宣言通り、爆豪はすぐに戻ってきた。
 ペットボトルを手にしており、どうやらそれを買いにいっていたようだ。
「おっ、爆豪おかえりー」
「…………」
「って聞こえてないか」
「…………」
 爆豪は無言で椅子に腰掛けた。先ほどと変わらない同じ無反応。
 だが、もう切島は気にしなかった。だっていまの爆豪に切島のことは見えていないのだから、この反応は当然だ。無視されるほどに怒らせてしまったのだと焦りに焦ったが、そうではなかったことにとりあえず安堵した。
「まじで見えてないんだよな」
「…………」
「おーい、爆豪? ばくごー」
「…………」
 切島は爆豪の顔の前でひらひらと手を振ってみた。
 しかし爆豪の赤い目は真っ直ぐにベッドで眠る切島のほうを見つめ続けていた。本当の本当に見えていないようだ。切島はすぐに手を引っ込めると爆豪の横顔を見つめた。眠る自分を見つめる爆豪を見つめる。なんとも不思議な光景だった。
「う〜ん、でも、ここまで無視されるとやっぱちょっと凹むかも……」
 幽霊になっているのだから仕方ないとはいえ、ちょ〜っとくらいは気がついてくんねェかなぁ、なんて期待を抱きながら、穴が開くのではないのかというほどにしつこく爆豪を見つめ続ける。
「……ん? あれ?」
 そうしているうちに、ふと気がついた。
 静かな爆豪の横顔。すっと通った鼻筋、意外と長い睫毛、男のわりに白く透き通った肌。とても美しいと思う。けれど、どうだろう。なんだか、美しいその横顔が普段と比べてやけに青白いような、そんな気がした。
「爆豪、なんか顔色悪いな」
「…………」
「もしかしてどっか調子悪いのか?」
 今朝、一緒に家を出た時は特に顔色に問題はなかったように見えたが、どうしたのだろうか。切島は気になった。
「それとも今日の仕事きつかったのか? おめぇんとこの事務所、出動要請多いからなぁ」
「…………」
「ごめんなぁ、俺がへまなんてしなけりゃ少しは助けになれたかもしんねェのに」
 所属事務所は違うが同じヒーローとしてきっとなにかできることはあったはずだろうに、なんで自分はあんな油断をして病院の世話になどなっているのか。あらためて反省する。
「無理すんなよ爆豪。俺は大丈夫だからさ、おめぇは先に帰ってゆっくりしてくれよ」
「…………」
「やっぱ、聞こえないか……」
 切島はしゅんと肩を落とした。
 もどかしいなぁ、と切島は口を結び爆豪の横顔を見つめ続けた。それ以外に、いまの切島にできることはなかった。
 
 
 こんこん、と音が響いたのは、それからしばらくしてのことだ。
「はい」
 切島に代わり爆豪が答えると扉はすぐに開き、上鳴と瀬呂がそろって姿を現した。
「なんだおめぇら、わざわざ来てくれたのか?」
 爆豪はともかく、まさかこの二人まで見舞いに来てくれるとは思ってなかった切島は目を丸くさせた。大した怪我ではないというのに、わざわざ足を運んできてくれたのか。同じヒーローとして、二人とも忙しくやっているだろうに。
「よーっす、どう? 切島の様子は」
「変わりねぇ。間抜け面でぐーすか寝てる」
「そっか……、まだ起きねぇか」
 上鳴と瀬呂は爆豪の横に並ぶと、二人そろってベッドの切島を見つめた。そのすぐ隣に霊体の切島が立っていることには、やはり気がつかない。
「おー、おー、確かにこりゃ間抜け面だ」
「でもまぁ、どっかの誰かさんのあほ面よりはましじゃね?」
「んん〜、そのどっかの誰かさんって誰かなぁ、ん〜、まさか俺じゃないよなぁ?」
「どうだろうなぁ」
「言っとくけど俺もうだいぶ出力量上がったからね? ちょっとやそっとじゃもうウェ〜イしないからね?」
