことは共感できる部分が多かった。爆豪はすごい奴だ。顔やスタイル、運動神経や頭脳だけでなく男顔負けの抜群の個性と戦闘スタイル、見てるだけで圧倒されるようなクレイジーな強さを持っている。そんな彼女の隣に立つというのなら、男のほうにだってそれ相応の力がなければ納得できない。
 それはわかる。わかる、のだけれど、切島の首はかしげられたままだ。どうもしっくりこない気がした。もっと、違う理由がある気がする。しかし「気がする」だけでその理由は明確ではない。

(なんなんだろうなぁ……)
 さっきから胸の奥がもやもやとする。嫌な気分だ。もしかして、自分でも気がつかぬうちに体調でも崩していたのだろうか。そんな気がしてくるほどに気持ちが悪い。
 一度保健室にでも行ったほうがいいだろうか。思わずそんな考えすら浮かんでくるほどだったが、悩んでいるうちに昼休みの終了を告げるチャイムが鳴ってしまった。会話を切り上げて、上鳴と瀬呂が席へと戻っていく。切島もやけに重たい気がする身体を引きずって爆豪のもとを離れると自身の席へと腰を下ろした。
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