「爆豪! おせぇぞ! 門限ぎりぎりじゃねぇか!」

 はぁ、といますぐにでもため息をこぼしたくしまいたくなる気持ちで寮に帰った爆豪に一番に声をかけてきたのは、やはりというかなんというか、切島であった。うっせぇなだからお前へのプレゼントを探してたんだよ! 胸の内で返した言葉はやはり実際に声にして言い返すことのできないもので、爆豪は、けっ、と柄悪く吐き捨てた。
「ぎりぎりでも間に合っただろうが、ババアみてぇなこと言ってんじゃねぇよ」
「心配したんだっつーの」
「杞憂だアホ」
「まったくな〜、お前はすぐにそうやってクソだのアホだの言う」
 切島は文句を言う。だが、別に怒っているわけではない。むっとしていた表情をすぐにぱっと取っ払うと、もうすぐ飯だぜ、と告げた。爆豪はそれにわかっていると頷き返しながら、きょろりとあたりを見渡す。
「? 爆豪、どうした?」
「あいつ……、アホ面は?」
「上鳴? 上鳴のやつならあそこにいっけど」
 尋ねられた切島が指さしたのは、テレビ前のソファだ。峰田と一緒にテレビを見ている上鳴の姿を認めた爆豪は、つかつかと上鳴のもとまで歩み寄った。

「おい、……上鳴」
「んあ〜、なに?」
「ちょっと話がある」
「えっ、なに? 急にどったの?」
「だから話があるんだっつーの。お前の部屋行くぞ」
「はい? え、なんでわざわざ俺の部屋行くの? ここじゃ話せない話?」
「……いいからこい」
「ちょっと待ってやだなんか怖い! 俺なんか悪いことした? 俺なんか悪いことしたッ!?」
 ぎゃあぎゃあと上鳴が騒ぎはじめる。ただ話があると言っただけでなんなんだこいつは。いらっときて思わずにらむと、ひえっ、と上鳴は情けない声をあげた。
「おい、どうしたんだ爆豪、帰って早々上鳴に用事か?」
「べつに……、お前には関係ない」
 ついてきた切島が尋ねるが、爆豪は素っ気なく答えた。このままさらについてこられたら話をしようにもできなくなってしまう。爆豪は早くこの場を離れようと上鳴の服の首根っこを無造作につかんだ。ちなみに、上鳴と一緒にいた峰田は早々に我関せずを決め抜きテレビを見続けていた。賢い判断だ。
「いやぁ、やめて! 怒らないで! お前をだしにしてほかの科の女の子と仲良くしようとしたことは謝るから怒んないで! けっきょく失敗したから堪忍して!」
「てめぇそんなことしてたのか」
「あれ、違った? え、じゃあなに?」
「……いいからいくぞ」
「ひぃ、やっぱ怖い! なんなの!?」
 暴力はやめてー! 殴るにしても顔はやめてーボディにしてー!
 余裕があるんだかないんだかわからない上鳴りを引きずって、爆豪はエレベーターへと向かった。その背中に向かって切島が、おい爆豪、となにか言いたげに声をかけてきたが、爆豪は足を止めなかった。ただ一瞥だけをよこして、上鳴と一緒にエレベーターに乗りこんだ。