「あれ、でもお前この間のヒーローインタビューの時……」
「はい! この話終わり!!」
「てめぇらうるっせェぞ」
 ぎ、と爆豪が二人をにらむ。二人はそろって、はい、と返した。
 沈黙。だが、しばらくもしないうちに上鳴がふたたび口を開いた。
「それにしても、今日で一週間だっけ? なんか、あっという間だったなぁ」
「ほんとになぁ。まったく、どうしちまったんだか切島は」
「…………」
「は? なに? 俺がなに? 一週間? え、っと、なんのことだ?」
 なんのことか、話が見えず切島は大量の疑問符を浮かべた。
「もう一週間とか、まったくどんだけ寝てる気なんだよー」
「こっちの気も知らないで気持ちよさそうに寝ちゃってさ、しょうのない奴だ」
「…………は? ちょ、上鳴いまなんて言った? えっ、一週間、寝てる、って…… えっ、ちょっ、俺が? もしかして俺のこと言ってんの?」
 続けられた上鳴と瀬呂の言葉に今度は呆然と目を見開いた。待ってくれ。ちょっと意味がわからないぞ。しかし、そんな切島の様子に三人が気がつくはずもなく、会話は続けられていく。
「怪我自体は酷いもんじゃなかったんだろ?」
「……あぁ、頭は強く打ったらしいが持ち前の石頭で瘤ができた程度。ありとあらゆる検査をしたが身体にも脳にも異常は一切なし、脳波も正常」
「交戦したヴィランの仕業ってことは?」
「それももうとっくに調査済みだっつーの。あの日切島と交戦したヴィランは全員とっ捕まったが、そう言った個性の奴はいなかった」
「そっかぁ、やっぱ原因は不明のまま、ってことか」
「どーなってんだかねぇ……」
「捜査のほうは進んでんの?」
「……いまんとこ、有用な手がかりは見つかってねェ」
「そうかぁ……」
 最後に暗いトーンで瀬呂がつぶやき、三人はそろってベッドの切島へと視線をやった。爆豪は無表情だったが上鳴と瀬呂は、やけに神妙な表情を浮かべていた。
 切島はというと目を見開き呆然とし続けていた。突然の事実に頭が追いつかない。
 おいおいおい、ちょっとまじで待ってくれよ。てんで意味がわからない。今日で一週間? どんだけ寝てる気かって、俺が? 一週間? 本当に俺が? そんな、まさか……。
 つい先ほど幽霊となって目覚めた時点でもうそんなに経過していたなんて、まったくもって驚愕の事実だった。てっきり、今日はまだヴィランと交戦したその日だとばかり思っていた。
「え、じゃあ、まさか……」
 はっ、と切島は気がついた。まさか、もしかして、爆豪は一週間前からずっと見舞いに来てくれていたのではないかという事実に。そして、思いだす。眠り続ける自分を、じっ、と見つめる爆豪の横顔。もしかしてこの一週間ずっとそうやって切島のことを見ていてくれたのではないか。だって、以前もそうだった。
 まだサイドキックとしてデビューしたてのころだった。へまをした切島は三日ほど入院しなければいけない怪我を負ったことがある。命に別状はなかったが、片足をぽっきりとやってしまったのだ。その時爆豪は、てめぇその個性で骨折するとかどんだけふざけた戦い方しやがったんだ? と超絶機嫌を悪くしながらも、病院で退屈する切島に毎日顔を見せてくれていた。
 爆豪はそういうやつだ。切島は知っている。素っ気なく不機嫌な態度の裏に、ひっそりとした愛情を潜ませている。切島はわかっている。自分自身が愛した人のことだ。わからないはずがない。
 だから確信があった。その様子を実際に目にしていなくても、爆豪は今日までの一週間、間違いなく自分のもとを訪れていたに違いない。今日みたいに切島の寝顔を見つめていたに違いない。無言のまま、たった一人、ただ静かに。
「…………っ」
 ぐ、と切島は胸が痛むのを感じた。
