「リヴァイー! 迎えにきたぞー!!」

 インターフォンの音とともにその大きな声が聞こえてきたのは、時計の短針が十二を差す少し前ぐらいだった。近所迷惑を考えもしない大声だ。
「来たみたいだな」
「あぁ……」
 頷いてリヴァイは、けっきょくあのあとしつこく食い下がってくるエルドに根負けして広げた宿題を手早く片づけた。
「暗くなる前に帰ってくるんだぞ?」
「わかってる」
「海に入る前は、ちゃんと準備運動するんだぞ?」
「わかった」
「それと、あんま深いところで泳ぐんじゃないぞ?」
「ん」
「水分補給もしっかりするんだぞ?」
「ん……」
「あと――」
「大丈夫だ、わかってる」
 どこまでも続けそうなエルドを途中で遮って、リヴァイはあらかじめ用意しておいた荷物を持って玄関に向かった。

 靴を履いて玄関を開けると、途端に強い日差しが眩しく降り注いだ。その眩しさに目を細めながらもエレンを見れば、エレンは自転車にまたがったまま大きく手を振っていた。
「よ、よう、リヴァイ!」
「あぁ」
 エレンはまだどこかぎこちない様子だったが、リヴァイはあえて気にせずに返事をかえした。今日も暑いな、なんてどうでもいいことを口にしながらエレンのもとに行く。その後ろを、見送りに来ていたエルドが続く。
「よぉ、エレン」
「あっ、エルドさんっ、こんにちわ!」
「おう、今日はリヴァイをよろしくな」
「は、はいっ! 任せてください!行きも帰りも俺が責任もって送りますから!」
「ははっ、頼んだぞ」
「はい!!」
 二人の会話に、だからちいさな子どもじゃないんだぞ、と思いながらもリヴァイはエレンの自転車の籠にバッグをいれた。
「ミカサたちは……?」
「あいつらなら先に行ってる」
「そうか、じゃあ、俺たちもさっさと行こう」
 自転車の荷台に横向きで座る。エルドを見あげれば、エルドはひらひらと手を振ってきた。
「気をつけてなー」
「あぁ……」
「はい! 行ってきます! 行くぜ! 俺のフリューゲル号ー!」
 中学生にもなって恥ずかしい名前を大きな声で告げて、エレンは自転車を走らせる。最後に後ろをふり返れば、陽炎とともにゆらゆらと姿を歪ませながら、エルドは見えなくなるまでずっとリヴァイたちを見送っていてくれた。

 いきおいよく自転車は走っていく。頬を撫でる風は強い日差しのせいで生暖かいが、なかなか気持ちがよかった。ただ、目の端で髪が揺れるのが鬱陶しくて、リヴァイはなびく髪を片手で抑えた。するとエレンがペダルをこぎながら言う。
「ちゃんと掴まってろよ……」
「わかってる」
 証明に掴まったままもう片方の手にぎゅっと軽く力を入れる。すると、ぐらっ、と自転車がぶれて、わずかに横に傾いた。ほんの一瞬の出来事。エレンはすぐに自転車のバランスを整えたが、いきなりのことにぎょっと肝が冷えた。
「おいっ、お前のほうがちゃんとしろっ」
「わ、悪いっ」
「頼むぞ……」
「おうっ」
 ふたたび、自転車は勢いよく走りだす。
「…………」
「…………」
 すぐに会話はなくなった。落ちる沈黙。昨日ほどに気まずいものではないが、やはりどことなく落ち着かない。こんな時、リヴァイは己の口が滑らかに動かないことを苦々しく思わざるを得なかった。
 みんみんみん、とどこからか蝉の声が聞こえる。うるさいな、とでも話しかけようかと思ったが、それを口にしたところで話がつながる気がしなくて、けっきょくリヴァイは口を閉じたまま辺りに目を向けた。なにか口を開けるきっかけになるようなものはないだろうか、探してみる。けど、いい口実は見つからなかった。

