翌日。
 爆豪はさっそく切島への誕生日プレゼントを用意すべく行動に移った。

 チャイムが鳴る。すべての授業を終えたことを知らせるその音に、爆豪はそそくさと席を立った。あまり時間はない。ヒーロー科の授業は7限目まであり、定められた門限は19時。出かけられる時間はあと2時間も残っておらず、爆豪は鞄を手に足早に扉に向かった。
「お、なんだ爆豪今日は早いな! ちょっと待てよー」
 その背中に声がかかる。耳に馴染んだその声に、わざわざふり返る必要はない。だが、爆豪はいったん足を止めると後ろへと目をやった。そうすれば、切島が急いで鞄に教科書を移詰め込んでいる姿がうつる。一緒に帰るつもりなのだろう。
 前は切島とはよく駅までの帰り道を共に歩いた。はじめはほとんど切島が勝手に爆豪のあとをついてきている感じだったが、いつからか爆豪にとってそれは放課後の日常となっていた。そしてそれは家から寮へと日々を過ごす場所を移してからも変わることなく続いており、寮制になって嫌でも毎日顔を合わせるというのに、一分一秒が惜しいと言わんばかりに切島は爆豪と共にいようとする。
 だが、現在一分一秒が誰よりも惜しいのは爆豪のほうであった。
 ほかでもない切島のために。
「おせぇ、先に行く」
「あと少しだって……、っておい! まじで行っちまうのかよ!」
 待てよー、と大声でわめく切島を無視して、爆豪は止めていた足を再び進めた。

 一直線に寮までの道を進み、早足のまま部屋へ戻って制服を着替える。そして携帯電話と財布を手にすぐにまた部屋を出て玄関まで向かった。
「爆豪! 帰るのはえーってお前」
 靴を履き替えていると遅れて切島が帰ってきた。置いていかれた不満か、むっとした表情をしていた。だが、爆豪の格好を見るとすぐにその目を丸くさせる。
「え、なに爆豪もしかして出かけるのかっ!?」
「あぁ」
「聞いてない!」
「そりゃまぁ、言ってねぇからな」
「なんで!?」
「…………」
 なんでって、お前の誕生日プレゼント買いに外出する、なんて本人に言うわけないだろ。爆豪は内心で反論するが、その反論も口にするわけにはいかず、けっきょく「うるさい」とだけ返した。
「俺もいく!」
 切島が勢いよく宣言する。予想通りの反応。爆豪はあえてすぐに拒否はせずに、外出届は?と切島に尋ねた。
「今から出してくる!」
「待ってらんねぇよ」
「でもよぉ、一人じゃ危ないだろ……?」
「てめぇなァ……、それいつの話だよ」
 うんざりと言い返す。
 敵連合に誘拐された前科がある爆豪はいままで一人で出かけることをずっと控えるように言われていた。だがそれも初めだけだ。最近ははちゃんとした手続きさえ踏めば、一人での外出を許されていた。外出届は昼のうちにちゃんと相澤に提出し、許可ももらっている。なんら問題などない。
 ふん、と鼻を鳴らして、爆豪は切島の横を通りすぎた。爆豪! 切島が呼ぶが、やっぱり無視した。追いかけようにも外出届を出していない切島が追ってこれる距離など高が知れている。切島自身もそれをわかっているのだろう。往生際悪く爆豪の名をしばらく呼んでいたが、やがて諦めたらしい切島は最後に早く帰ってこいよ!と大きな声で言った。爆豪は振り向かないままひらひらと片手を振ってやった。


◇ ◇ ◇


 そうして爆豪はバスを乗り継ぎ、一人で学校近くのショッピングモールへと赴いた。平日の夕方だったが、ショッピングモールなだけあって辺りを歩く人の数は多く、爆豪と同じ学生の姿もちらほらと見受けられた。がやがやとうるさい雑音に爆豪は眉間にしわをきゅっと寄せる。人の多い場所はあまり好きではない。だから爆豪はさっさと目的を果たそうと歩き出した。が、すぐに足を止める。
(……来たはいいが、なにをやればいいんだ?)
 はてと爆豪は首をかしげる。
 プレゼントの一つでもやろうと考えていたが、肝心のそのプレゼントをなににするか。考えていなかったことに、いまこの瞬間に気がついた。久しく誰かにプレゼントなどやったことがなかったからか、なにをどうしたらいいのか、いまいちどうもわからない。