 息が苦しくなるほどに胸を襲うそれは、どうしようもないほどの寂寥感と自分自身に対する大きな大きな怒りだった。自分は、なにをしていたのだろうか。爆豪が一人寂しく切島の目覚めを待つ中、なにを、ぼけっとしていたのだろう。

「まぁ、切島のことだからさ! そのうちひょっこり起きるって」
 ふいに上鳴がやけに明るい声で言った。
 暗くなってしまった雰囲気をなくしたいのだろう。だいじょーぶ、だいじょーぶ! とあえて軽薄な口調でくり返す。
「そう、そう。切島がこの程度のことでくたばるわけねェからな」
 瀬呂も上鳴に乗っかるようにして軽い調子で言う。
「頑丈さで言ったらクラス一だったよなぁ」
「それこそ爆豪の爆破に耐えるくらいなんだから、これくらいなんてことねぇわな」
「そーそー! だから爆豪もさ、あんま思い詰めんなよ」
「……べつに思い詰めちゃいねーわ」
 ふんっ、と爆豪は鼻を鳴らす。次いで爆豪は椅子から立ち上がった。
「そろそろ俺は帰る」
「あ、そう? またな〜」
「気ぃつけて帰れよー」
 ひらひらと二人とも軽く手を振る。爆豪はそんな二人を一瞥し、さらに切島を最後に一瞥してから二人に背を向けた。スライド式のドアを静かに開けて、そのまま振り返ることなく行ってしまった。
「……あーぁ、無理しちゃってさぁ」
 閉まった扉の向こうからかすかに聞こえる足音が聞こえなくなったところで、瀬呂が言った。ふたたび表情を暗いものにして、爆豪が出ていった扉を見つめている。
「切島もだけどさ、爆豪は爆豪で大丈夫なんかな」
「顔色、悪かったよな」
「心配なんだろうなぁ、切島のこと」
「そりゃあ、心配もするって。俺たちだってこんなに心配してんのに、爆豪だったらなおさらだろうよ」
 切島と爆豪の関係を知っているものは極々少ない。上鳴と瀬呂はその極々少ない人間のうちのひとりとふたりであった。目覚めぬ切島のことを心配してくれている二人は、同時に爆豪のことも深く心配してくれているようだ。
「あ〜ぁ、まじで切島はやく起きてくんねェかな〜。そうすりゃこの胸のもやもやは一気に吹き飛んじまうのに!」
「せめて原因だけでもわかればな、俺たちにもなんかできることあるかもしんねぇのに」
「ただ待ってるだけしかできねぇなんて……、やるせねぇぜ」
「爆豪のこと思うと余計にな」
 はぁ〜ぁ、と二人はそろってため息をつく。
 切島はショックが抜けないまま、呆然としながらも二人の会話を聞き続けていた。そして、徐々に現状を理解していけばいくほどに、じわじわとした焦燥感が全身に巡るのを感じた。
「爆豪……、爆豪!」
 いてもたってもいられず、切島は走りだす。飛びつくように、がっ、と扉に手をかける。だが、閉じてしまった扉は重く、開けられない。
「くそっ、開けよッ!」
 これじゃあ爆豪のあとを追えない。切島は大きく舌打ちをこぼした。
 幽霊だっつーのに、扉の一つもすり抜けられねぇのかよ!
 大きく腕を振り上げて、苛立ちに任せて乱暴に扉を叩く。だが、握りしめた拳が扉を叩くことはなかった。不思議なことに切島の手は、すっ、目の前の扉をすり抜けてしまったのだ。
「うわっ!?」
 スカった勢いに身体が前のめりに倒れ、眼前に扉が迫る。切島は反射的に目をつぶり衝撃に備えたが、実際には予測したような衝撃はないまま、一歩、二歩とたたらを踏んだ。
「あ、れ……?」
 目を開ける。すると、ちょうど目の前を白衣の看護師が通り過ぎていくところだった。どうやら廊下に出られたようだ。ふり返ってみれば半身が扉にめり込んでいた。まじでか、まじですり抜けられた。呆けかけて、はっ、とする。ぼんやりしてる場合じゃない!