 チャンスが巡ってきたのは、赤信号に引っかかって自転車が止まった時だった。前を向いてみるとちょうどエレンがこめかみを流れる汗を拭っていた。ふぅ、と息をつく声も聞こえてきて、リヴァイはようやっと口を開く。
「代わるか……?」
「えっ、……いや、いいって、これくらい平気」 
「汗だくだが」
「こ、これはただたんに暑いから! そんな軟弱じゃねぇよ! ……そりゃ、陸上も球技も水泳もリヴァイには叶わないけどさぁ……、体育成績は余裕で上位だっつーの!」
 だから全然平気だ!とエレンは力強く断言した。リヴァイは、そこまでむきにならなくてもいいだろうと思ったが、そうか、と軽く流すにとどめた。
「だいたい、エルドさんに俺がちゃんと送るって言ったしな」
「いや、それは別に気にするようなことじゃないだろ……」
「だめだ。それにこのフリューゲル号をこいでいいのは俺だけなんだよ」
「……つーかなんだよ、そのフリューゲル号って」
「かっこいいだろ?」
「…………」
「おい、なんでそこで無言になるんだよー!」
「信号変わったぞ」
「へっ、あっ、うわっ」
 別に慌てるようなことじゃないのに、指摘されてエレンはあわあわと自転車をこぎ始めた。ふたたび、風が頬を撫でる。先ほどと同じようになびく髪を押さえながら、リヴァイは思いのほか普段通りにできた会話にこっそりと胸をなでおろした。
「こけるなよ」
「わかってる、てか、さっきもぎりぎりこけてはいないだろ!」
「あーわかったわかった。そういうことにしておいてやる」
「なんだよそれぇ!」
 エレンも調子を取り戻したのか、まったくもう、とぶつぶつ文句を言いながらも、その声は明るく軽い。この調子なら、きっと近いうちにどことなくぎくしゃくしたこの感覚もなくなるだろう。実際に、また途中で会話が途切れることがあったが、先ほどのような気まずいものではなくなっていた。