 遠い昔のこと。それこそ自身の手のひらが小さく柔らかいころに、どこかの泣き虫にねだられて誕生日プレゼントのようなものを渡した気がするが、遠い記憶だ。なにをやったのか、まるで覚えていない。覚えている記憶の範囲でも、モブたちに強請られてオメデトウと棒読みに言ったことはあるが、わざわざプレゼントを用意してやったことはなかった。
 逆にもらったことのあるものといえば、お菓子だったり文房具や雑貨だったり、流行りのCD、ヒーローのブロマイド。いろいろあった気がするが、そちらもよく覚えていない。たぶん、あまり嬉しくなかったプレゼントだったのだろう。覚えている限りで貰って嬉しいと思った誕生日プレゼントは親がくれたアウトドア用品だが……、爆豪は首をひねった。
(べつにあいつは登山好きじゃねェよな……)
 切島の好きなもの。
 考えてみて、一番に思い浮かんだのは“肉”だ。昼食はいつも肉料理ばかりを選び、夕食も肉が出てくる時はテンションが少し高くなっている。ちょっと高めの肉でも買うか。一瞬考えるが、爆豪はすぐに首を振った。誕生日プレゼントに肉を送るのはどうなんだ。流石にそれはちょっとないだろう。
 次に思い浮かんだ切島の好きなものはヒーロー・紅頼雄斗だった。切島は自身のヒーロー名に因むほどに紅頼雄斗のファンである。うっかり切島に紅頼雄斗のことについて尋ねれば長丁場になること間違いなしだ。ならば紅頼雄斗関係のグッズでのやれば喜ぶのではないだろうか。
 しかし、如何せん紅頼雄斗はだいぶ古いヒーローだ。グッズ展開はあまりされているとは言えないし、そもそも爆豪がわざわざプレゼントしなくともある程度のグッズはすでに所有している可能性が高い。せっかく用意するプレゼントがダブるなど、そんなことは絶対にあってはならない。爆豪はすぐさま候補から紅頼雄斗の名を消した。

 プレゼントをやると決めたからには、それこそ貰った切島が泣いて喜ぶようなものでなければいけない。爆豪はそう思っていた。なんせ、この自分が、わざわざ、切島のためだけに、物を買って、送ってやろうというのだ。やるからには完璧に。中途半端ではいけない。爆豪がくれる誕生日プレゼントってこんなものなのか、なんて舐められたりしては絶対にいけないのだ。
「覚悟してよろクソ髪がァ……」

 気合を入れた爆豪はとりあえず片っ端から店に寄ってみることにした。切島の好きそうなものを片っ端からリストアップして、さらにその中で一番切島が喜びそうなものをプレゼントしてやろう。爆豪は長らく止めていた足をようやく動かした。
 はじめに寄ったのは服屋だった。その次に靴屋。さらにその次はCDショップで、すぐ隣にあったゲームショップにも寄った。本屋に雑貨店、スポーツショップ、ヒーローグッズ店、普段の自分だったらちょっと寄らないような店にもいくつか寄ってみた。
「…………」
 しかし、どうしたものか、いくら店を見てまわれど、まるでこれだといったものが見つからなかった。なんとなく、切島が好きそうだなというものは自体はあるにはあった。獅子の刺繍がはいったスポーツタオル、赤いリストバンド、動きやすそうな靴、燃えるような柄のTシャツ、丈夫なシャープペンシル。なんとなくだが、たぶん、切島はそれなりに喜ぶであろうものたち。
 だが、どうもしっくりこない。もっと良いものがある気がしてならず、爆豪はさらにいくつもの店をまわった。もっともっと、切島が喜ぶもの。切島が嬉しがるもの。なにかないか、探して探して、時間いっぱいぎりぎりまで粘って探してみた。
 でも、けっきょく収穫はなにひとつ得られなかった。

 帰りの足取りは酷く重かった。
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