◇ ◇ ◇


「痛い! なんなのもうもっと優しくしろ!」
 上鳴の部屋についた爆豪は、ぺいっ、と上鳴を床に放ると、自身は彼のベッドへと遠慮なく腰掛けた。切島ほどじゃないが、こいつの部屋もわりと目にうるさいな。そんなことを思いつつ、床に転がる上鳴をぎっとにらむ。
「お前ほんとなに! 超強引! なんなのわざわざ場所移して二人で話って……、はっ、え、もしかして愛の告白!? ごめん爆豪! 気持ちは嬉しいけど、やっぱり俺は恋人にするなら同じ色白でもやっぱり女の子のほうが……」
「…………」
「……ごめんなさい、冗談です。悪ふざけです。ジョークです。だからその可哀想なものを見るような眼差しはやめてください。んなわけあるかクソがァ、っていつもみたいに怒鳴り散らしてくださいお願いします」
「……んなわけあるかクソがァ」
「はい、ありがとうございます」
 深々と上鳴は頭を下げた。
「それで俺に話とは一体なんなんでしょうか爆豪さん」
「まず、そのうぜぇ喋り方やめろ」
「はい」
 上鳴は顔を上げた。本気で爆豪が怒ってなにか言いたいわけではないことはわかっているのだろう。さっきまでの情けない表情を引っ込めると、胡坐をかいてその場に座り、で?と首をかしげた。
「まじでなんなのさ。なにかあった?」
「…………」
「え、なんでそこで黙るの」
 うるさい。静かに言い返して、ふたたび爆豪は沈黙した。
 だが、黙っていたんじゃ意味がない。わかっていた爆豪はふぅとちいさく息をついたのち、意を決し口を開いた。
「……てめぇ、切島にプレゼントやるんだろ」
「プレゼント? あぁ、誕生日の? まぁとりあえずその予定だけど?」
「…………な、に……だ」
「え? なに? ちょっと聞こえなかった」
「だから……、なに、やるんだ」
「ん? やるって、プレゼント? 俺の? え? なんで?」
「……さ、……に、……だよ」
「は? なに? さっきから妙に声ちいせぇぞ爆豪」
「ッせぇなァっ! だから参考だよ参考! 参考にお前の話聞かせろって言ってんだよ!」
 それぐらいわかれやくそがァ!
 爆豪は察しの悪い上鳴に吠えたてた。
 雄英までの帰り道でのことだ。爆豪はずっと切島へのプレゼントをどうするか考えていた。探し回っても全然これだというものが見つからなかった。びっくりするぐらい見つからなかった。ならばどうするか。ずっとずっと考えながら足を進めた結果、やはりプレゼントの中身自体は思い浮かばなかったが、かわりに思いついたのはほかの者を参考にすることであった。本当はわざわざそんなことを人に聞くなど嫌だったが、仕方がない。苦肉の策というやつだ。

「なんだよー、やっぱ爆豪も切島にプレゼントやることにしたのか!」
 怒鳴られて肩をすくめた上鳴は、しかし爆豪の言葉にぱっと顔を明るくさせた。座ったばかりだというのにすぐに立ち上がると、爆豪の横に移って馴れ馴れしく肩を叩いてくる。鬱陶しい。爆豪は上鳴の手を払うと、ぎろりと横目でにらんでやった。だが、上鳴は怯まない。
「まったくツンデレな奴だなぁ! まぁ、そうだよなぁ。切島とお前の関係でやらないはずがないよなぁ! で、なに? 参考だっけ? 俺のプレゼント?」
「?……あ、あぁ」
 つんでれってなんだ?とすこし気になる発言はあったが今はそれよりも切島へのプレゼントだ。調子よく話しはじめた上鳴の言葉に、爆豪は耳を傾ける。
「俺のプレゼントはねー、って言ってもさぁ、俺いまあんまり金に余裕ないんだよなぁ。だから、俺のおすすめミュージック集でも作って、それをやろうかなー、って思ってんだよね!」
「ミュージック集……」
「そう! 世界にたった一つしかない電気くん厳選CD!」
「…………」
 はたしてそれは貰って嬉しいのか?
 首をかしげたが、上鳴は気がついた様子もなく爆豪に尋ねる。
「お前は? どんなのにした?」
「……だから、決めてねェ」
「それでもさ、候補ぐらいはいくつかあんだろ? なに?」
「…………」
「え、もしかして候補すら決まってないのか?」
「うっせぇ……」
 だからこうして参考までに話を聞きに来てんだろうが察しろボケそれだからお前はアホ面なんだよクソが勉強だけじゃなく素でアホなのかショートしてなくてもアホなのかお前は。
 むっ、としながらも、爆豪はちいさく答えた。
「しっくりくるもんがねぇんだよ」
「あ、ちゃんと調べはしたのね」
「あぁ? 喧嘩売ってんなら買ってやろうかてめぇ」
「売ってねぇよっ!」
「だったらちゃんと参考になること言えよくそが!!」
「もうほんと横暴! それが人に話を聞く態度!? 切島へのプレゼントに悩んでるなんてクソ煮込みのわりにかわいいとこあるなって思ったけど、お前やっぱかわいくない!」
 なに言ってんだこいつそんなの当たり前だろうが。ぎ、とにらむと上鳴は盛大にため息をついた。むかつく反応。思わずぐっと手のひらを握ると、慌てたように手を振った。ちゃんと話聞きます、話します。だから爆破は勘弁を! はじめっから真面目でいればいいんだあほが。

