祭り会場である、河川敷に着いた。 花火が上がるまではまだまだ時間があったが、祭り自体はもう始まっているらしく、ヤタイとやらもすでに開店されていた。 「予想はしていたが、凄い人数だな」 「あぁ、ほんとすげぇな……」 リヴァイはあまりの人の多さに目を見張った。 普段は、草野球チームのおじさんたちが休日にする試合の時くらいしかにぎわうことのない河川敷も、花火大会の時だけは数えきれないほどの人が集まる。くわえて今日は、祭りの効果もあってか、河川敷には例年にも増して驚くほど多くの人の姿があった。あっちを見てもこっちを見ても、人、人、人。そして、店、店、店。すん、と軽くにおいを嗅いでみると、いつもの花火の火薬のにおいに混じって、甘いような香ばしいようなとても食欲をそそる匂いがする。 「まつり、ってのは、飲食系のイベントなのか?」 「いや、確かに食べ物を売っている屋台が多いが、他にも変わった玩具を売ってたり、景品付きのゲームをすることもできるぞ」 「へぇ……」 生返事をしながら、リヴァイはきょろきょろと辺りを見渡す。 エルヴィンの言う屋台とやらは、小さなテントの店のことを指すらしい。屋台は横一列にきれいに並んで、ずっと遠くの方まで続いていた。ランタンに似た丸いなにかが淡い光を輝かせて、旗のような暖簾のようなものがひらひらと風に吹かれて揺れている。記憶にある河川敷とはまるで違った光景に、まるで別世界にでも来たような気分だ。 「さて、どこから見ていく?」 どこか行ってみたいところはあるか?とエルヴィンは尋ねてくれたが、リヴァイにはなにからどう行けばいいかよくわからない。リヴァイは更にきょろきょろと辺りを見回したのち、困ったようにエルヴィンを見上げた。 「じゃあ、小腹も空いているし、なにか買って食べようか」 「ん……」 任せる、と頷くとエルヴィンは一番傍にあった屋台へと近づいて行った。一緒に続けば、ソースの香ばしいにおいが強くなる。なんの料理だろうかと屋台を覗いてみると、丸っこいなにかが剥き出しの鉄板で焼かれており、その丸っこいなにかを串でひっくり返す手際の良さに、リヴァイは目を見張った。 くるくるくる、とリズミカルに鮮やかなその手腕は、目玉焼きすらまともに焼けなかったリヴァイには到底できそうにない技で、思わず食い入るように見つめ続ける。しかし、自分のすぐ横でエルヴィンが店主に料金を払っているのに気がつき、リヴァイは慌てて財布を取り出した。 「エルヴィン、俺も半分……」 「あぁ、いいよいいよ、大した値段じゃないし、これくらい大丈夫」 「いや、でも……」 「子どもが遠慮するものじゃないぞ」 いいから気にするな、とエルヴィンは聞かない。そのまま、はい、と店主から受け取っていたパック容器を差し出されて、リヴァイは渋々財布をしまうと容器を受け取った。 「悪い……」 「……ちがうだろう、リヴァイ。そこは謝るんじゃなくて、ありがとうって笑顔で受け取るところだ」 私はリヴァイに喜んでほしかっただけで、決して謝ってほしくてそれを買ったわけではないぞ。エルヴィンは真っ直ぐにリヴァイを見て言った。いままでの優しげな笑みが薄れて、どことなく、真剣味を帯びた表情。リヴァイは、はっとした。確かに、ここで謝罪の言葉を口にするのは、エルヴィンの好意を否定しているも同然ではないだろうか。 リヴァイは一度、きゅっと口を結んだ後に、おずおずと口を開いて、そして言った。 「……ありがとう、エルヴィン」 さすがに、笑顔を浮かべることはできなかった。けど、リヴァイの言葉にエルヴィンはにこにこと嬉しそうな表情で、奢ってもらったのはこちらのほうだと言うのに、それ以上に満足げな様子でどういたしましてと言ってくれた。 「さぁ、それじゃあ食べようか」 仕切り直すように言ったエルヴィンの言葉に、リヴァイは渡されたパック容器に視線を落とした。