02


『リヴァイッ』

 ――――――――呼ぶ声がした。





 目を開けると、そこには見知らぬ天井が広がっていた。
 まどろみも何もないはっきりとした覚醒だった。突然のことに、リヴァイの頭は静かに混乱する。ここはどこか。今まで自分は何をしていたのか。意識は目覚めていながらも、思考がそのスピードに追い付けていなかった。けれどその実、起きたら見知らぬ場所だったというこの現状に、大した不安は感じてはいない。
 身じろぎをすると、するりとしたシーツの感覚が指先に伝わって、どうやら自分はベッドの上に横たわっているらしいと気が付く。身を起こそうとすると、ずきり、と頭が痛んで開いたばかりの両目を強く瞑った。ずきずきずき、と鈍い痛みは顔をしかめてしまうほどで、しかし、さして時間もかからずに治まってくれた。
 あらためて目を開ける。電気のついていないらしい部屋は全体的に薄暗い色をしていた。けれど、目覚めたばかりの眼にはちょうど良かったかもしれない。乾いた感覚に何度も瞬きを繰り返しながらリヴァイは辺りをぐるりと見回してみて、そして自身がベッドに寝ていたこともあって、すぐにここが寝室と呼ばれる部屋であろうことを察した。
 身を預けていたベッドは、随分と大きなベッドだった。ベッドから降りようとリヴァイが足を延ばしてみても、中央の位置からでは足先がなんとか縁に届く程度で、ずりずりと尻で移動してようやく床に足が届いたほどに大きなベッド。どうしてそんなベッドに自分は寝ていたのだろうか。再び考えてみて、今度はすんなりと答えが出た。
「エルヴィン……」
 きっと、彼が眠ってしまったリヴァイを寝室まで運んでくれたのだろう。
 ベッドのすぐそばには、風呂から出た時と同じように、ご丁寧にスリッパが揃えられていた。どこまでも気の利く奴だ。

 スリッパを履いて、リビングへと出る。壁に掛けられた時計を見ると、針は数字の四を指していた。学校を出たのが確か二時過ぎだったはずだ。その後一時間ほど当てもなくふらつき、公園でエルヴィンと会ったのが三時過ぎ頃だとして、一時間近く眠っていたらしい。
 だが、今は時間なんてどうだってよかった。それよりも、リヴァイの意識は一人の男に向けられていた。エルヴィン。しかし、当然あると思っていた彼の姿がリビングに見えず、リヴァイは首をかしげる。
「エルヴィン……?」
 呼ぶ、というよりは、無意識に呟くようにして彼の名を口にするが、返事は返ってこなかった。姿がないのだから、それは当然のことである。けれど、リヴァイは納得できない。
「エルヴィン?」
 もう一度、呼ぶ。だが、結果は同じだった。リビングは静まり返ったまま。かち、かち、と鳴る秒針の音がやけに響いて耳につく。なぜだろうか。リビングは先刻とその姿を少しも変えていないはずなのに、ただエルヴィンの姿がないというだけで、まるで別世界のようにリヴァイは感じた。
 いないとわかっているのに、何度もリビングを見渡す。どこにいったのだろうか。一歩、また一歩とゆっくり足を進めながら、頭の中はそれだけでいっぱいだった。どこだ、どこにいった。俺を置いてどこにいってしまった。
「エルヴィン……」
 何度目かになる彼の名前。それしか口にする言葉を知らぬように、呼び続けた。その時だった。そんなリヴァイの気を引くようにして、その音がしたのは。