「でも別にさ、そんな深く考えなくても切島のことだから大概のもんは喜んでくれんだろ」
 なにをそんなに悩んでいるのかわからないとばかりに、首をひねりながら上鳴は言った。そんな難しい話じゃないだろうと。
「ベタだけど、やっぱこういうのは気持ちが一番大事なんだよ気持ちが! 些細なプレゼントでもさ、そこに誕生日おめでとーって言葉がつけばそれだけで完璧!」
「……そういうもんか?」
「そういうもんでしょ! 俺さぁ、中学んときクラスのやつに誕生日プレゼントとしてエロ本貰ったんだけど、それがまぁ全然好みの女性じゃなかったわけ。でもやっぱ嬉しかったぜ! 全然まったく好みじゃなかったけどさぁ!!」
「なんの話だよ」
「プレゼントもらって嬉しかった話だよ!」
「……俺はモブどもからのプレゼントはどれもこれも嬉しくなかったぞ」
「それはー、爆豪にとってそのモブたちがモブキャラだったからでしょ。でも切島にとって爆豪はモブでもなんでもないじゃん? 超重要キャラじゃん?」
「…………」
「だから大丈夫だって。お前からなら、いっそプレゼント自体無くったって“おめでとう”って一言いってやるだけで切島はめっちゃ喜ぶに決まってるって!」
「……それは、流石に安上がり過ぎんだろ」
「いやいやいや、まじでそれぐらい喜ぶって」
 なんの根拠があってか、上鳴は力説する。
 言ってることは多少わからないでもない。切島は喜びのボーダーラインが極めて低い位置に定められている人間だ。なんでもないようなことでも簡単に喜んだり笑ったりする。流石に言葉だけでも喜ぶなんて言うのは上鳴の誇張表現だろうが、きっとなにをあげてもあいつはそれなりに喜ぶだろう。それくらいのことは爆豪でもわかっている。わかってはいるが……。
「…………」
「この電気くんが保証する! 大丈夫だって爆豪、なっ」
「……お前に保証されても安心できねぇわくそが」
「ま〜ったく、減らず口を〜」
 上鳴はまるで励ますように明るく言う。
 けれど、爆豪の眉をひそめられたままだった。ううん、と悩む。上鳴はそんな爆豪をなにをそこまで悩むのかわからないと言わんばかりの表情で見ていたが、爆豪が本気で悩んでいることは理解できたのだろう。それ以上の軽口を挟むことはなく、静かにその顔を見つめるだけにとどめていた。

 やかましい見目の部屋に沈黙が落ちる。
 その沈黙をふいに破ったのは、こんこん、と扉をノックする音であった。は、と意識が戻ると同時に、続けて声が聞こえてきた。
「爆豪? まだ話終わらねぇのか……?」
 切島の声だ。びく、と爆豪はちいさく肩を揺らした。まだ終わってねェ。そう返そうと思ったが、一歩早く上鳴が扉の向こうに向かって答える。
「おー、一応終わった」
「おいっ、まだ終わってねぇよ!」
「えぇ〜、おおかたの問題は解決したっしょ。それに俺そろそろ腹減ったし」
 やっぱりアホかこいつ。なんも問題は解決してねェわ。
 爆豪は盛大に眉をひそめた。けっきょくなにをプレゼントすればいいのか。なにひとつ爆豪はわかっていない。だが、上鳴はベッドから立ち上がると、そのまま扉を開けてしまう。
「もう夕食できたってよ」
「お、まじで。ベストタイミーングっ」
 上鳴はまじでもうこの話を終えた気でいるらしい。夕食夕食〜、と上機嫌で部屋を出る背中に、爆豪も渋々ベッドから腰を上げた。

「爆豪」
 上鳴の部屋を出ると、切島はそそくさと横に並んできた。
「なぁ、上鳴となに話してたんだ?」
「……なんでもねぇ」
「……そうか? でも大事な話だったんだろ?」
「いや、すっげぇ無駄な話だった」
「ふぅ〜ん……?」
 上鳴を参考にしようだなんて、そんなことを思った自分が馬鹿だった。爆豪は思わずため息をついた。切島はよく分からないとばかりに首をかしげていたが、爆豪がそれ以上話す気はないと察してかそれ以上尋ねてくるようなことはなかった。
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