「そういやもうすぐ切島の誕生日だな」

 それは吹きゆく風がそろそろ冷たくなってきた10月のちょうど10日のことだった。
 爆豪は談話室でテレビを見ていた。とくに見たいものがあったわけではないが、なんとなく暇だったからだった。見覚えがあるようなないような面子が並んだ微妙なお笑い番組。だらだらと惰性で画面に目を向ける爆豪の横で、一緒にだらだらとテレビを見ていた上鳴がふいにそう言ってきた。
「何日だっけ?」
 反応したのはさらに一緒にいた瀬呂だった。スナック菓子を片手に上鳴に尋ねる。
「え〜と、たぶん16日」
「そりゃ確かにもうすぐだな」
「やっぱなんかプレゼントでもする? する?」
「そうだなー、せっかくだしなんか軽く用意するか?」
「だなー」
 二人はうんうんと頷きあう。
 ちなみに渦中の切島は日課の筋トレを終えて風呂に入っている最中だ。
「あ、砂藤にさ、なんかケーキ作ってもらうか」
「いいなー、やっぱ誕生日といったらケーキだよな」
「俺ブラウニーが好き」
「俺はチーズケーキ」
「切島はなにケーキが好きだ?」
「知らねぇ。けど、なんかベタにショートケーキとか好きそう」
「王道な感じなー、わかるわかる」
「肝心のプレゼントは?」
「一番の悩みどころな。どうすっかなー」
 今度は二人そろってう〜んと首をひねり始めた。
 爆豪は意識をテレビと二人の会話の真ん中あたりにやりながら、ぼんやりとしていた。つまんねぇ番組ばっかだし、そろそろ部屋に戻って寝ちまうか。そんなことを思っていたら、爆豪は?と急に名前を呼ばれて瞬き一つ。横を見れば、上鳴がこちらを見ていた。
「お前はさ、切島になにやる?」
「……は?」
「おい、聞いてなかったのかよ〜。切島への誕生日プレゼント! お前なにやる?」
「やること前提かよ」
「えー、やらねぇの?」
「お前あいつと一番仲いいんだから祝ってやれよー」
「…………」
 二人に責められるように言われて、む、と爆豪は口を噤んだ。

 はっきり言って、他人の誕生日など興味がないのが正直なところだ。いや、他人どころか自分の誕生日にもあまり興味がない。ただ一つ歳をとって、周りのモブどもがちょっと馴れ馴れしくなって、そして親にちょっと高めのアウトドア用品を買ってもらえる日。爆豪にとっての誕生日とはそういう認識のものであった。誰かの誕生日をわざわざ祝うなんて面倒だし、誰かに誕生日をわざわざ祝ってもらうのも煩わしい。
 仲なんてよくねぇよ。そう突っぱねて、だからプレゼントなんてやんねぇよとばっさり切り捨ててしまえば簡単に終わる話だろう。だが、しかし実際には簡単には終わらず、爆豪は口を噤んだままだった。なぜか。それはつまるところ、そういうことだ。
 誰にも言ったことはないが、切島と爆豪はそういう“関係”である。
「…………」
 誕生日なんてどうでもいいことに変わりはない。現に、上鳴に聞かれるまで切島にプレゼントをやろうなんて考えもしていなかった。けれど、聞かれてしまった以上、まるっきり無視してしまうには少しの困難を要する程度には、おそらく、きっと、好いていた。あいつのこと。そうじゃなきゃ、そもそもそういう関係にはならない。面倒なことだが、たぶん、満たされてはいる。だから、ちょっと、悩む。どうしよう。どうしよう。

「俺さぁ、さっきCMでやってたゲームめっちゃ欲しい!」
「俺は携帯最新のにしてー、最近充電切れるの早いんだよな」
「あー、それは俺もだわー。俺も最新のにしたいわ〜」
 黙り込んだ爆豪の横で、上鳴と瀬呂はやいのやいのと会話を続ける。若干切島の誕生日から話しがずれている気がするのはただの気のせいだろうか。疑問に思いながらも、爆豪は二人の声を聞いていた。どうしよう。心の中で、一人考え続ける。
「って、あ、おい」
「ん? あっ……」
 ふいにぴたりと二人の声が止んだ。不自然な途切れっぷりに、なんだ、と顔を上げ、あぁ、とすぐに納得した。
「おぉ〜い、三人でなに見てんだー」
 声とともに視界にぽつりと飛び込む赤色。切島だ。ほかほかと頭から湯気を出しながら、ぱたぱたとスリッパの音を響かせこちらに向かってくる。上鳴も瀬呂もどうやら誕生日プレゼントをやることは当人には秘密にしておきたいようだ。あんまおもしれ―番組やってねー、と上鳴も瀬呂も今の今まで誕生日の話題で盛り上がっていた様子など微塵も見せずに答えていた。
「ばくごー、横つめろよー」
「んだよ、そっち座れよ」
「いいじゃんいいじゃん、ほらほら」
 切島は爆豪の隣にやってきた。三人掛けのソファのど真ん中に悠々と座っていた爆豪はぐいぐいと押されるがままに少し横にずれる。空いたスペースに切島はそそくさと腰掛けた。空いてるソファはほかにもあんだからそっちに座ればいいのに。思うが、口にはしない。
 ちらりと横を見る。爆豪の視線にすぐ気がついた切島は、ぱっ、と顔を向けると目だけでどうした?と尋ねてきた。別に、とさっさと視線を外すと、切島はなんだよ〜、と言いながらさらにぐいぐいと身を寄せてきた。
「やめろ、鬱陶しい!」
「ひっでぇ! いいじゃん、これくらい」
 なっ。切島はにかりと笑う。よくわからんが、楽しそうだ。
 触れた個所からじわじわと伝わる体温は、じつは言うほど不快ではない。むしろ、近ごろ夜はめっきり寒くなってきたから、風呂上がりの温かい切島の温度は心地いいくらいだ。じわじわぽかぽか。少し眠くなってくるほどに。
 ぱちぱちと瞬きを繰り返して、眠気を誤魔化す。だが、ふと手になにかが触れて、ぱっと意識が引っ張られた。見れば、切島の手のひらが爆豪の手を覆っている。上鳴と瀬呂からは見えない角度。ふたたび横を見れば、やっぱり切島は笑っていた。楽しそうに、嬉しそうに。なにがそんなに楽しいのか、嬉しいのか。やっぱり爆豪にはわからなかった。
 けれど、その笑顔と手の甲の温度に、爆豪はふいに思う。面倒は面倒だけど、でもせっかくだしプレゼントの一つくらい送ってやってもいいかな。じわじわぽかぽか。爆豪は満たされている。だから、切島も満たされればいい。そう思った。
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