その透明な入れ物の中には、ピンポン玉くらいの大きさをしたなにかが入っている。見慣れない食べものだ。 「これって、なんだ?」 「これはたこ焼きだよ」 「……たこ、って、あのタコか?」 「あの、が何を指しているのかわからないが、このタコは、まぁ、海にいるあれだな」 「……全然、タコの形してねぇ」 「中に入っているんだよ」 「なかに……」 「そう、食べてごらん。あぁ、熱いから気をつけて」 うながされて、リヴァイはたこ焼きを串で刺し、恐る恐る口に運んだ。一口かじると、中からふわっと湯気が立つ。その熱さに、はふはふとしながらもリヴァイはもぐもぐとたこ焼きを咀嚼する。しかし、エルヴィンの言っていたタコの存在はない。あれ?と不思議に思いつつも、残った半分を口に放る。すると、今度はぐにぐにとしたタコの感触が確かにあった。 「どうだ?」 「ん……たこ焼きと言うわりには、タコの要素が少ねぇ気がする」 「はは、実は言うと私も、初めてたこ焼きを見たときは首をかしげたよ」 「でも、悪くない……」 名前程は目立たないが、タコのぐにぐにとした感触は歯ごたえがあり、ソースとマヨネーズがもちもちとした生地にあっていてなかなか美味しい。手軽に食べられるサイズなこともあって、リヴァイは二つ目のたこ焼きもはふはふと口にする。そして、勢いのまま四つ目のたこ焼きに串を刺したところで、自分一人でたこ焼きを独り占めしていることに、あっ、と気がついた。 「悪い、俺ばっかり食っちまってた……」 「いや、全部リヴァイが食べていいよ」 「なに言ってる、だめだ、お前も食え」 リヴァイは三つ目のたこ焼きをエルヴィンの口元へと差し出した。しかし、エルヴィンは遠慮してか中々口を開こうとはしない。 「リ、リヴァイ?」 「ほら、はやくしねぇと落ちちまう」 はやくはやく、と急かして、ようやくエルヴィンは口を開き、リヴァイがふたくちで飲み込んだたこ焼きをひとくちで平らげた。もぐもぐもぐ、ごくり、と喉仏が動いたのを確認して、どうだ?とリヴァイは先のエルヴィンと同じように尋ねた。 「うん、確かに悪くないな」 「だろ……ほら、もう一つ」 更にたこ焼きをエルヴィンに差し出せば、今度は何も言わずに素直に口を開いた。 リヴァイも食べなさい、と促されたので五つ目はリヴァイが食べた。残りは一つ。リヴァイはもうすでに自分は三つ食べているから、最後のその一つはエルヴィンにやろうとしたのだが、エルヴィンに押し切られて、リヴァイの胃袋へと納められた。 たこ焼きを食べ終わった次も、リヴァイはエルヴィンと一緒に飲食系の屋台を覗いてまわった。焼きそば、お好み焼き、いか焼き、焼きとうもろこし。いろいろ食べた。 「焼き焼き尽くしだな」 「そういやそうだな……」 「不思議とこういうイベントで食べる料理は美味しい気がしないか?」 「そうだな……、少し、わかる」 値段の割にはそうたいした味ではないはずなのに、祭りの雰囲気の影響か、エルヴィンの言うとおりどれも不思議と美味いく感じられて、食が進んだ。おかげで、いい具合に腹がふくれた。 なので、飲食系はあとにして、今度はゲームを開催している屋台を覗いてみることにした。くじ引き、射的、ピンボール。見知ったゲームもあれば、たこ焼きのように見慣れないゲームを開催している屋台もある。手のひらサイズの風船が水の上にぎっしりと浮いていたり、きらきらとした小さなボールが水流に流されてくるくると回っていたり、板のようなものを針でつついていたり、見ているだけでも物珍しくてなかなか楽しい。 「見てるだけじゃなんだろうリヴァイ。どれか挑戦してみようじゃないか」 「そう、だな……」 リヴァイは頷くが、しかし、やはりどの店から見ていけばいいのかわからないず、エルヴィンは見た。