「ついたー! よっしゃー! あぁー、あっちー!」
 宣言通り、最後まで一人で自転車をこぎ続けたエレンは海についた途端、達成感に大きな声をあげた。うるさい声に、いつもなら眉をしかめるところだが、リヴァイは素直にご苦労さんとエレンを労わるにとどめた。
「えーと、アルミンたちは、っと……」
 エレンは近くにあった自販機の横に自転車を置くと、さっそく堤防をあがってきょろきょろと砂浜を見渡した。リヴァイも後に続く。同じように辺りを見渡すと砂浜にはぼちぼち人の姿が見えた。だが、そこまで多い人数というわけでもなく、夏はまだ始まったばかりなのだという感じがした。
 実際、夏休みに入って本当にまだたったの数日しかたっていないのだ。
 あの不思議な出会いから、たったの数日。
「…………」
 リヴァイは辺りを見渡すのを止めて、ぼんやりと砂浜を眺めた。なにを考えているのか、自覚も実感もないまま、ただぼんやりと。するとそこへ、どこからか「おおーい」と声が聞こえた。
「エレーン! リヴァイー!」
 名前を呼ばれる。アルミンの声だ。
 声のした方へと顔を向ければ、そこにはアルミンにミカサ、そしてジャン、マルコ、コニー、サシャの姿があった。アルミンとミカサ以外は、もうすでに水着に着替えている。
「いたいた。はやく行こうぜ、リヴァイ」
「あぁ……」
 堤防から、やけに角度が急な石段を下りて、ぎゅっぎゅっと音を立てる砂を踏みしめながら皆のもとへと向かう。
「おっせーぞ」
「はやく泳ごうぜー」
「待ちくたびれましたよー」
 ジャン、コニー、サシャがさっそく騒ぎたてる。エレンがジャンにだけうっせーなと言い返すのを横目に、リヴァイはアルミンとミカサのほうへ近づいた。二人の足もとには、皆の荷物が固まって置かれている。
「あいかわらずだな、あの二人は……」
「あはは、ほんとにね」
「…………」
 リヴァイの言葉にアルミンが笑い、ミカサはやれやれと言わんばかりにため息をつく。
「似た者同士ってやつだね」
「……二人ともまだまだ子ども」
「まったくだな」
 好き勝手言いながらリヴァイは荷物の横に腰を下ろして鞄を置くと、さっそく日焼け止めを塗ろうと中を漁る。エレンが家に来る前にある程度塗っておいたが、海についたら塗り直すようにとエルドに強く言われたいた。
「リヴァイ、さっさと泳ごうぜ!」
 そこへ、マルコによってジャンとの言い争いを早々に止められたエレンがやってきた。服を脱ぎながらやってくるエレンはそのまま脱いだ服をみんなの荷物のもとにぽいっと適当に放る。リヴァイは大雑把すぎるエレンにちょっと眉をしかめながら首を横に振った。
「さきに泳いでてくれ、俺はまずこれを塗る」
 これ、とリヴァイは手にした日焼け止めを見せる。そうすれば、リヴァイが日差しに弱いことを知っているエレンはそうかと素直に頷いた。
「手伝うか?」
「いい、大丈夫だ」
「わかった……、早くこいよ?」
「あぁ」
「……ちゃんとこいよ?」
「わかってる」
「あぁ……、じゃあ行こうぜ、アルミン、ミカサ」
「うん」
「…………」
 エレンとアルミンが海に向かって走りだす。しかし、なぜかミカサだけはその場にとどまったままだった。なんだ、と思って上着を脱ぎながらミカサを見れば、横目でこちらを見つめてくる瞳と目が合う。
「どうした」
「……リヴァイ」
「なんだ?」
「エレンと、なにかあった……?」
 ミカサはゆっくりと彼女特有のテンポとトーンで尋ねてきた。
 唐突な質問だ。しかし的を得てもいるその質問に、リヴァイは少しどきりとした。
「なんでだ?」
「……なんとなく、あなたに対するエレンの態度が、ちょっとおかしいような気がした」
「……そうか」
「……そう」
 さすが幼馴染だな、とリヴァイは感心した。
 エレンは一見してみると普段と大きなかわりはない。ここに来るまでだって普通に会話を交わした。それでも、エレンがまだ昨日のことを引きずっているのも確かなのだろう。リヴァイと同じだ。仕方ないと、終わったことだと、そう結論付けて普段通りにしているくせに、頭の中はまだぐだぐだとしている。
「…………」
「リヴァイ?」
「いや、……喧嘩ってほどじゃねぇが、昨日ちょっと言い争いをしてな」
「そ、う……」
「けど、大したことじゃない、……もう、解決したことだ」
「……そう」
「あぁ……、ほら、エレンたちが待ってるぞ。お前も早くいってこい」
「うん……わかった」
 こくり、と頷いてミカサも上着を脱ぐとエレンたちのもとへと走って行った。その姿をリヴァイはじっと見送った。
 もうすでに海へ入ったエレンとアルミンが、追いついてきたミカサにさっそく水を飛ばす。ミカサはそれを腕で庇いながらも口元には薄ら笑みが浮かんでいた。
 そこへジャンが早足に近づいてこようとして、後ろからコニーとサシャに飛び掛かられて海に沈む。鼻にでも水が入ったのか、マルコに引き上げられたジャンはげぼげぼと大きく咳をして、そんなジャンをエレンとコニーが大きく笑いだす。
 すると、それに怒ったジャンが二人を追いかけ回しはじめ、そのまま皆でばしゃばしゃと水音を立てながら追いかけっこが始まった。

「…………」
 微笑ましく、楽しそうな光景だ。
 けれど、なぜだろうか。あの輪の中に入りたいと思うことはなかった。むしろ、入ることに戸惑いを覚えてしまう。なにか、違う。なにかが、違う。違和感があるのだ。
(また、いつもの感覚だ……)
 言葉にはできない、けれど、明確に存在する違和感。すぐ目の前の現実が、まるで硝子一枚向こう側の出来事を眺めているかのように希薄に感じる。
「だめだな……」
 薄暗くなってきた思考を、頭を振ることで切り替える。
 さっさと日焼け止めを塗ってしまおうと、そちらに意識を集中させた。


