時間がない。爆豪は焦っていた。
 切島の誕生日はついにもう明日にまで迫っている。けれど、なにも用意できてはいない。爆豪はいまだに切島の一番喜ぶものを理解できないでいた。どうしよう。どうすればいい。いくら考えても、わからない。

「爆豪、眉間のしわすげぇぞ」
「……うぜぇ」
「うわ、超ご機嫌斜め」
「もしかしてまだ悩んでんのか? プレゼントのこと」
「あ、そーなの?」
 頬杖をついていらいらと指先で机を叩く爆豪の傍に上鳴と瀬呂が集まる。3限目終わりの休み時間。切島はちょうどトイレに席を外していた。
「そんなに悩むことないと思うけどなー」
「そうそう、俺だってお前からプレゼントもらったらたぶんそれだけで舞い上がるぜ」
「お前がプレゼントをやるってだけで、もうそれだけでぐんって価値があるからな!」
「ツンデレの特権だよな〜」
「な〜、ずりぃよな〜」
「意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇよ……」
 だからなんだよつんでれって。ツンドラのことか。ツンドラの特権ってそれこそなんだよこいつら人が真剣に悩んでるっつーのにふざけんなよくそが……! 二人は二人なりに爆豪の気を軽くさせようとしているのだろうか、当の爆豪はいらいらが募るばかりだった。
「だから大事なのは気持ちだってば!」
「まぁ、最終的にはそこだわな〜」
「もうそれは聞き飽きたくそが……っ」
「いやいや、でもこれがまじ真理なんだって! なぁんでわっかんねぇかな〜」
「…………」
「ちょ、待って! 無言で手のひら向けるのやめて! 俺切島じゃないから! 硬化できないから! まじ勘弁ごめんなさい顔はやめてぇ! 俺の一番の取り柄なの!」
「あぁ? んなもん初耳だなァそりゃ」
「それは俺も同意」
「ひどい!!! せめて瀬呂は止めるの手伝えよ!!」
 ぎゃあぎゃあと上鳴が騒ぐ。
 そうこうしているうちに、切島が戻ってきた。気がついた瀬呂が、おい、と上鳴を肘でつき、騒いでいた上鳴は慌てたように口を噤んだ。
「やっべー、ハンカチ忘れちまって裾びしゃびしゃだわ」
「うわー、あるあるー」
「いや、ねーよ」
 ぷらぷらと手を揺らしながら、切島は当たり前のように爆豪の机へと一直線にやってきた。そしてなぜか、ばくごー、と真っ先に爆豪の名を意味もなく呼んでくる。む、と見上げれば、切島はどこか心配げな目で爆豪を見おろしていた。
「なんだ、なんかあったのか?」
「え、いやべつに?」
「お、おう、なんも?」
 尋ねる切島に、上鳴と瀬呂が答えた。ちょっと不自然な態度だ。案の定、切島の表情を訝しげなまま。その表情に、ちっ、と舌打ちをこぼし、爆豪は席を立った。
「お、おい、爆豪! どこ行くんだ?」
「トイレ、ついてくんな」
 不機嫌に言い捨てると、余計なこと言うなよと上鳴と瀬呂をひとにらみしてから、さっさと爆豪は教室を出た。


「あぁ、もう、クソがッ」
 トイレに入った爆豪は用を足すことなく洗面台に向き合った。もともとトイレに用があったわけではい。ただ、あの場から離れたかっただけだ。まとわりつくなにかを洗い流すように、意味もなく手を洗う。顔を上げれば、目の前にはひどく険しい顔をした自分自身が映っている。余裕のない顔だ。
「くそ……」
 こんなんじゃ切島に勘ぐってくれと言っているようなものだろう。
 爆豪は意識して息を深くついた。目を閉じて五秒。ふたたびを鏡を見る。だが、そこにはやはりあまり余裕のみられない自身の顔が映っていた。最悪だ。この調子じゃあ教室に戻るのは授業が始まるぎりぎりまで粘ったほうがよさそうだ。
 そう思いながら、爆豪はとりあえずトイレを出た。だが、トイレを出てすぐに爆豪は足を止めた。なぜなら、すぐ目の前を男女二人が横切ったからだった。
「あんたねー、課題忘れるの何回目よ、も―」
「ぐぅ、俺もちゃんとやろうとは思っていたんだ……」
「毎回そればっか。で、今回はなんで忘れたの?」
「昨日はちょっと筋トレに熱が入って……」
「だからってねぇ、小学生じゃないんだから、まったくもう」
 どうやら女のほうが男のほうを叱っているようだ。女のほうは長いオレンジ髪で、男のほうは銀髪でいかつい顔をしている。どことなく見覚えがあるようなないような、二人だった。誰だろうか。一瞬考えるが、爆豪はすぐにどうでもよくなって目をそらした。
「ちょっと、ちゃんと反省しなよ鉄哲!」
 しかし、女のほうが強い口調で言った鉄哲という名に、ふたたび爆豪の意識は二人に戻った。鉄哲。やはりどっかで聞いたことある名前。どこで聞いたんだっけと頭を捻り、しばらくして、あ、と思いだす。そして次の瞬間、気がつく。それはまるで、脳天の雷が直撃したかのような衝撃。
 そうだ。こいつ。こいつがいるではないか。
 あいつとは違うが、だが、あいつによく似た質のやつが。そう、ちょうどすぐそこに!
 これを利用しない手はない。爆豪は動いた。