するとエルヴィンは、そうだな、と辺りを見渡す。空色があっちへこっちへと揺れて、そしてなにか良いものを見つけたのか、ぱっ、とその空色が輝く。 「リヴァイ、射的があるぞ」 視線を追ってみれば、そこには確かに射的の屋台があった。さっきちらっと見た風船や板のやつはよくわからなかったが、これはリヴァイも知っている。ワインを封じるコルク栓に似た木製の弾で目標を打ち倒せば、その目標を商品としてもらえるゲームだ。 「実はな、私は射的にはちょっと自信があるんだ」 「ほぅ……」 言葉のとおり、ちょっと自信あり気なエルヴィンの表情に、リヴァイは興味を引かれる。 「なら、お手並み拝見してみるか」 「あぁ、任せてくれ」 ちょうどよくゲームを終えたらしい学生の二人組と入れ替わるようにして、エルヴィンは店主に二人分の料金と引き換えに空気銃とコルク弾を受け取り、リヴァイはそれをエルヴィンの手から受け取った。実は言うと、射的と言うゲームの存在自体は知ってはいたが実際に手にしてやってみたことはなかったから、少しわくわくする。 エルヴィンの見よう見まねで、コルク弾を空気銃に押し込める。弾は全部で五つ。どれを狙おうかとリヴァイが商品を見回す横で、エルヴィンはさっそく空気銃を構えていた。重さも感じさせないで、まっすぐに空気銃を片手で構えるその姿は、妙に様になっている。ぐっ、と目を細めて距離を測る横顔とあわせて、なかなか格好がいい。 エルヴィンの指が、引き金をひく。ぱんっ、と軽い音。そしてすぐに、とさっ、と同じく軽い音。ぱっと射的棚を見ると、オレンジ色のキャラメル箱が一つ倒れていた。おぉ、と思わず感服の声をあげれば、エルヴィンは店主から商品を受け取りながら得意げに笑う。 「さぁ、次はリヴァイの番だぞ」 「お、う」 よし、とリヴァイはエルヴィンを真似て空気銃を構えてみた。なにを狙おうか。少し迷って、すぐ前にある箱に目がついた。携帯電話くらいの大きさの、白い箱。なにも書いてない無印のその箱は中に何が入っているのかわからない。だが、特に欲しいものがあるわけでもなかったので、リヴァイは目の前のその箱を狙ってみることにした。 「…………、」 ぐぐぐっ、と目標を睨み付けて、銃口をあわせる。引き金を引けば、ぽんっ、と音を立ててコルク弾は飛んでいく。だが、コルク弾は目標の横を通り過ぎて、後ろの壁に当たりそのまま落下していってしまった。 「…………、」 「おしい、もう少し左側だったな」 「……次は当てる」 少しむっとしながら、リヴァイは二発目のコルク弾を空気銃に込める。その間にエルヴィンは二発目を銀色のジッポに命中させていた。自信があると言うだけあって、本当に腕はいいらしい。だが、少し角度が変わっただけで倒れはしなかった。 リヴァイの二発目は、狙いを左側に寄せすぎたあまりまたしても目標から反れてしまった。むむっ、とリヴァイの眉間に皺が増える横で、エルヴィンは倒し損ねたジッポを仕留める。どうだ、とこちらを見てくるエルヴィンに、リヴァイはさらに、むむむっとした。 しかし、気合とは裏腹にリヴァイの三発目もまた目標に当たることはなく、逆にエルヴィンの方は四発目でマグカップと書かれた板に命中させていた。 「…………、」 「はじめてなんだし、こんなものさリヴァイ」 「……次は、ぜったい当てる」 所詮、ただのゲームだとはいえ、ここまで外すとなると初めての挑戦ということを考えても、少々むきにならざるを得ない。 リヴァイはこれでもかというくらいに神経を集中させて目標を狙う。左、右、左、少し右と何度も狙いを修正して、息を詰めながら引き金を引いた。ぱんっ、と何度目かになる発射音。続いて、とんっ、と弾が当たった音がした。思わず、はっ、と大げさに息を飲む。