 ぴぴぴぴ、と愛想のない機械音が、静かなリビングに響いた。その音は大きさにしてみればそうたいしたものではなかったが、不意打ちのように聞こえた音にリヴァイは驚いて、その場にぴたりと立ち止まった。
 ほんの少しの硬直。すぐに音の原因を探すと、テーブルの上に置きっ放しにされたリヴァイの携帯電話がちかちかと光っている。早く取って、早く取って、とねだるように鳴りつづけるそれは、どうやらメールではなく電話のようだ。
 そんなわけないはずなのに、リヴァイは一瞬、携帯の向こうにエルヴィンの気配を期待した。だから、手にした携帯画面に浮かぶ“エレン”の文字を見て、思わず、うんざり、の一言がぴったりな表情を浮かべてしまった。妙な脱力感が足元を襲う。
「………、」
 放置してもいいだろうか。ついつい浮かんでしまった選択はとても魅力的であったが、エレンのいつもの執念を思い出して、結局リヴァイは電話に出ることにした。
『リヴァイ!やっと出たな!』
 第一声からこれだ。
「……うっせぇなぁ」
『うるさいじゃないよ、もぉ。早く出ないリヴァイが悪い』
「ふざけんな、出てやっただけでもありがたく思え」
 随分な物言いだったが、エレン相手にはいつものことだ。本当に話をするのが嫌な相手であったなら、どれほどうるさく着信が鳴り響こうとリヴァイは電話を取ろうとはしない。そもそも、そんなやつがいたら初めから番号など交換しないし、仮にしたとしても早々に着信拒否をする。面倒だ面倒だと思いつつ電話に出るのは、結局はそれなりに心を許しているからだ。
 エレンは、そんなリヴァイの心情を野生の獣の感を髣髴とさせる正確さで理解していた。だから、リヴァイの素っ気ない物言いにも、決してへこたれたりしない。現に、尊大なリヴァイの台詞を華麗にスルーして、エレンは、それより!とさっさと話を進める。
『メールちゃんと見たよな?』
「?……あぁ、そう言えばあったな」
『ちゃんと、見た、よな?』
「…あぁ」
『じゃあ明日、海行くよな!』
「なんでだよ」
『?なにが』
 なにが、ではないだろう。なんでメールを見ただけで海へ行くことが決定しているのか。相変わらず、エレンの思考回路は謎だ。
「誰が行くって言った」
『え?じゃあ、まさか…』
「俺は行かない」
 メールを貰った時点で、リヴァイは海へ行くか行かないかの答えを出してはいなかった。あの時は、自身の思考に深く捕らわれていて、とてもじゃないが海がどうのこうの考える気にはなれなかったからだ。
 しかし、今、リヴァイの頭は改めて考えるまでもなく『海へは行かない』という選択をしていた。当たり前のように、絶対のように。
「用件はそれだけか?なら切るぞ」
『ちょ、ちょ、待て、待ってください!』
「……んだよ」
『なんで行かないんでっ……だよ』
 何か予定でもあるのか?とそれは一番に確認しておくべきものではないのだろうかと思われる台詞をエレンは今更になって聞いてきた。
「予定、は、ないが……」
『だったら別にいいじゃないか』
「よくない。とにかく、俺は行かない」
『なんで!理由は?』
「そ、れは………、」
 そう聞かれてしまうと、言葉に詰まる。明日の予定はない。なにをしよう、あれをしよう、これをしよう。そんな考えは一切なく、しかし、だからと言って、まったくの暇かと言うとそれは正確ではない。
 じゃあ、なぜ海に行かないのか。答えは簡単だ。明日もリヴァイはエルヴィンと一緒にいるから。だからエレンと海には行かない。行けない。だが、ではなぜエルヴィンと一緒にいるのかと問われると、リヴァイは言葉だけでなく答えにも詰まる。そんなの、こっちが訊きたいくらいだ。
『リヴァイ?』
「………、」
『…なぁ、どうかしたのか?リヴァイ、なんかいつもと違うぞ』
「………っ、」
 確かに、今のリヴァイは普段と違うと言っていいだろう。異常であるつもりはない。しかし、本当に正気であったなら、リヴァイの姿が今この場にあるはずがなかった。こんな、今日初めて会ったばかりの見知らぬ男の家になど…。
 だからきっと、今の自分はどこかが普段と違う。けれど、普段と少し違うだけであって、それは異常なのではないかと聞かれたら、そうではないともリヴァイは思う。異質ではあるが、異常ではない。上手く言葉にできないが、少なくともリヴァイは現状に至るまでの選択を、間違っているとは思っていなければ、後悔もしていなかった。
 だが、他人の眼からしてみれば、リヴァイの選択は異常と取られても仕方ないのかもしれない。リヴァイ自身も、自分は異常ではないと思いつつも、頭の片隅では異常であると思われても仕方がないと自覚していた。多分、その自覚の部分が気が付かぬうちに不安定な形で表に漏れ出て、エレンへと伝わってしまったのだろう。
 子どもっぽくて我ばかり強いエレンだが、なんだかんだ言って彼はリヴァイのことをよく見て、そしてよく理解している。電話越しであるというのに、いつもと違うリヴァイの部分をエレンは敏感に感じ取っていた。
 彼は、ぐっと声を落とすと、いつもはなんだかんだ言って付き合ってくれるのに今日はおかしい、と訝しみ窺うような、それでいてどこか案ずる様子で言った。
『もしかして、具合でも悪いのか?』
 ここで、そうだ、と頷いてしまえば話はさっさと終わったのかもしれない。いくらエレンが強情な奴だと言っても、人の具合を無視してまで自分の意志を押し通すような奴ではないことを、リヴァイはよく知っていた。
 しかし、よく知っているからこそ、リヴァイには純粋にこちらを心配している人間に嘘をつくなどということはできなかった。
「………いや、大丈夫だ」
『じゃあ、どうしたんだ?』
「………、」
『リヴァイ?』
「……とにかく、明日は無理だ。俺は行かない」
 もう、無理やり話を終わらせる以外にリヴァイは道を見出すことができなかった。おそらく、現在の状況を馬鹿正直に話したところで、理解されることはないだろう。それどころか、何をやっているんだ、と非難されるかもしれない。
 仕方がない。わかっている。自覚している。だから、非難を向けられたとしても、逃げずに全部甘んじて受けようと思う。でも、もし非難の矛先がリヴァイ自身ではなく、リヴァイの手を引いてくれたエルヴィンに向かったら……。
 そう思うと、たとえエレンが相手だったとしても真実をそのまま話す気には慣れなかった。
『リヴァイ、本当に大丈夫なのか?』
「…だから、大丈夫だ」
『でも……、』
「なんでもない、ただ、気分が乗らないだけだ」
『リヴァイ……』
 ここからはもう堂々巡りだった。大丈夫だと主張するリヴァイと、けどなんかやっぱり変だぞと心配するエレン。冗談抜きで、十分以上そのやり取りを繰り返した気がする。
『もう、らちが明かない!いいよ、今から俺リヴァイんちに行くから!』
 先にしびれを切らしたのはエレンの方だった。気の短い奴であったから、十分も持った方がむしろ凄いくらいだろうか。今にも走り出しそうな勢いで宣言し、実際に電話の向こうでばたばたと乱暴な足音が聞こえてくる。
 リヴァイはため息をついた。エレンとの押し問答に疲れ切り、そのまま、好きにしろ、と投げやりに答える。
「どーせ行ってもいねぇけどな」
 すぐに、余計なことを言ったと思ったが、後の祭りだ。
『それじゃあ、どこにいるんだよ』
「………どこでもいいだろ」
『…やっぱり、今日のリヴァイおかしい』
「もうその話はいいだろう」
『よくない!おい、いいから言えよ、どこにいるんだ?今すぐ行くから――』
「いい加減にしろよ、エレン」
 頑として聞き分けようとしないその態度にもう限界だった。エレンと同じでリヴァイもそう気が長いつもりはない。いくらこちらの身を心配しているがためとは言え、延々と続く変わらぬやり取りには流石に辟易とせざるを得なく、加えて「いいから言えよ」と言ったエレンの高圧的な口調がリヴァイにはやけに癪に障って仕方がなかった。
 自然と低くなる声。電話の向こうでエレンが怯むように、ひっ、と息を飲んだような声がした。だがリヴァイは構わなかった。
『っ、で、でも』
「でも、じゃない。俺は言ったよな?海には行かないって」
『………はい』
「具合も本当に悪くない。だから余計な心配をする必要はない」
『………、』
「海にはまたいつか付き合ってやる。わかったか?」
『………、』
「じゃあな」
『あっ、ま―――、』
 まだ何か言いたげな様子だったが、リヴァイは無視して一方的に通話を終わらせた。そのまま携帯電話の電源を切ろうとして止まる。ふ、と脳裏に浮かぶのは四人の兄姉らの顔だった。