 切島は急いで爆豪のあとを追った。


 爆豪はちょうど病院から出ようとしているところだった。
 見慣れた背中に爆豪! と切島は叫んだが、爆豪は振り向かない。切島は足を止めずに爆豪の横に並ぶと、あらためて横顔を覗き込んだ。やはり、いつもと比べて顔色が悪い。
「爆豪、ちょっと待てよっ」
「…………」
「なぁ、爆豪ごめん。俺、一週間も寝たままだったなんて……」
「…………」
「心配、かけちまったよな」
 ごめん、と切島はもう一度くり返した。だが、すぐ隣に霊体の切島がいるなど知る由もない爆豪は無反応のまま。駐車場につくと、切島も見慣れているバイクへと一直線に向かい、そのままシートにまたがった。かちり、と鍵を差す音、次に、ぶぉん、と低いエンジンの音。
「だから待てって、爆豪、まだ言いたいことが――!」
 このままでは置いていかれてしまう! そう思った切島は咄嗟にバイクの後ろへ飛び乗った。直後、バイクは発進した。
「うぉっ……!」
 反射的に目の前の爆豪の肩に手を置く。やばい、落ちたらこれシャレになんねぇんじゃ、と切島は焦ったが、いまの身体でそれは杞憂であった。
 最初は緩やかなスピードだったが、道路に出た途端バイクは一気にスピードを増した。しかし、霊体だからか、結構なスピードで走っているにもかかわらず切島の肌が風の感触を感じることはなかった。バイクが信号を曲がっても、遠心力に身体が引っ張られることもない。
 試しに思いきって爆豪の肩から手を離しても、切島の身体が道路に放り投げられることはなかった。壁をすり抜けたことといい、霊体とは不思議不思議のオンパレードだ。本体から離れてどこまでついていけるかも不安だったが、爆豪が無事は家につくまでなんの支障もなくついていくことができた。

 家について早々、爆豪は荷物を乱暴にソファに放ると、そのまま自身もソファに乱暴に腰を下ろした。はぁ、と深いため息。疲れが隠せないでいるそのため息だ。
「爆豪、本当にごめんなぁ。そんで、あんがとな。疲れてるのに毎日見舞いにきてくれて」
 すげぇ嬉しい、と切島は無駄とわかっていながら語りかけた。
 爆豪は目を閉じていた。その肌はとても青白い。本来の色の白さだとか、灯りがついていないからだとか、そう言った理由とはまた違うであろう青白さ。原因はやはり、理由もよくわからないまま一週間も目を覚まさない自分なのだろう。これは己惚れではない。ずっとずっと爆豪を見ていた切島にはわかる。
「心配かけちまってほんとごめん」
「…………」
「けど、俺は大丈夫だ。すぐに起きっからさ」
「…………」
「ちょっと寝坊しちまってるけど、絶対にちゃんと起きる!」
 切島は声をかけ続けた。無意味だろうけど、止まらなかった。
「検査には問題なかったんだろ? 原因がわかんねぇのはあれだけど、それだったらそんな心配いらねぇって!」
「…………」
「それより爆豪、おめぇのほうこそ顔色わりぃぞ? 大丈夫か?」
「…………」
「見舞いに来てくれるのはすっげぇ嬉しいけどさ、具合が悪いんだったら無理はするんじゃねぇぞ爆豪」
「…………」
「最近寒くなってきたからな、風邪とか気をつけ……、って爆豪?」
 さらに言葉を重ね続けているとおもむろに爆豪は起ち上がった。そのままリビングを出ていく。どこに行くのだろう。気になった切島はさながら親ガモについていく子ガモのようにひょこひょこと爆豪のあとに続いた。
 帰ってきたばかりでまた出かけるのかと思ったが、なんてことはない。爆豪が向かった先は風呂場であった。シャワーを浴びるのだろう。湯を溜めぬまま、爆豪は上着を脱ぎ始めた。さらに続けてシャツを脱ぐ。そうすれば白い肌が間近に晒された。
 ぽこりと綺麗に並んだ腹筋が肌寒さにか、ふっ、と小さく震え、腕が動くのに合わせて、白い肌に肋骨の影が艶めかしく浮かぶ。作りこまれた美しい身体。切島は思わず見とれた。
 だが、爆豪がベルトに手をかけたところで、はっとした。
「ちょっ、こっ、待て待て待て!」
 これってもしかして覗きじゃねぇか!? と気がついた切島はあわあわとダッシュで洗面所から出ていった。
 廊下の壁に背中を預けて座りこむ。霊体のいまの身体にあるのかないのかわからない心臓が、どっ、どっ、どっ、とはねているような、そんな感覚を覚える。爆豪の裸などもうとっくに見慣れてしまっているはずなのに、それどころか数え切れないほどにその身体を貪ってきたというのに、ふいうちで見てしまった白い身体に動揺が隠せなかった。
 しばらくして、背後からシャワーの水音が聞こえてきた。なんてことない水音だというのに、やけに耳につく。きっと、いまならば覗いても気がつかれない。だって見えていないのだ。覗いたからといって、怒られることはない。つまり、見放題だ。あの恐ろしいほどに美しい身体が、無防備に晒されている様子が見放題!!
