さらに翌日。
 爆豪は新たな行動に出た。外出届は今日ももう出した。二人分。あとは放課後にあいつを連れだしてふたたびショッピングモールに赴く。もちろん、ここで言うあいつとは、あいつのことでは、ない。

「おい」
「ん? 俺?」
 声をかければ、瀬呂は目を丸くさせながら顔を上げた。
「どうした、お前から声かけてくるなんて珍しいな」
「……ちょっと、放課後付き合え」
 すこし言いづらそうに、だがしっかり言葉にして言えば瀬呂はきょとりとさらに目を丸くした。俺?と自分を指さすから、そうだと頷けば、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「付き合えってなにに?」
「……買い物」
「ふーん。いいけど、俺でいいんか?」
「俺はてめぇに声かけてんだろうが」
 なに言ってんだこいつ、と眉をひそめれば、瀬呂は眉を八の字にして頭を掻いていた。なんだよ。目を細めて尋ねると、首を横に振られる。お前がいいならそれでいい、と意味がわからなかったが、無駄な押し問答をしている暇はない。
「そんじゃ行くぞ」
「待てよ、外行くんだろ? だったら外出届ださねぇーと」
「出しといた。お前の分も」
「なんだそれ用意周到か」
「ぐずぐずしてねぇで、早くいくぞ」
 爆豪は椅子に座ったままだった瀬呂の腕を取るとぐいぐいと引っ張った。ちょっと待てってまだ全部しまってねぇよ。瀬呂は急いだ様子で鞄にノートを詰め込む。早くしろよ。爆豪はせっつきながら瀬呂を待った。

「爆豪? え、瀬呂とどっか行くのか?」
 ふと切島の声が割りこんでくる。顔を向けてみれば、切島はぱちぱちとさっきの瀬呂のように目を丸くして瞬きを繰り返していた。爆豪は昨日のやり取りを思いだして、きゅ、と眉間にしわを寄せる。
「なんだよー、聞いてないぞ」
「だから、言ってないからな」
「言えよ!」
 言えるわけないだろう。何度目かになる反論できない反論。今日も今日とてあまり時間がないというのに、どう切島をあしらうか。悩む爆豪をよそに、案の定切島は俺も一緒に行く!と言いだした。昨日と同じ展開だ。
「外出届は」
「今から速攻出してくる!」
「だから待ってらんねぇって」
「なんでだよ、それくらい待っててくれよ!」
「急いでんだよ」
「うぅ、でもよぉ」
「うっせぇなぁ、今日は一人じゃねぇんだから別にいいだろうが」
「ぐ、確かにそれはそうだけどよぉ、俺も誘ってくれたっていいじゃん」
 だって……、とそこまで言って切島は口を噤んだ。なにを言おうとしたのか。爆豪は察することができた。同時に、なぜ言わないのかも、わかった。誰にも言っていない関係だ。ここで口にしたら許さねぇぞ。にらみつけると切島はわかってるよと言いたげな視線をよこした。
「爆豪〜」
 だが、ともに外出したい気持ちは変わらないようで、すがるような眼差しでこちらを見てきた。ぐぅ、と爆豪は顔をしかめる。べつに、切島を邪険にしたいわけじゃない。そもそも、これはすべて切島のための行動なのだから。でも、だからこそ切島についてきてもらっては困るのだ。

 どうしようか。爆豪はさらに悩んだ。
 そこに救世主は突如として現れる。
「まぁまぁ、切島くん。今日は俺と一緒にゲームでもしようじゃないか」
 割りこんできた声とともに、ぽん、と切島の肩を叩く手の主は上鳴だった。
 まるで切島の気をそらすように、面白いゲームがあるんだよ〜なぁ一緒にやろうぜ〜、と言い募る上鳴は目が合うとこれ見よがしにばちこーんとウインクをかましてきた。昨日の今日で、爆豪がなぜ瀬呂を誘っているのか察したのだろう。きめっきめのウインクは最高に鬱陶しかったが、切島の相手を引き受けてくれるというのなら助かる。
「いや、でも俺も爆豪と……」
「なに! 電気くんとは遊んでくれないって言うの!?」
「そうは言ってないだろ……」
「じゃあいいじゃん! 俺と一緒にゲームしようぜ!」
「う、うん、けどそれ別に帰ってきてからでもよくね?」
「なにそれ! 俺は後回しってこと!? ひどい! 薄情もの!」
「だから、そうじゃねーけどよぉ」
 言いあう二人を横目に、ようやく鞄を肩にかけた瀬呂の背を押す。早くしろ。はいはいわかったわかった。適当な返事してんじゃねぇぞクソが。わかったって。そんなやり取りを交わしながら二人で教室を後にした。