「おい、お前」
 二人のあとを追った爆豪はその背中に向かって声を投げかけた。そうすれば、二人は立ち止まりそろってふり返った。爆豪にとって見覚えはあるが名前は覚えていないその二人は、B組の拳藤と鉄哲だった。
「……ん? もしかして私たちのこと?」
「お前はべつにいい。そっちのてめぇだ」
「あ? 俺か?」
 いきなり声をかけられた鉄哲は厳めしい顔をぽかんとさせている。だが、そんなこと知ったこっちゃない。爆豪はじっと鉄哲をにらむように見ながら無愛想に告げる。
「てめぇ、放課後空いてるか」
「あ? なんだいきなり」
「いいから、空いてんのか空いてねェのか答えろや」
「あいっかわらず、不遜な奴だな。空いてるけど、それがなんだっつんだッ?」
 鉄哲の返事に、よし、と爆豪は頷く。そして無愛想なままさらに告げる。
「それならてめぇ、放課後ちょっと付き合え」
「あぁ?」
「外出届だして校門で待ってろ。いいか、逃げんじゃねぇぞ」
「逃げッ、あぁ!? この俺がなにから逃げるって!?」
「いや、反応するところはそこじゃないでしょ」
 かっ、と声を荒げる鉄哲に拳藤が呆れたように言う。だが、鉄哲も爆豪も拳藤の言葉などまるで聞いていなかった。
「上等だ! なんか知らねぇが、相手になってやろうじゃねぇか!」
「ふんっ、言ったなてめぇ、来なかったらぶっ殺す」
「放課後に校門だろ、行ってやるよ!」
「外出届忘れんじゃねぇぞ」
「おうっ!!」
 威勢のいい返事。その返事を聞いて、爆豪はもう話すことはないとばかりにさっさと背中を向けた。え、ちょっと、あんたそれでいいの? ちゃんとなんのためか聞きなよ、と拳藤が鉄哲に言うが、鉄哲はどんな理由だろうが関係ない、呼び出されたら真正面からぶつかっていくのだ男だ! とかなんとか答えている。男らしいのかアホなのか、どちらともとれる発言は確かにあいつと少し似ていた。

 鉄哲という男のことはあまりよく知らない。確か、切島とよく似た個性を持っていた気がする。その影響なのかは知らないが、どうやら鉄哲という男は切島とよく気が合うらしかった。どの程度仲がいいのかは知らない。だが、少なくともB組の連中にまるで興味がない自分が、鉄哲と切島はそこそこ仲がいいらしい、と認知している程度には気が合うようだ。
 切島と質がよく似ているというのなら、きっと感性もよく似ているに違いない。つまり、鉄哲がいいと感じたものは高確率で切島もいいと思うことだろう。こいつを参考にすれば、切島への一番が見つかるかもしれない。爆豪は考えた。
 そう簡単にうまくいくだろうか。そう思わなくはないが、リミット直前になって、唐突に思いついた突破口。なんでもいい。これ以上考えていても他にいい案は浮かばないのだから、今はとにかく行動するほかどうしようもない。


◇ ◇ ◇


 なにか言いたげな切島をなんとか交わし続けて、ようやく迎えた放課後に爆豪はすぐさま席を立った。授業が終わった瞬間にがたり、と音を立てて立ち上がった爆豪にクラス中の視線が集まったが、そんなものは気にしない。授業前にすでに荷物を詰め込んでいた鞄を手にして扉に向かう。
「ちょ、え、爆豪っ!? まさか――!」
 切島が驚きの声を上げている。昨日、一昨日と間を開けていたから油断したのだろう。切島がもたもたしている隙に爆豪はさっさと校門に向かった。今日はもう本当に切島の相手をしている余裕はないのだ。時間がない。時間が、ない。