「いやいやいやいや、なに考えてんだ!!」
 ふざけたこと考えてる場合か俺の馬鹿野郎!
 切島は身体の向きを反転させると、がんっと壁に向かって頭を打ち付けた。しかし、ぶつけたはずの頭にはなんの痛みも襲ってはこなかった。どうやら、痛みも感じないようだ。
 
 悶々とした気持ちを抱きながらも、切島はきっちりとリビングで爆豪を待っていた。正直、誘惑はとても強かった。それでも、切島は耐えた。鋼の意志で耐えきってみせた。ばれないからってやはり不義理はだめだ。欲望に負けて好き勝手してしまっては、無事に目が覚めた時、爆豪に合わせる顔がない。
 なぜか直立したまま、切島はさらに意味もなく数字を数えて爆豪を待った。爆豪が髪を乱雑に拭きながらリビングに戻ってきたのは数えていたその数字が千に届くか届かないかといったところだ。
「爆豪! 俺、覗かなかったからな!」
 切島は無駄に主張した。
「…………」
 だが、爆豪は相変わらず無反応のまま。ソファに座るとすぐにテレビをつけた。映ったのは毎週やっているバラエティ番組だ。がやがやとした笑い声が、静かなリビングを賑やかす。
「あ、最近この芸人よく見るよな」
「…………」
「身体張ってて根性があるって、うちの先輩が褒めてたんだよなぁ」
「…………」
「え〜と、名前はなんつったっけ」
 反応がないと理解しつつも、いつもの癖で切島は話しかけた。
 爆豪の隣に腰掛けて、一緒にテレビを眺める。画面には罰ゲームで全身を粉まみれにしたお笑い芸人の姿が映り、どっ、とより一層大きな笑い声が響いた。だが、テレビを見つめる爆豪はなにひとつ楽しそうではなかった。
 そもそも、爆豪はあまりこういった番組は好きではないはずだ。特にぎゃあぎゃあと騒ぐばかりのリアクション芸人が嫌いで、切島がそういった番組を見ていると頭が馬鹿になりそうだと言って勝手にチャンネルを変えてしまう。
 なのにいまの爆豪はまったくチャンネルを変える気配がない。テレビを見つめながらも、爆豪の意識はそこにはなかった。ならば、どこにあるのか。きっと、考えるまでもない。
 ざわざわと胸が騒ぐ。落ち着かない。
 けっきょく切島も、テレビ画面を見つめつつも途中からその内容など一切頭に入ってはいなかった。爆豪は動かない。それなのに爆豪の一挙手一投足が気になって仕方がなく、テレビどころではなかった。

 爆豪が次に動きを見せたのは騒がしいバラエティ番組が終わって少ししたくらいのことだった。テレビの電源を落とし、ソファから立ち上がるとさらに爆豪はリビングの明かりを消してリビングを出ていく。
 今度はどこに行くのか。ふたたびついていけば、爆豪が向かっていったのは寝室だった。もう寝るのか。やっぱり疲れていたのだろう。切島は、ゆっくり休めよ爆豪、と声をかけようとして、あれ、と気がつく。
「爆豪? 晩飯食わねぇのか?」
「…………」
「俺んとこ来る前にすませたのか?」
「…………」
「なぁ、その……、まさか、だけどよ」
「…………」
「食ってないってことは、ない、よな?」
 嫌な予感だった。杞憂であるとそう思わせてほしいのに、爆豪はやけにのろのろとした動きでベッドに身を横たわらせた。緩慢な動きのまま毛布に包まり、はぁ、と幾度目となる大きなため息をこぼしながら目を閉じてしまう。
 やはり、もう眠ってしまうつもりのようだ。現在の時刻は21時前。学生のころから爆豪の就寝時間は早いものだったが、それにしたって早すぎる就寝だった。
「…………」
 じわり、と胸に浮かぶ不安の色が濃くなる。爆豪。思わず呼びかけるが、爆豪が目を開けてくれることはなく、次に爆豪が身を起こしたのは朝日がカーテンの隙間から差し込むころになってからだった。
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