◇ ◇ ◇


 昨日一人で歩んだ道のりを、今日は瀬呂とともに進む。
「で、どうしたんだ?」
 その道すがら、瀬呂は尋ねてきた。爆豪は横目で瀬呂を見た。瀬呂もこちらに顔こそ向けていなかったが、横目で窺うように爆豪を見ていた。少しの沈黙。爆豪はゆっくりと口を開いた。
「……お前、は、もう用意したのか」
「ん? ……あぁ、切島の?」
 言葉少なに尋ねる爆豪に、瀬呂は上鳴と比べて随分と察しがよかった。なんでもないことのように尋ねかえされて爆豪は静かにうなずいた。
「…………ん」
「用意自体はまだ。でもなにやるかは決めたぜー」
「なににした?」
「ダンベル。あいついま使ってる奴じゃ物足りなくなってきたって言ってたからよ、重さ増したやつをプレゼントにしようかなって」
「ふぅん……」
 上鳴のものと比べたら結構よさそうな感じだな。爆豪は思った。
「なんだ、もしかして爆豪、切島へのプレゼントで悩んでんのか?」
「……まぁ、そんなところだ」
 悩んでいる、なんて、そんなことを認めるのは癪だったが、いまは意地を張る気にはなれなかったから素直に肯定を返した。そうすれば、瀬呂はほうほうと頷く。特に騒ぎ立てる様子はない。上鳴の話はまるで参考にならなかったが、こいつならもう少し期待できるだろうか。
 爆豪は次の瀬呂の言葉を待った。
「でもさー、お前からもらったやつなら切島はなんでも喜びそうだけどなー」
「……アホ面のやつもそう言ってた」
「やっぱり? てか切島ならお前の“おめでとう”だけでも喜ぶだろうよ」
「…………」
 それも言ってた。今度は答えなかったが、爆豪の反応に瀬呂は察したらしい。ふは、と吹きだすように笑った。だが、そこに馬鹿にするような気配は感じなかったのでとりあえずは許してやる。いまはとにかく、さっさと切島へのプレゼントを決めてしまいたいのだ。
「でもまぁ、爆豪はなんか切島が喜びそうなプレゼントをあげたいんだろ?」
「…………」
 爆豪は無言を返す。それは肯定であった。
「そうかそうか。よし、いいぞー、この瀬呂兄ちゃんがお前のプレゼント選びにつきあってあげようじゃないか!」
「なにが兄ちゃんだきめぇ」
 いつもの悪態をつく。でも内心では助かっていたりするのだが、それは口にしない。

 ショッピングモールについた爆豪は、昨日まわった店を瀬呂とともにふたたび見てまわった。これとか良さそうじゃね。瀬呂が指さし、爆豪は首をひねる。逆に爆豪が昨日目をつけたやつを指させば、悪くないんじゃないかと瀬呂は頷く。だが、自分で指をさしたくせに爆豪はやっぱり首をひねる。
「え、なんで自分で選んだのに首かしげんだよ」
 ちゃんといい感じじゃんこれ。切島めっちゃ喜びそう。
 首をひねる爆豪に、同じく瀬呂が首をひねる。なにが気に食わないんだ? 尋ねられて、爆豪は少し考えてから答えた。
「……どれも、いまいちしっくりこねぇ」
「えー、どれもいい感じだと思うけどなぁ」
「…………」
「どんな風にしっくりこないんだ?」
「なんつーか、どれももっと良いもんがある気がしてなんねぇんだよ」
「ふーん……? お前っていつも目標とか高いけど、プレゼントの基準も高いのなー」
「……やるからには一番のプレゼントじゃなきゃ意味ねェだろ」
 そう答えると、瀬呂は目を丸くして固まった。なんだよ。にらむと瀬呂はなんとも言えない表情を浮かべた。
「うぅ〜ん、これは完璧主義と言うべきか、負けず嫌いと言うべきか……、それとも無意識に惚気られたのか」
「はぁ……?」
「いや、わるい。こっちの話」
 本当になんなんだ。
 さらに首をひねっていると、ふいに瀬呂が、そうだっ、と声を上げた。
「いっそ物じゃなくて手料理作ってやるとかどうよ!」
「手料理だァ……?」
「そう! 前に砂藤にケーキ作ってもらおうかって上鳴と話したじゃんか。それをお前が作るんだよ」
 どうせお前のことだからケーキの一つや二つくらい作れるんだろ?
 聞かれて、爆豪は曖昧に頷いた。確かにケーキくらいなら作れないでもない。得意、というわけじゃないが、まぁそれなりのものはできるだろうなという自負はある。
 けれど、それじゃあだめなんだ。ケーキを作ってやるというのなら、それは最高に美味いケーキでなければ爆豪にとっては意味がないのだ。砂藤よりも、それこそ店で売っている豪華なケーキよりも。