(あいつらに、連絡入れておいた方が良いよな…)
 あの兄姉たちのことだ。無断外泊はおろか、門限から一時間過ぎただけであっても即警察に飛び込んでもおかしくなく、それだけは何が何でも阻止しなければならなかった。
 しかし、ただ連絡を入れるにしても問題があった。それは、どうやってエルヴィンの存在を出さないまま現状をごまかし、かつ外泊の許可を取るか。そして、兄姉たち四人の誰に連絡を入れるか、である。
 まず、姉は駄目だ。紅一点である彼女は年上の姉ではあるが、一番年が近いこともあってかリヴァイの中では守るべき範囲に一番近い場所に立っている存在であった。あまり無駄な心配はかけたくない。だが、兄姉の中でも一番リヴァイの変化に敏感である彼女に、エレンにすらいつもと様子が違うことを見破られた今の心情を隠し切ることはきっと不可能であり、そんなリヴァイを彼女はきっと深く心配するに違いない。だから、できれば今は姉と話をしたくはない。だから、姉は駄目だ。
 普通に考えれば一番上の兄に連絡を入れるべきなのだろうが、しかし一番上の兄も駄目だ。リヴァイに甘いのは兄姉全員の共通点であるが、長男だけあって、長兄はそれ相応に厳しいところもあった。理由さえしっかりしていれば、大概の願いは聞き届けてもらえるが、その理由が曖昧であったり我儘の領域であったりすると絶対に受け入れてもらえることはない。リヴァイ自身はあまり我儘を言ったことがないので経験は少ないが、他の兄姉三人が、小遣いの前借だとか海外旅行だとか、必死に長兄を拝み倒して説得しては、にべもなく却下されている姿を何度となく見たことがある。姉が駄目な理由と似たようなもので、エレンにすら現状を上手く話せないでいるリヴァイに長兄を説得できるだけの自信はない。だから、長兄は駄目だ。
 続いて次兄。適度に厳しい長兄とは逆に、次兄は甘い。甘すぎるほどに甘いほどで、どんな理由であってもリヴァイの願いなら出来る限りを持って聞き入れてくれる。だがその一方で一番、束縛的なのも次兄だった。いつもより少し帰りが遅くなっただけで、それはもう大げさなまでに心配する。厳しく怒るわけではないが、鬱陶しくなるまでに構ってくる。そんな次兄の場合、仮に上手く理由を誤魔化して外泊の許可を取れたとしても、俺も一緒に外泊する、だから家の場所を教えろ、と言いかねない。それは無理だ。だから、次兄も駄目だ。
 となると、残るのは三兄しかいない。三兄は他の兄姉に比べ、唯一の弟ということもあってか、リヴァイに尊敬されたい念が強いらしい。威厳のあるかっこいい兄として見られたいためか、あまり露骨に甘やかしてくることはなかった。その代り、頼りにされると滅法弱く、また、他の三人と自分は違うんだぜとアピールするためか、あいつらはああ言っているが俺は賛成できねぇなぁ、だとか、あいつらは頭が固いから駄目だって言っているが俺は良いと思うぜ、だとか、三人とは真逆の意見を言うことが多い。そのくせ、やっぱり根っこの部分ではリヴァイに甘く、押し切られると弱い部分がある。だから、狙うとしたら三兄が良いだろうか。