 校門につくと驚いたことに、そこにはもうすでに鉄哲の姿があった。かなり急いできたつもりだったが、なんだこいつ、なかなかやるじゃねぇか。変なところで鉄哲の評価を上げながら爆豪は鉄哲に近づいた。腕を組みながら仁王立ちで立っていた鉄哲は爆豪に気がつくときっと目尻を吊り上げた。
「来たな爆豪! 俺は逃げずに来たぞ!」
「おう、よしじゃあ行くぞ」
「む、どこへだ?」
「どこへって、ショッピングモールに決まってんだろうが」
「へ……?」
 答えると鉄哲はぽかんとした表情を浮かべた。
「な、なぜにショッピングモールだ? 俺はてっきり果たし合いかなにかだと……」
「はぁ? 果たし合いィ?」
 なんだそれはいつの時代の人間だ。あほかと爆豪は鉄哲の言葉を切り捨てる。するとますます鉄哲はわけがわからないと言いたげな表情を浮かべた。
「え、え、じゃ、じゃあ、俺になんの用だっつーんだ? わざわざ、お前が」
「…………」
「俺ぁ、てっきりバトルの申し込みかなにかだと」
「……いや、なんでそうなる。お前、ちゃんと外出届出したんだろうな?」
 頓珍漢な鉄哲に思わず心配になって尋ねれば、おう! と相変わらず威勢のいい応えが返る。
「それはちゃんと出した! だからどっかの河原で熱い殴り合いでもするのかと」
「だからんなわけねぇだろ、あほか!」
「じゃあ、なんなんだ?」
「…………」
「おい、なんで黙るんだ?」
「てめぇは……」
「? おう」
「……てめぇ、あいつと仲いいんだろ」
「あいつ? 拳藤か」
「ちげぇわ……、あいつだ、クソ髪」
「クソ髪?」
「てめぇと似た個性の……」
「個性……、なんだ切島のことか?」
「そうだ。お前、あいつと好きなもん似てんだろ」
「? まぁ、あいつとは気が合うことが多いが、それがなんだ? 関係あるのか?」
「…………」
 鉄哲は質問を続けながら、頭にはてなを浮かべまくっている。爆豪は言葉を詰まらせた。目的ははっきりしている。だが、どうも口にするのはなんというか、ちょっと、気まずいと言うか、気恥ずかしいと言うか……。
 人に頼ることは慣れていない。なんだって自分の力でやりたいから、誰かに協力を求めるなんて不慣れなんだ。上鳴や瀬呂に切島へのプレゼントを聞くときだって、本当は少し、ほんの少しだけ緊張していた。ましてや、今回の相手は上鳴や瀬呂ほどに近しくない相手だ。
 だがここで引くという選択肢は爆豪には、ない。決めたんだ。切島に一番をやるのだと。

 爆豪はすぅっと息を吸いこんだ。そして、吐きだす勢いのまま叫ぶ
「明日あいつの誕生日なんだよ! てめぇ切島と趣味似てるんだろ! だからてめぇちょっと買い物に付き合えやくそがぁ!! あぁ!?」
 ほとんどやけっぱちのような怒号だった。
「え、と、つまりおめぇは俺に切島へのプレゼント選びを手伝って欲しいと?」
「だからそう言ってんだろうがァ!!」
 さらに爆豪は吠える。少し頬が赤い。そんな爆豪を鉄哲は珍しいものを見るかのように見つめていた。見てんじゃねぇよくそ。こいつちょっとあのアホ面にも似てんじゃねぇのか察しが悪いぞ。ほとんど八つ当たりじみた悪態を心中で呟きながら、ここまでやってもいまいち反応の鈍い鉄哲にしびれを切らした爆豪はむんずと鉄哲の腕をつかむとそのままぐいぐいと無理やり引っ張った。
「ッ、いいからいくぞ!」
「んぐぅ……、よくわからんがまぁいい! 相手になってやると言ったからな! このまま付き合ってやるぜ!」
 鉄哲は細かいことを気にしない男だった。


◇ ◇ ◇


「で、お前はなにが好きなんだ」
「いや、そんないきなり漠然と聞かれてもよォ……」
 平日よりも人がごった返すショッピングモール。ついて早々に尋ねれば、鉄哲は困ったように頭を掻く。まぁ、確かに質問が大ざっぱすぎた自覚はある。ふむ、と頷いてから、爆豪は言った。
「じゃあ、いくつか物を見せていくからてめぇの感想言えや」
「おう、任せとけ!」
 とりあえず、爆豪は瀬呂にも見てもらった候補のいくつかを鉄哲にも見せることにした。