 日焼け止めを塗り終えたリヴァイがみんなのもとに行くころには、追いかけっこは終わっており、かわりにエレンとミカサ、そしてジャン、マルコ、コニーの五人で競泳をしようとしているところだった。スタート位置にアルミンが、ゴール位置にはサシャがいる。
「それじゃあ、いくよ……よぉい、――どん!」
 アルミンの合図とともに、五人が一斉に泳ぎだす。一番早いスタートを決めたのはコニーだった。だが、それはあくまで最初だけ。すぐにミカサがコニーを追い越し、エレンとジャンがそれに続く。ミカサがそのままトップに躍り出て、徐々に男四人を引き離していく。
「ミカサはやっぱりすごいや」
「しらねーやつからしたら、エレンたちが大分情けなく見えるだろうな」
「ふふ、たしかにね」
「ま、じっさい情けなくもあるんだが……」
「うぅ〜ん、リヴァイが言うと説得力あるけど、僕もエレンたちと同じ側だからなぁ」
 情けないなんて笑えないや、と言いつつアルミンは楽しげに笑う。
「エレンもミカサも小さいころから運動神経だけは凄かったんだよねぇ」
「だけ、って……さり気に酷いな」
「え、そう? まぁ、小さいころからの付き合いだし、二人に気を使ってもねぇ」
「そりゃ確かに」
「幼稚園の頃からだからねぇ、もう十年くらい?」
「長いな……」
 家族以外でそんなに付き合いの長い者はいなかったので、リヴァイは凄いなと素直に感服した。
「なんでかわからないけど、エレンとミカサとははじめから不思議と気が合ったんだ」
「ふぅん……びびっ、ときたってやつか」
 以前エレンが言っていた言葉を思い出していってみれば、そんな感じかな、とアルミンはまた楽しそうに笑った。照れくさそうな、それでいてちょっと自慢げな笑み。リヴァイはそんなアルミンを微笑ましく思いながら、同時にちょっとうらやましくも思った。

「一着ゴールですー!」
 そうこうしているうちに、ゴール元のサシャから声があがった。その声にアルミンと一緒に皆の元へ向かえば、エレン、ジャン、コニーが盛大に悔しがり、その横でサシャがすごいすごいと騒ぎたてているところだった。
「くそー、今年もミカサに負けたー!」
「うぅ……くそっ」
「マジはえーよ、それでも女子かよっ」
「わー!すごいですミカサ!」
 どうやら、一位の結果は案の定なものだったようだ。
「お前ら情けねぇな」
「ぅぐ……っ」
 遠慮のないリヴァイの一言に、マルコを除いた三人はぐうの音も出ない。なんせ男子が誰一人として、女子のミカサに敵わなかったのだ。中学生男子として、これは中々悔しいものである。マルコはそこまで気にしてはいないようだが、負けず嫌いの毛がある三人は特に悔しいだろう。
「体育成績は余裕で上位じゃなかったのか?」
 ちょっと意地悪くエレンに問えば、エレンはぐぎぎと唸ったあとばっといきおいよくミカサにふり返った。
「ミカサ! もう一回! もう一回だ!」
「そ、そうだ! 身体も温まったし、次が本番だ!」
「そうそう、さっきのは肩慣らしだ肩慣らし! 今度は負けねぇ!」
 エレンの言葉にジャンとコニーが続く。
「お前らなぁ……」
「そう言うの、男らしくないですよー」
 言い訳がましいこと言いやがって、とリヴァイはサシャと一緒に呆れた表情で三人を見た。ミカサはおろおろと困ったような様子を見せ、アルミンだけが変わらずににこにこと笑みを浮かべている。
「じゃあ、そこまで自信があるなら、ミカサに勝てなかった人は罰ゲームに砂埋めの刑、っていうのはどうかな?」
「えっ……」
「なっ……」
「うぇっ……?」
 アルミンの言葉に、騒いでいた三人の声がぴたりと止まる。
「あれ、どうしたの?」
「……いや、べつに、ははっ、うん、なぁ?」
「お、おう」
 あんな強気なことを言ってしまった手前、引き下がることなどできない三人は引きつった返事をかえす。わかっているだろうに、気にせずアルミンはエレンたちの返事にそれじゃあ決まりだね、と結論付ける。大人しそうに見えて、なかなか良い性格をしているのだ。
「ミカサ、手を抜いちゃだめだからね?」
「……わかっている」
 ミカサに忠告もしているあたり、流石だ。
「んー、じゃあ、僕は遠慮しておこうかなぁ」
「なっ!? マルコっ?」
「だって、僕じゃミカサには敵わないもん」
 そしてちゃっかりとマルコが勝負から逃げ出した。ジャンが裏切られたとでも言いたげな表情でマルコを見る。本来なら、女子との勝負から逃げだ男子のほうが情けなく見えるはずなのに、この場面においては他の三人の方がよほど情けなく見えてしまった。
「うん、じゃあマルコは不参加ね。……リヴァイはどうする?参加してみる?」
「……そうだな」
 アルミンに問われて、リヴァイは少し悩んだのち頷いた。せっかくであるし、それに、遠く離れた位置で皆を眺めて、またあの感覚に陥るのは嫌だった。