 よし、と決心して、リヴァイは家族のグループから三兄の名前を選びボタンを押した。一回、二回、三回、と鳴るコール音。兄姉たちはいつも決まって四回目のコールが鳴る前に電話に出る。だから、リヴァイは今までよっぽどのことがない限り、兄姉たちに電話で待たされたことはなく、今回もまた、四回目のコール音を耳にするよりも早くその音は途切れた。
『おう、リヴァイか?』
「あぁ。オルオ、今いいか?」
 オルオとは、三兄の名前だ。リヴァイは普段から兄姉たちのことを、兄さん姉さんではなく下の名前で呼んでいた。どうも、兄さん姉さんと呼ぶのは苦手なのだ。呼んだ瞬間、胸に湧き上がるあの違和感が一層強くなって仕方がない。
『おぉ、おぉ、大丈夫だ。どうかしたか』
「あぁ、実は、ちょっと頼みがあるんだ」
『頼み?なんだ、このオルオ兄さんの力が必要なのか?いいぞ、言ってみろ』
「大したことじゃない。ただ、俺、今日は外泊するから、グンタ達にもそう伝えておいてほしいんだ」
『なんだ、そんなことか。ま、可愛い弟の頼みだからな、聞いてやらんこともない。しかし、そうか、外泊か。リヴァイももう一人で外泊するような年に……………外泊!?』
 あわよくば、さらっと流してくれはしないか。そう思ってあえて軽く言ってみたのだが、しかしリヴァイの願望は残念ながら叶わなかった。どたんばたんばさばさばさ、と何やら盛大に物を落としたかのような音が聞こえたかと思ったら、次の瞬間、兄の大きな声が耳を襲う。
『待て待て待て!リヴァイ、外泊ってどういうことだ!?』
「どういう、って…そのまんまだ。今日は、その、知り合いの家に泊まる」
 やっぱりこうなったか、と零れそうになるため息を飲み込みながら、リヴァイは努めて何でもないことのように言葉を返した。事実、外泊の一つや二ついいじゃないかと思う。確かに、リヴァイは今まで誰かの家に泊まりに行くと言った行為をしたことはないが、例えばエレンなんかは同級生の一人であるアルミンの家によく泊まってたりするらしい。いろいろ面倒で受け入れたことはないが、リヴァイも誘いをかけられたこと自体は何度かある。
『が、外泊はまだちょっと早いんじゃないか…?』
 それなのに、兄姉たちの反応ときたらこれだ。小さな幼稚園児でもあるまいに、いささか大げさすぎるのではないだろうか。
「せっかく夏休みに入ったんだ。少しぐらい羽目を外してもいいだろ」
『けどよ、まだお前は中学生だろ?やっぱりちょっと早いんじゃ……』
「そうか?ペトラだって中学の頃、部活の合宿で家を空けたことがあったが、それと似たようなもんだ」
 屁理屈に近い理屈だ。あまり好ましい手口ではないが、今はなりふり構ってはいられない。
『で、でも、いくらなんでも今日ってのはいきなりすぎねぇか?』
「今日でも明日でも明後日でも、結局は変わらないだろ」
『い、いやいやいやいやいや』
「…………だめか?」
『いやいやい、や……だ、だめ、ってわけじゃ』
「まぁ、確かに、グンタたちだったら絶対に駄目だって言うかもしれない……けど、オルオならわかってくれるよな?」
『ぐっ、……ま、まぁ、そうだな。俺はあいつらとは違ってわかる男だからな!』
 リヴァイの気持ちはよーくわかるぞ!と豪語したオルオの反応はリヴァイの予想通りだ。
 あともう一押し。確信したリヴァイは、けどな、と続きそうになったオルオの言葉をさえぎって、止めの一言を放った。
「なぁ、頼むオルオ」
『ぐ、ぐぬぬぬぬ……………い、いいだろう!リヴァイは俺に似ていつも真面目だからな!夏休みくらい遊びたくなっても仕方あるまい!よし、任せておけ!他の奴らにはこのオルオ兄さんが上手いこと言っておいてやる!』
「本当か、オルオ」
『おう!男に、いや、兄に二言はない!』
 勢いよく宣言した兄の言葉は、正しく二言はないのだろう。見栄っ張りでその場の勢いに流されやすい兄だが、一度した約束を破るようなことは絶対にない。
「悪いな」
『ふっ、気にするな。このくらいどうってことねぇさ』
 芝居がかった口調だったが、最初から最後までオルオの声はリヴァイのことを思い遣ってばかりいる声をしていた。

