どうしたものか。
 ううむ、と爆豪は首をひねらせる。上鳴が切島の誕生日を口にしてから、もう何度こうして首をひねっただろう。ひねり過ぎてもげてしまうのではないかと、そんな下らないことを思ってしまう程度には、爆豪は悩んでいた。
 瀬呂とショッピングモールに行ったのが一昨日のこと。二日連続で収集ナシの結果に、切島がうるさいこともあってならばと部屋にこもりずっとネット検索に明け暮れていたのが昨日のことだ。結果は言わずもがな。
「……くそが」
 ちっ、と舌打ちを一つ。今日も今日とて携帯でネットを彷徨うが、膨大な情報の数々に一番のプレゼントは決まるどころか選択肢が散らばっていくばかりで、まるでうまくいかない。時間ばかりが無駄に過ぎ、焦りに似たぞわぞわとした感覚が身体にまとわりついてくる。
 ごろり、と爆豪はベッドの上で寝返りをうった。いっそのこと『切島 一番好きなもの』で検索してぱっと答えのページに行きついてくれないだろうか。叶うはずもない願い。なんで俺がこんな苦労を……。そう思わなくないが、そうすると決めたのはほかでもない自分自身だ。弱音を吐くことなんて許せなくて、爆豪は携帯の画面を睨むように見つめた。

 どれほど勝ち目のないにらめっこを続けただろう。食い入るほどの集中力を切らしたのは、とん、とん、とノックの音が聞こえたからだった。だれだ、と尋ねれば、ばくごー、と切島の声が聞こえてくる。
「ばくごー、勉強みてくれよー」
 そんな暇はない。爆豪は即座にそう断ろうとして、はたと止まる。
「ばくごー?」
「……わかった。お前の部屋行く」
「おっ、サンキュー!」
 嬉しそうな切島の声。扉の前から切島が動く気配はない。どうやら、爆豪が出てくるまで待っているつもりらしい。爆豪はベッドから身を起こした。くしゃり、と無意味に頭を撫でて一呼吸。ベッドから降りると必要なノートと筆記用具をまとめ扉に向かった。
 扉を開ければ、やはりそこにはまだ切島の姿があった。ぱっ、と明るく笑う顔に、人の気も知らないで……、と少しイラッとするが、それは流石に八つ当たりが過ぎると自覚があったから、色々と我慢する。
「おら、さっさと行け」
「おう、頼むぜ爆豪先生!」
 言いながら切島は部屋へと戻るために背を向けた。
 その背中に続きながら、爆豪は思う。いくら探してみても、一番が見つからないのは情報が足りないからだ。切島のことはそれなりに知っているつもりでいたが、全然だった。うぬぼれていた。くそが。もっと切島のことを知らなければ。あいつの好きなもの。愛用しているもの。集めているもの。切島には直接聞けない。聞いてはいけない。ならば、それらを切島の部屋へ行って観察し、そこから切島にとっての一番を推測するほか手はないのだ。

 切島の部屋には来慣れている。今回のように勉強のためだったり、漫画を読むためだったり、ただ二人きりになるためだったり、……そういうことをするためだったり。しかし、こうしてあらためて見ると、なんとも言えない部屋の趣味をしているなぁと思わざるを得ない。自分だったら、絶対にこんな物は置かないのオンパレード。
 特にカーテンと時計が駄目だと思う。なんだあの暑っ苦しいデザイン。どこで見つけてきたのか心底不思議になるくらいクソダサい。むしろ、制作会社はなにを持ってあのデザインを起用した。切島と同レベルか? そんなんで会社運営できんのか? 大丈夫か? いっぺん死ぬか?
 そんなことをつらつらと思いながら爆豪は、これまたいまいちな柄をしたベッドの上に腰を下ろした。ノートと筆記用具を持ってきたはいいが、今日分の課題はもう終わっている。あくまで目的は勉強ではなく、一番のプレゼントのための情報探しだ。
「なぁ、ここわかんねぇ」
「早速かよ、ちょっとは自力で解く努力しろや」
「えー」
 早々にヘルプの声を上げる切島を適当にいなして、爆豪は携帯をいじるふりをしながら部屋を見る。目にうるさい部屋だ。やはり赤色が好きなのか部屋の色は赤が多く、壁にはポスターやら筋トレのメニュー表やら大漁旗やらべたべたと張られていて隙間がない。どこで手に入れたその大漁旗。むしろなんで買った。どこが気に入ったのかまるで理解できない。
 床には無造作にダンベルが転がっている。邪魔だから隅っこに片付けろと言っているのに、気がつけばそこら辺に転がっていて、頻繁に使用していることがうかがえた。だが、ダンベルは瀬呂がもう選んでいるから却下だ。プレゼントが被るなど、そんなの全然一番じゃない。
 床から顔を上げる。そうすれば今度は本棚が目に入った。漫画ばかりで小説の類は一切見られない、まさに趣味丸出しの本棚。暇なときなどたまに読ませてもらってるが、切島が読む漫画はたいていスポーツものかバトルものだ。いわゆる友情努力勝利。途中どんな苦難が待ち受けていても最後は必ず大団円。わかりやすい好み。
 本の手前にはよく分からないフィギュアが数体。ロボットのように見えるが、もしかしたら昔のヒーローかもしれない。それなりにヒーローのことは研究しているが、どっかの誰かさんのようなヒーローオタクではないので、古いヒーローはあまりわからない。置いてある数から見てフィギュアが好きなのではなく、フィギュアのもととなる人物なり作品なりが好きなのだろうが、その元ネタがわからないんじゃどうしようもない。