「それじゃあ、位置について……よぉい」
 アルミンの合図に、ゆらゆらと緩やかな波が押し寄せる海中で、みんなで構えを取る。アルミンの最後の合図を聞き漏らさないようと辺りには沈黙が落ちた。聞こえるのは静かな波音だけ。そして――。
「――どんっ!」
 アルミンの声とともに静寂を破られた。
 みんな一斉にばしゃばしゃと大きな水音を立ててスタートする。
 緩やかとはいえ波があるので、学校のプールで泳ぐときのようにはいかなかった。だがしかし、リヴァイにとってはなんの障害にもなりはしない。エレンたち三人は勿論のこと、ミカサさえも置き去りにして、リヴァイはゴールへと泳ぎ進む。
 速く、誰よりも速く。

「ゴールです!」
 勝負は先ほどのものよりもあっという間についた。
「一着リヴァイ!」
 顔をあげると、サシャの声がすぐに耳へと飛び込んできた。海水で濡れる顔を拭いながら振り返れば、二着ミカサ!のサシャの声と共にミカサが海面から顔をあげるところだった。そのさらに向こうには、少し遅れてゴールしたエレンとジャンがいる。そして最後にはコニー。
「ぅぐぐ、ちくしょー……!」
「負けた……また、ミカサに負けた……」
「リヴァイもミカサも早すぎだっつーのぉ!」
「ふふ、三人とも罰ゲーム決定だね」
 アルミンの言葉に騒いでいた三人はそろってがくりと項垂れた。まったく情けないですねーとサシャが追い打ちをかけ、マルコがどんまいと声をかけるが、それに反応することもできないようだ。
「それに比べてさすがリヴァイですね!ミカサにも勝っちゃうなんてすごいです!」
「……まぁな」
 打って変わって、サシャはリヴァイを手放しに賞賛した。その真っ直ぐな褒め言葉に、照れくさく思いながらも悪い気はしなかった。強い日差しにはすぐに負ける身体だが、昔から運動は得意だった。これだけは絶対に負けないと、唯一自信を持って言い張れるもの。
「リヴァイながら、世界のトップだってとれちゃいそうですね!」
「さすがに、それは言いすぎだろ」
「いや、リヴァイが本気を出せば、なくはない話だと僕も思うよ」
「うん、リヴァイだったら狙えそうだよね」
「アルミン、マルコまで……」
 しかし、そこまで言われると流石に嬉しさよりも照れくささのほうが勝って、リヴァイはごにょごにょと言葉を濁した。結局うまい返しの言葉が見つからなくて、リヴァイは、大げさなんだよ、とだけ言い捨てて、逃げるようにざばざばと海から上がる。
(そう言えば、あいつも似たようなことを言っていたな……)
(“お前の速さに、誰も敵いはしない”……そう、言っていた)
 ふと思い出す、昔言われた言葉。
「っ……?」
 しかし、あれ?とリヴァイはすぐに首をかしげ、足を止めた。
 誰が、そう言ってくれたのだったか……。思いだせない。そんなことを言うとしたら、兄か姉の誰かだろうかと見当をつけるが、どうもぴんとこない。いや、思い出せない以前に、そもそも本当にそんなことを言われたことがあっただろうか。

「…………」
「リヴァイ? どうかしたの?」
 立ち止まったまま動かないリヴァイに、アルミンが不思議そうに問いかけてきた。はっと振り返れば、マルコとサシャも同じように不思議そうな表情をしている。
「……いや、なんでもない」
 ただの気のせいか……。
 無理やり納得させて、リヴァイは今度こそ砂浜へと上がった。
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