 最後に、何度か連絡を入れることを約束してから、リヴァイはオルオとの通話を終わらせた。そして、今度こそ電源も一緒に切ってしまうと、真っ暗になったディプレイ画面に、うっすらと自身の顔が映る。眉間に皺を寄せつつ、眉尻を下げた暗く沈んだ表情。
 なんて情けない表情だろうか。そう思いはしたものの、そんな自分を笑う余裕はなかった。目先の問題は、とりあえずは解決した。そのはずなのに、リヴァイの気分は晴れるどころか重く沈みきったままだ。
「オルオ兄さん、か……」
 ぽつり、と呟いて胸に浮かぶのは、やっぱりうまく言葉にできないような違和感だっだ。
 そして、もう一つ。
 それはずきずきとした痛みを伴う罪悪感。あんなにもオルオはリヴァイを弟として可愛がり、頼られることを兄として喜んでいるのに、兄弟という関係に、兄さんという呼び方に、言いようのない違和感を覚えている自分。そのくせ、こんな時ばかり弟という立場を利用して都合のいいように兄である彼を頼っているという事実に、リヴァイはどうしようもないほどの嫌悪を自分自身に感じていた。

 暗い感覚が甦る。嫌な感じだ。
 すごく、すごく嫌な感じだ。
 じわり、じわり、と胸に広がる何か。その広がる何かを食い止めるように、リヴァイは息を詰め、そしてぎゅっ、と目を閉じた。そうすれば、どくん、どくん、と自身の鼓動がやけにうるさく聞こえてくる。
 息苦しさから頭と胸が痛んだが、痛んだ分だけ暗い感覚が少しだけ遠ざかった。だから、気にせず息を止め続けた。暗いそれが、完全にどこかへいってしまうまで、ずっと―――。

「リヴァイ?」
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