 爆豪はふるふると首を振った。
「だめかぁ?」
「だめだ」
「そっか。まぁ、まだ時間あるし、もう少し見てまわるか」
「……ん」
「それに今日だめでもあと三日あるんだ。焦らずじっくり吟味してみろよ」
 その後も、瀬呂は首を振り続ける爆豪に根気よく付き合ってくれた。おかげで良いかもしれないと思えるものは新たに見つかりはした。だが、やはりどれも決定打に欠けていて、けっきょく成果は昨日と変わらまま。最終的に瀬呂のダンベルだけを購入するに終わった。爆豪の目的は達成されず、爆豪は寮を出た時と変わらぬ手持ちのまま、帰り道を歩く足は昨日以上の重たかった。


◇ ◇ ◇


 瀬呂とともに寮へと帰ると昨日みたいに切島の迎えはなかったが、その赤髪はすぐに見つけることができた。談話室のテレビで上鳴と一緒にゲームをしている。尾白と砂藤もいた。
「っしゃー! 電気くん尾白ペアの三連勝!」
「くっそー、また負けたー!」
「なんでだー!」
「はは、二人ても動きが攻撃的すぎるんだよ」
「それなー、ピンチになるとすーぐ特攻かましてくるんだよなー」
 ゲームにはあまり興味ないから、なんのゲームをしているのかはわからなかったが、なかなか盛り上がっているらしい。なんのゲームやってんだー?と瀬呂が声をかけると四人分の目が一斉にこちらを向いた。
「おー、二人ともおけーり」
「おかえりー」
「おかえり」
「爆豪っ、おかえり」
 四者それぞれの出迎えの言葉。
 おー、ただいまと瀬呂は答え、爆豪も軽く、おー、とだけ答えた。
「どうだったー、欲しいもん買えた?」
「俺は買えた」
「爆豪は?」
 尋ねたのは上鳴だった。濁してはいるが切島のプレゼントは見つかったのか聞きたいのだろう。爆豪はむぅと眉間にしわを寄せると、ふん、と顔をそらした。そのまま上鳴たちに背を向ける。すると瀬呂交代!と声が聞こえ、後ろからぱたぱたと自分のものではない足音が追ってきた。誰か、なんて確認するまでもない。ただ爆豪は少しだけ歩くスピードを緩めた。べつに、意味はない。

「爆豪、買い物に行ってたのか」
 すぐに追いついた切島が尋ねてきた。爆豪はまぁなとだけ答えた。
「なんか欲しいもんあったのか?」
「…………」
 欲しいものといえば欲しいものだが、その所有者となるのは自分ではない。爆豪は言葉に詰まって沈黙したが、切島がなぁと言葉を続けたおかげで、沈黙が長引くようなことはなかった。
「今度は俺と買い物行こうぜ! 俺と!」
「……そのうちな」
「えー、なんだよそれ曖昧だなァ」
 絶対! 今度は俺と!
 切島は子どもが親にねだるような拙さで強く主張する。それを適当にいなしながらも、爆豪は考える。一番のプレゼント。切島がもっとも喜ぶプレゼント。それは、一体なんなのか……。
 爆豪は静かに切島を見た。切島はすでに爆豪を見ていた。目が合えば、きょとりと瞬きを一度してから、なんだ?と聞いてくる。さっきまでうるさく騒いでいたくせに、優しく促すような声。
「なぁ、てめぇは……」
 その声に爆豪は思わず直接尋ねようとした。なぁ、てめぇはなにが一番好きなんだ。そう、尋ねようとした。だって、切島に一番をやりたかったから。
 けれど、慌てて口を噤んだ。直接聞くなんて、そんなのはだめだ。プレゼントを贈ろうとしていることに感づかれてしまうかもしれないし、なにより切島に直接聞いたのでは、問題の答えを自力で解けずに教えてもらうようで、なんだか、すごく、悔しい。
 だから、だめだ。直接聞いては、だめだ。
「爆豪? なんだ?」
「……いや、なんでもねぇ」
「え、どうした爆豪」
 不審げに切島は目を細めた。なんかあったのか。尋ねてくる切島の顔は心配の二文字がくっきりと読み取れるような、表情をしていた。そんな表情をさせたいわけじゃないのに。
 あぁ、と爆豪は思う。やっぱり一番上等なものを見つけなければ。その一番上等なプレゼントをくれてやれば、そうすればきっと切島はいつものあの快活な笑顔を見せるだろう。
 こいつの笑顔は存外嫌いじゃない。男らしい、夏の太陽みたいな暑っ苦しい笑顔。たまに鬱陶しかったりもするが、でもやっぱり嫌いではないのだ。
「爆豪?」
「なんでもねぇよ」
 念押しするように答えながら、爆豪はひっそりと決意を新たに固めた。
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