「それじゃあ、まずスポーツタオルはどうだ」
「うをッ、なんだこの刺繍かっけぇな! 良いと思うぜ!」
「そうか……」
 次を見せる。
「このリストバンドはどうだ」
「赤ってのがいいな! 気合が入る色だ!」
「さっきのタオルとどっちがいい」
「うむ、どっちもかっこいいな!」
「…………」
 さらに次を見せる。
「この靴はどうだ」
「おぉ、かっけぇなこれ! フォルムがいい!」
「さっきのリストバンドとどっちがいい」
「色がイケてるのはリストバンドだな! けど、形はこっちがかっけぇな!」
「…………」
 次だ。
「この服はどうだ」
「炎とか超絶かっけぇだろうがおい!」
「さっきの靴とどっちがいい」
「ぐぅ、柄は断然こっちだが、しかしあれもフォルムがいいからなァ、悩む!」
「…………」
 次。
「このシャーペンはどうだ」
「ここのメーカーすっげぇ丈夫でいいよな! 俺も愛用してるぞ!」
「さっきの服とどっちがいい」
「耐久度を考えたらこっちのほうが長く使えて良いが、しかしあの柄は捨てがたい!」
「…………」
 次、次、次、次。
 爆豪はその後もいくつもいくつもプレゼント候補を見せた。候補の数だけ、鉄哲もいくつも感想を述べた。良いな。かっこいい。すっげぇ。イケてる。鉄哲はいくつもの称賛の言葉をあげる。好感触だ。爆豪からしてみれば、え、まじでこんなのがいいのかよ……、というようなものばかりだったが。まぁ、いい。大事なのは爆豪の好みではなく、切島の好みだ。
「……で、お前はどれが一番いいと思う?」
 あらかた見せ終わって、爆豪は尋ねた。う〜ん、と鉄哲は顎に拳を添え、考え込む。爆豪は余計な声をかけることなく、じ、と鉄哲を待った。そして、しばらくして鉄哲はびしっと親指を立てながら、笑顔で言った。
「どれも甲乙つけがたい! 全部良い感じだぜ!!」
 ぶちぃ、となにかがぶち切れる音を爆豪は自身の内側から感じた。

「てめぇふざけんなよ! さっきから我慢して聞いてたらよぉ、てめぇどれもこれも良い良いばっかり言いやがって! 挙句にどっちも良くて選べないだァ? それじゃあ参考になんねぇだろうが!!」
「でもよォ、実際どれも良いんだよ。お前なかなかセンスがあるな!」
「うっせぇ! そんなことが聞きたいんじゃねぇよくそが!!」
「大丈夫! 切島ならどれも喜ぶと思うぜ!」
「そんなんは俺でもわかってんだよォ!いいから貰って一番嬉しいもん言えやごらァ!」
「んなこと言われてもなァ……」
 掴みかからんばかりの勢いで怒鳴れば、鉄哲は困ったように眉尻を下げた。なんだよ。苛立ち交じりに問えば、鉄哲は表情はそのままに言う。
「そのよォ、お前が選びたいのは切島への誕生日プレゼントなんだろ?」
「そうだっつってんだろ! はよ一番選べ!」
「いや、協力してやりてぇのは山々なんだが、わりぃけど俺にはそれは無理だ」
「あぁ!? ふざけてんのかてめェ!!」
「ふざけてねぇよ! 人が真剣に悩んでるっつうのにふざけるなんて、んな男らしくねぇことするか! ……けどなァ、俺だったらダチが誕生日プレゼントくれるってだけで嬉しいからよォ、一番嬉しい“物”って言われてもわかんねぇんだ」
「…………」
 鉄哲の言葉に、爆豪は怒号を引っ込め黙り込んだ。
 鉄哲はさらに続ける。
「その、実は俺も明日が誕生日なんだが、クラスの何人かが明日は用があるからって今日のうちにプレゼントくれたんだよ。明日になったら開けろって言うから、まだ中身がなんなのかはわかんねェーけど、中身がなんだろうと俺はもうこの時点ですげぇめちゃくちゃ嬉しいぞ!」
「…………」
「だからよ、そんなに悩まなくてもおめぇが“誕生日おめでとう”って言って渡せば、あいつのことだからなんでも喜ぶと思うぜ!」
 言いきると、鉄哲は困った表情を引っ込めて、にかっ、と笑う。
 切島に似た、けれど、やはりちょっと違う笑顔。爆豪は鉄哲から視線をそらした。怒鳴る気力もわかず、はぁ、とため息一つ。

「……だから、それじゃあだめなんだっつーの」
 なんだってどいつもこいつも同じようなことばかり言うのか。爆豪は顔をしかめた。てんで理解できない。だって、そんなの全然一番のプレゼントなんかじゃない。べつに、ほかの誰かがそれを実行する分には否定も批判も別にするつもりはないが、少なくとも爆豪が切島に贈りたいのはそう言ったものではなかった。そんな、誰にでもできそうなプレゼントではなく、切島が本当に喜ぶ一番のプレゼントがしてやりたいのだ。
 それなのに、上鳴も瀬呂も、そして切島に似たこの男まで示し合わせたように同じことばかり言う。本当に意味がわからない。わからなさすぎて、もう、なにもどうしようもないほどだ。
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