(やべぇ……、思った以上にいまさらな情報しか得られねぇ)
 変わらずに携帯を見るふりをしながら、爆豪は眉間にしわを寄せる。既知情報しかねぇぞおい。しかし考えてみれば当然だ。何回この部屋に来ていると思っている。目にうるさい部屋だが、もうそのうるささなんて気にしない程度には爆豪はこの部屋に慣れきっていた。
「…………」
「なー、爆豪」
 思惑が外れた。どうすべきか。爆豪は考え込む。
「なー爆豪」
「…………」
「爆豪! おいって!」
「っ、……なんだよ」
 だが、考え込むあまり切島の呼びかけに反応が遅れてしまった。何度目かの呼びかけに、は、と顔をやるとしゅんと眉を落とした切島の顔。なんだ。なんだってそんな表情をしている? よく分からずその顔を見つめれば、おめぇさぁ、と切島はしゅんとした眉のまま言った。
「その、なんか、あった?」
 ほんの少し、どきり、とした。だが、決して表に出すようなへまはしない。いつも通りをよそおって爆豪は聞き返した。
「なんか、ってなんだよ急に」
「いやぁ、そう聞かれると、うぅ〜んって感じなんだけどよぉ、なんか、ちょっと様子ちげぇなって……」
「…………」
 表には出さないよう気をつけたまま、爆豪は奥歯を軽く噛みしめた。
 そうだ。こいつはこういうやつだった。
 鬱陶しいほどに快活で、熱い一直線の能天気男に見えて、こいつは意外と人を見ている。人の顔色を見抜くのがうまい。そのうえ野生的な直感も強く、頭ではちゃんと認識していなくとも、なんとなくこうなんじゃないかと言うことを肌でじかに感じ取ってくるのだ。声にした言葉ではなく、言葉にした声色や行動で理解する。あまり言葉を明確な形にすることを得意としていない爆豪にとってそんな切島のその超感覚はとても付き合いやすいものであった。だから、一緒にいても楽なのだろう。
 しかし、時折、こうして余計なことまで感じ取ってくるのだから厄介だと思う。知られたくないこと、秘めておきたいこと、ちょっと油断すると切島はそれらを正確につかみ取る。体調不良を押して学校に出たときなど、高確率で切島に見抜かれてしまう。忌々しい。だけど、気がついてくれたという事実に少なからず喜んでいる自分もいるのだから、一層のこと忌々しい。