しかし、当たった場所が下のほうだったためか、白箱はちょっと揺れたが倒れるまでには至らなかった。 「くそっ……」 これで、残る弾はあと一発。いよいよ後がなく、どうしようかリヴァイは悩む。しかし、結局はこの一発でもう一度当てる以外にできることはない。よしっ、と気合を入れ、空気銃を構えようとしたところでふいに、ぽん、と肩を叩かれた。 「リヴァイ、ちょっといいか」 「……なんだ?」 「一つ提案だ。私がまずあれを撃つから、君はそれに続けて撃ってごらん」 「? ……わかった」 「よし、じゃあ、構えるんだ」 「ん」 言われるがまま、リヴァイは構えた。説明は求めない。求める必要を、感じなかった。だって相手はエルヴィンだ。だから、きっと大丈夫。 エルヴィンが、視界の隅っこで同じように空気銃を片手で構える。 「タイミングを合わせるんだ。……いいね?」 「ん、了解だ」 「……じゃあ、いくよ。……さん、に、いちっ」 ぱん、ぱん、と二発続けて音が鳴る。ここで外したらどうしようかと思ったが、無事に二発ともが白箱に命中した。白箱は、エルヴィンの一発目で小さく揺れて、リヴァイの二発目で大きく傾く。そしてそのまま、ぱたり、と倒れた。 「よしっ」 「ぅわっ……!?」 リヴァイが反応するよりも早く、エルヴィンのほうが声をあげる。大きな手の平に肩を抱き込んできて、バランスを崩したリヴァイの頬がエルヴィンの胸元にぶつかった。 「やったなリヴァイ!」 「お、おう」 人前で抱きつかれるなんて恥ずかしいと思うのに、自分のことのように喜ぶエルヴィンに、リヴァイは少し遅れてから自身の胸にも喜びの感情が湧き上がってくるのを感じた。本当に、エルヴィンは、リヴァイの感情を引き出すのが上手だ。 「ほらよ、坊主。よかったな」 ちょっと馴れ馴れしい店主から、倒した白箱を受け取る。軽いが、少し手ごたえのある重さ。中身はなんだ?とエルヴィンに促されて、リヴァイは白箱のふたを開けた。手のひらの上で逆さまにすると、じゃらじゃらとした何かが数個落ちてくる。 「……?」 「これは……、キーホルダーかな?」 中身は、動物のシルエットの形をした金属製のキーホルダーのようだ。 「よかったな、リヴァイ。なかなか可愛いキーホルダーじゃないか」 「……そうか?」 首をかしげて、手の中のキーホルダーを見る。リヴァイはそのすぐ後にエルヴィンを見上げて、キーホルダーを見て、またエルヴィンを見た。 「だったら、お前にやろうか?」 「ん? いいのか?」 「あぁ、俺が持っていても仕方がないだろうし」 あまりこういったものをリヴァイは使用しない。このままリヴァイが手にしていても机の引き出しにでもしまってそれっきりになってしまう可能性が高いだろう。それでは、少し可哀想だ。 「じゃあ、お言葉に甘えさせて貰おうかな」 「ん……」 「ん〜、そうだな、……うん、これが良いな」 言いながら、エルヴィンは数個あるキーホルダーの中から一つを選び取る。座った猫の形をしたキーホルダー。 「ありがとう、リヴァイ」 「いや……、」 「代わりと言うほどのものではないが、リヴァイはこれを受け取ってくれないか?」 「…………?」 差し出されたのは、キャラメルの箱だった。一発目でエルヴィンが倒していたキャラメル。いいのか?と尋ねつつリヴァイがそれを受け取れば、エルヴィンは交換だねと言って微笑んだ。そして、ふたたび猫のキーホルダを見つめては、さらに嬉しそうに笑っていた。 「…………」 喜んでくれるのは嬉しいが、ただのキーホルダーがそこまで喜ぶなんて、やっぱり、エルヴィンは少し変わっている。そんな風に思いつつも、リヴァイは受け取ったキャラメルの箱を大事に大事にぎゅっと抱え込んだ。 |
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