「なぁ、なんかあったか?」
 切島は再度尋ねてくる。じ、とこちらを見つめるその目には疑惑と心配が隠せないでいる。こいつ、はじめからそれを聞くために勉強に誘ったな。爆豪はすぐに察した。
「なんか悩み事か?」
「んなもん、この俺にあるわけねェーだろ」
 嘘だ。このうえなく悩んでいる。だが爆豪は素知らぬ顔を通す。
「でもよ、お前やっぱここ最近なんか変だぜ?」
「気のせいだろ」
「そんなことない! なんかお前、授業中とかもぼんやりしてる時間が多いぞ! 俺にはわかる!」
 いつもお前のこと見てるからな、となぜかちょっと自慢気に切島は言う。よく見てやがる。確かに、授業中の間も一番のプレゼントのことを考えてしまっている時はある。流石に実習の時は完全に授業に集中するが、座学の時は少々上の空だった覚えはあった。しかしまさかそれにすら気がつかれていたとは。俺なんか見てないでお前こそちゃんと黒板見て授業受けろよこの野郎が!
「それも気のせいだろ。べつに、俺はなんもねぇよ」
 心中で罵倒しながら、爆豪はすぐに首を振ってみせた。なんでもないことのように、平然と。事実、ここ最近慣れぬことで四苦八苦している自覚はあるが、別に心配されるようなこと自体はなにもない。しいて、いうならば一番のプレゼントに悩むあまり寝入りが少し悪いが、その程度だ。心配されるようなことなんて、本当に、なにもない。
「でもよぉ」
「っんだよ、てめぇ俺になにかあってほしいのかよ」
「そんなわけねぇだろ!」
「だったらいいだろ」
「…………っ」
「だいたい、俺が出かけるときといい、お前は杞憂が過ぎんだよ」
「……そうかもしんねぇけどさぁ」
「俺に心配なんていらねぇ。てめぇはてめぇのことだけ気にかけてろ」
 まずは目の前の課題だ。
 爆豪はノートを指さして、切島の意識を逸らそうとした。しかし、切島はじっと爆豪を見たまま視線をそらさない。それどころかやけに真剣な表情をその顔に浮かべている。無理だよ、と聞こえてくる声は少し低い。
「爆豪を気にかけないでいるなんて、そんなの、俺には無理だ」
「…………」
「なぁ、爆豪。本当に、なんもないのか……?」
 低い声のまま、切島は諦めず尋ねてくる。
 さっきまでとは明らかに様子の違う切島に、爆豪は自身が揺らぐのを感じた。本当のことを言ったほうがいいのだろうか。一瞬、そんな考えが脳裏によぎる。けれど、すぐに爆豪はそれを否定した。別に切島に誕生日のサプライズをしてやりたいわけじゃないが、ここですべてを話してしまってはなんだか負けたようで嫌だった。
 誕生日に勝ちも負けもないだろうことくらいわかっている。はたから見たら下らないこだわりだろう。でも、嫌なものは嫌なのだ。切島にはなにも悟らせずに、一番のプレゼントを完遂させたい。絶対に。

「お前が心配するようなことは、なにも、ない」
 爆豪は答えた。嘘ではない。本当のことだ。切島が心配するようなことなどなにもない。言わないと決めたが、もし仮に本当のことを話してみれば、なんだそんなことかときっと切島は拍子抜けするに違いなかった。あぁ、ますますもって言えるわけがない。
「そう、か……」
「あぁ、そうだ」
 重ねて頷く。そしてずっと手にしたままだった携帯を、ぽい、とベッドの上に放って、爆豪は切島の横に座った。そのままその手もとを覗き込む。
「おら、もういいだろ。わかったらちゃんと勉強しやがれクソ髪」
「ば、ばくごう……」
「どーせ、詰まってんだろ。どこだよ」
「うう、お見通しですか……ここ」
 ようやく諦めたのか、切島は言われるがまま問題を指さす。んだよ、こんな問題もわかんねぇのかよ脳みそまでクソかよ。うっせぇ、超イカしてんだろうがこの髪型! 脳みそは否定しねぇのかよ。そんな下らないやり取りを交わしながら、勉強に励む。
 時折、確認するかのようにちらりとこちらを見てくる切島の頭をすぱんと叩く。よそ見すんな集中しろよごらぁとガンを決めれば、にらまれているというのに切島はだらしがない表情を浮かべた。舐めてんのか? 思わず拳をかかげれば、だらしない表情のまま視線をノートにうつす。

 けっきょく爆豪はそのまま真面目に切島の勉強を見る破目になった。順調にペンが進んでいるから、と度々隙を窺ってはなんとか一番のための情報を手に入れようとしたのだが、少しでも意識を逸らそうものなら、驚異的な嗅覚で察した切島がしゅんと肩を落とすのだ。捨てられた犬のような反応。ちょっとくらい構わなかったからなんだよ。俺が素っ気ないのなんていつものことだろうが! そう思いつつも、非もない切島の肩をしゅんとさせたままにしておくこともできず、結果として、当初の目的は全く遂げられずに終わった。
 自分はこんなに甘い人間だっただろうか。思わず自問自答するが、もしかしたらそれはいまさらだったのかもしれない。少し前の自分なら、一番のプレゼントなんて、そんなこと自体きっと考えもしなかった。あぁ、もう、なにからなにまでなんてことだろう。まったくもってままならない。
 だからと言って決意は揺らがないが、焦燥は着々と募っていくばかりだった。
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